聖なる夜の贈り物。〜お飾り公女は逃げ出したい〜

友坂 悠

聖なる夜に。

 なんらかの役職に就いているのにもかかわらず、ただそこにいるだけでなんの役にも立っていない人のことを、巷では「お飾り」と呼ぶらしい。

 それならあたしはやっぱりお飾り?

 政治向きなお仕事はマクレランお兄様や弟のデルクがやってるし、お父様もお母様もあたしにはどうやら何も期待をしていないらしい。

 魔力の多寡が貴族の矜持であるこのエリアルシュタイン公国で、魔力ゼロで生まれてきてしまったあたしなんて、そりゃあほんとおまけにもなりやしない子供だった。

 特に、母親の魔力は子供にかなり影響を与えるって言われているから、あたしの嫁ぎ先だってぶっちゃけ「無い」。

 行き先の無いあたしにあてがわれた祭祀のお仕事にしても、あたしはただただそこにいるだけだ。

 大公の娘という血筋だけ。ただそれだけがあたしの取り柄なのだから。

 後の実務や聖魔法を使うお仕事は、結局本物の聖女様が執り行ってくれる。

 あたしは御簾の後ろで見ていればいい、だけ。

 あたしはほんと、お飾りの祭主でしかなくって、正直すごく肩身が狭かったのを覚えてる。

 七つの時からだから、もう10年そうして祭主という役職をお飾りだけど与えられ、過ごしてきたのだけど。


「エリカティーナさま? お暇なら祭壇のお掃除でもしておいていただけないかしら? ほら、飾り窓の枠に埃が溜まっておりますわ」

「そうよね、明日はいよいよ聖祝祭の本番ですもの。他の職員はみな忙しく働いておりますし、聖女マリアベル様は祭祀の準備で大変でいらっしゃるというのに。祭主であるあなた様くらいですもの、こうしてお暇にしていらっしゃるのも」

「ああ、その祭主のお立場も今回が最後ですものね。まあ当然よね。力のない公女さまより聖女マリアベル様の方がこの聖女宮の祭主にふさわしいですから」


「わかりました。お掃除、頑張りますね」


「ではよろしくお願いしますわ。ああそう、そこのカナルベルの壺だけは、決して動かさないようにしてくださいませ。この一年皆が集めた真那が溜まっておりますからね」


 そういうと侍女長のアレシスタやその取り巻きたちはくるっと振り返り聖堂をあとにする。

 もうお掃除なんかするところあったっけ?

 そう思うくらいにはお掃除をし終わった後、時刻ももうすでに夕刻をとっくにすぎ、夜の帳が降りようとしていた。

 それでも、祭壇の上にある小さな飾り窓の枠には確かに少し埃が残っているようにも見える。

 というか、あそこはあたしの手は届かないから諦めた場所でもあったんだけど。

 そう思いながらもなんとかしようとちょうどいい踏み台がないかと聖堂の中を探してみた。


 最初の数年は、「あなた様はそこにいらっしゃるだけで良いのです」とか、「いてくださるだけで聖女宮の格が上がります」とか、下にも置かないもてなしぶりで扱われ逆に肩身が狭かったのもあって。

 いつからかな。

 せめて何かしようとこの宮殿のお掃除をかって出ることにしたあたし。

 下働きの人に混ざって雑巾掛けとかしているうちに。


「あの公女さまは魔法が使えないらしい」

「貴族なのに。手を汚して掃除をするなんて」

清浄アクアキュアも、清風アトモスフェアも使えないなんて」

「そんな下級の家庭魔法も使えないなんて、本当に貴族なの?」


 主に貴族の子女が就く宮廷侍女の面々に、そんな噂が広まった。

 ——そっか。貴族は手を使ってお掃除しないのか。

 そう認識した頃にはもう遅かった。

 あたしへの敬意とかそういったものは、彼女らの心から消え去っていたらしい。

 平民と同じ魔力無し公女。

 失格公女。

 お飾り公女。

 そんなふうに呼ばれるようになって。


 まあね。

 それでもね。

 それもこれでおしましだ。


 あたしはこの聖祝祭が終わったら、聖女宮祭主の職を辞して帝国辺境の小国リゲルに嫁ぐことが決まったから。

 周辺の国家であればこんな魔力無しは忌避されてどうしようもなかったけど、辺境の、それも小国。帝国の影響下にある中央国家からしてみたら、辺境の蛮族と蔑まされているリゲル王国。

 中央に縁を結びたいリゲルと最近活発になってきた辺境の脅威の防波堤が欲しい中央との駆け引きの中、帝国の主導のもと白羽の矢が立ったのがあたし、というわけで。

 完全に政略結婚ではあるのだけれど、それでもいい、そう思っていた。


 もう。

 こんなところからは逃げ出したい。

 そんなふうにずっと思っていたから。




 暇に任せ、いろんな文献を読み漁って過ごしてきたこの十年。

 あたしのように魔力がない人間は本当に役立たずなのかどうか、それを調べていくうちに。

 うん。

 魔力が無くたって工夫次第でなんでもできるっていうことがわかってきたのだ。

『魔力が無かったら知識を増やせばいいじゃない』

 そう思えるようになった。


 魔力が無くても。

 魔道具がある。

 魔道具の燃料には魔石が使える。

 この自然の山々の中には、魔獣の核である魔石と同等の魔力を内包する魔結晶の鉱脈だって存在する。

 古代、人々は今ほど魔法に通じてはいなかったけれど。

 それでも創意工夫でいろんな魔道具を作り、それを活用していたのだ。

 そんな知識が本の中にはいっぱいで。


 でも。

 今のこの世の中は魔力絶対主義で。

 魔力の無いものは貴族にあらず、そういう意識が根強い。

 おまけに魔法は貴族の特権とばかりに、簡単な生活魔法が記された魔道具でさえ、市井には流通していなかった。

 だから。

 あたしにも、そんな魔道具の研究は許可されなかった。

 何度もお父様に訴えたけれど、却下され。

 こっそりそんな研究をすることすら、みはられてできなかった。


 古代の魔道具の中には今にも伝わっているものも中にはある。

 でも。

 その製法は失われていた。

 文献も、存在しなかった。

 あったことは確かにわかっているし、いまでも聖遺物アーティファクトと呼ばれ存在している。ちゃんと稼働しているし。

 それなのに。


 ああ。興味が惹かれてしょうがない。

 思う存分そんな魔道具の研究ができればどれだけ幸せだろう。

 それだけがあたしの望み。


 そのためにも。


 今回の縁談は渡に船なのだ。

 愛情?

 恋?

 よくわかんない。

 ロマンス小説とかを読むと、そんな愛だの恋だの裏切りだのざまぁだのいっぱい書かれているけど、もう一つそういったのには興味が惹かれなかった。

 そもそも。

 お父様にもお母様にも、兄にも弟にも、そんな感情を向けられたことがない。

 愛?

 そんなもの、本当に存在するんだろうか?

 おはなしの、中だけのものじゃないんだろうか?




 ♢ ♢ ♢


「よいっしょ!」

 そう掛け声をかけて大きめの踏み台を運んで。

 なんとか祭壇の下に置いてっと。

 これで、届くかなあ。

 ちょっとこわいなぁ。

 そんなふうに考えながらその踏み台にのぼる。

 流石に祭壇の上に直接足をかけるのは憚られた。

 正面中央にはカナルベルの大きな壺が鎮座して、その上の壁画部分に小さな飾り窓が付いている。

 一年間、祈りと共に少しずつ集めた真那を、聖祝祭という神事を執り行うことで天に還すのだ。

 真那は、この飾り窓を通り空に還り、そうしてまた雨や雪となって大地に戻る。

 神の氣である真那マナは、万物の大元。

 命の素。

 全ての生物の命を育むために、大地へと染み込んでゆく。

 そしてそれは新しい緑の芽吹きとなって、人々への恩恵となるのだった。


 ——ほんと意地悪よね。カナルベルの壺を動かさなきゃ手が届かないところを掃除しろだなんて。

 それでも。

 万が一があっちゃいけないし、軽々しく触っちゃいけないものだってことくらい、いくらあたしでもわかる。

 だから。

 なんとかかんとか細心の注意を払って、気をつけて、飾り窓に雑巾を持った手をかけた。


 のだけれど。


 ——うそ!


 埃がかかっていると思われたその飾り窓の枠。それに手を触れることはできなかった。

 スカっと空振りしたあたし。

 体重の移動、意識が完全にその窓枠に移っていたからか。

 そのまま足を滑らせて踏み台から落ちる。


 ——あ。だめ。


 それがその時のあたしの最後の意識。

 あたしは飾り窓の真下で大きく口を開けているカナルベルの壺に、真っ逆さまに落ちたのだった。



 ♢ ♢ ♢


「大丈夫、ですか!? お気を確かに!!」


 目を開けると。

 あたしの目の前には男の人。

 知らない、男の人!!


「きゃぁ!」


 思わずそう声をあげてしまって。

 気がついた。

 あたし、この人に抱き起こされている?


 恥ずかしさと申し訳なさと、あともうひとつよくわからない感情が頭の中に渦巻いて。

 カーッとお顔が真っ赤になるのがわかる。

 ほてって、熱でもあるみたいに上気して。


「気がつかれましたね。よかった。聖女様?」


 そうおっしゃるそのお方。金色に眩く輝くブロンドの髪に、青く透き通ったマリンブルーの瞳。

 透けるような白磁のような肌に、スーッと通った鼻筋と。

 まるでロマンス小説に出ていらっしゃる伝説の王子様のような綺麗な容姿で。

 このあたりではあまりお見かけしない、彫りの深いそんなお顔立ちの美丈夫だった。


 恥ずかしくて声も掠れてしまっていたけど、さっきの悲鳴はものすごく失礼だったと思い返してなんとか答える。


「驚いていきなり大声をあげてしまって申し訳ありません。わたくしはこの国、エリアルシュタイン公国第一公女、エリカティーナと申します。祭主はおおせつかっておりますが、あいにくと聖女ではありませんけれど……」


 そう、さりげなく聖女というセリフは否定しておく。

 間違えられるのはあまり嬉しくないし。


「そうですか。あなたが。お初にお目にかかります、今回リゲル王国の代表としてお伺いしました、アインハルトと申します。お見知り置きを」


 そうおっしゃって。あたしの目をじっと見つめる彼。


 え?

 アインハルト様って、アイン様って、あたしが輿入れすることになってるリゲルの王子のアイン様??

 今回の聖祝祭に使節団がいらっしゃるとは伺ってたけど、まさかアイン様ご本人がお見えになったの?


「アインハルト殿下でいらっしゃいます、か?」


「ええ。エリカティーナ殿下」


 こちらを覗き込みゆったりと微笑むそのお顔。

 だって、だって、アイン様がこんなにお綺麗なお方だったなんて。

 だって、だって、そんなの聞いてなかった。

 そんなの。


「あなたに、挨拶をしたいと思ってお探ししていたら、侍女たちがこちらにいらっしゃると話していたのが聞こえて。ついつい先触れもなくお尋ねしてしまって申し訳なかったです。でも」


「でも?」


「まさかあなたが祭壇の前にふんわりと浮かんでいるだなんて、思わなかったものですから」


 え?


「綺麗でした。白銀の粒子に包まれたあなたが、祭壇の前にふんわりと横たわって浮かんでいたのです。神聖なその光景に魅せられていると、あなたがゆっくりと落ちてくるではないですか。思わず駆け寄って受け止めたのですが」


「助けて、下さったのですね。ありがとう存じます」


「いえ、本当にゆっくりと降りてきていたのでお怪我をされることはなかったのでしょうが。私の方こそ勝手にそのお体に触ったりしてしまって。申し訳ないです」


 そう言って、それでもあたしを抱き上げる手を離すことのない彼。

 だけど。

 彼にこうして抱き上げられ。

 あたしはそれを不快には思わなかった。

 むしろ、触れている手がここちよくって。このまま離れたくない。そんなふうにも感じてしまって。


 あ、でも。

 あたしはあそこから落ちたのよね?

 あの壺の中に。

 でも、どうして?


 あたしが今いる場所はどうやら祭壇前の魔法円が描かれた敷布の上。

 聖女が祭祀で祈る場所、だった。

 だから?

 彼が最初、聖女様? っておっしゃったのは。


「今でも、あなたから白銀の清浄な氣を感じます。あなたのようなお方と婚約できて、私は幸せ者だ。一生大事にしますから、どうか私と共にきてはもらえませんか?」


 あたしは。

 思わず頷いていた。

 顔は、相変わらず真っ赤になっていたと思う。


 まずは婚約。そして輿入れは来春に。そんな予定だったと思ったけど、そんなのもうどうでもいい。


「わたくしも。あなたと一緒にいたいです」


 そう答えて目を瞑る。


 彼が、ゆっくりとあたしに口づけを落とすのを。感じた。





    ■ ■ ■



 ——イレギュラー。

 ——異物が落ちてくるとは。

 ——このもののレイスにはゲートが無い。

 ——なぜだ。ゲートがないものなど。

 ——ゲートがなければ、真那マナを受け入れることは叶わぬ。

 ——どうする?

 ——あければいいではないか。ゲートを。

 ——我らは世界に干渉できぬ。

 ——しかしこのままでは。こやつは死ぬぞ。

 ——それは困る。ここは清浄なる場所。穢れは避けなければ。

 ——では。

 ——緊急避難だ。デウスも許されるだろう。


 ——このもののレイスにゲートを生成する。さすればゲートを通じマナの操作が可能となろう。



 生まれつきゲートが無いためマナを体外に出すことが出来ずにいたエリカティーナ。

 しかし。

 この時。

 彼女の体からそれまで体内で熟成された聖なるマナが溢れ出し。

 白銀の粒子がふんわりと彼女の周囲を覆う。

 そして。


 光り輝くその体は、まるで天使の降臨のようにみえ。

 アインハルトはその姿に、一瞬で恋に落ちた。



 聖なる夜に。

 エリカティーナから溢れた白銀のマナが粉雪となって舞い降りた。

 それは。

 二人の行く末を祝福する、神の贈り物にも見えた。


      FIN

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖なる夜の贈り物。〜お飾り公女は逃げ出したい〜 友坂 悠 @tomoneko299

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ