1.転生

 急激な落下感。



 え、落ちている?


(い、いやだ!)


 空中でなんとか抗おうとするが、どうすることもできない。


(地面?が見えてきた。こわい!)



 終わった。


 そう思った瞬間、今度は深く潜る感覚。


(下は水だった?)


 だが、水にしては動きを取られる。


 まるで、水と泥の中間の様な。


 あれだけの落下の後だ。例え水や泥であっても身体は無事ではすまないはず。


 だが、痛みは無い。すごく、重いだけだ。


 息が苦しくなってきた。


 もう、上下がどちらかわからないが、とにかくもがく。


(死にたくない!まだ、やりたいことはたくさんある!!)


 働き始めてから、ずっと仕事の日々だった。睡眠時間は平均3時間。眠れない日もあった。休みは、無い。


 精一杯、力を使って身体を動かすと水中からでることができた。


「す〜〜〜〜、は〜〜〜、スーー」


 肺に、空気を思いっきり吸い込む。


 落ち着いて、周りを見渡すとすぐ近くに陸地があった。


 すこし泳いで上陸する。


 すると、世界が光に包まれた。



「試練を乗り越えし、強き魂を持つ者よ。汝、何を求める。願いを言うが良い」


 ひときわ光のまぶしいところから、声が聞こえる。うっすらと人の形が見えるような。


 声も性別のはっきりしない、男とも女ともとれるような。


 なにもかも、あいまいだ。ただただ、まぶしい。


 あいまいなのに、すごく美形な気がして崇めたくなる。


 なんだろう。この感覚は。とにかく、こう、すごい。


「どうした。願いは何だ?その願いを叶えてやろう。かわりに、その願いを力とし、魔王と戦い世界を救うのだ!」


(今、戦うって言った?世界を救う?)


「え、いやです」


 当然、断る。断固として、断る。だが、ことわる。


「な、なん、だと」


 光の中の存在が、とまどっているのがわかる。


 光がすこし弱まったような。


「ふむ。とにかく願いを聞こう。この場に来れたということは、何事にも変えられない強き渇望があるはずだ」


「のんびりしたいです!」


 即答して、叫んでしまった。


 いやな記憶がよみがえる。仕事の日々。頼られ、休めず、怒られ、謝り、働き続ける終わりのみえない日々だ。


 思い出しただけで、身体がこわばりふるえる。


「のんびりして、どうする。それは回復が早まるとか、休むと逆に力が増すとかそういうことか?」


「いいえ、ただのんびりしたいだけです!余計な効果はいりません!」


 どうやってでも、こじつけて力を与えたいようだ。


「ここはどこなのです?私は一体どんな状況にいるのでしょうか?あなたはいったい?」


 疑問が次々と湧き上がる。


 光が強まる。とても眩しい。


「ここは転生の場なり。我は、光の神とよばれしもの。人々の中から、強き願いとたましいを持つ者を選別し、力を与え、魔王をうちほろぼす英雄とする」


 理解しました。これ、異世界転生です。


 はやりのチートというやつですか。


 ちょっと興味がでてきたが、もうなんらかの責任を負いたくはなかった。世界の命運を背負うなんて重すぎる。


「なるほど。お断りさせていただきます」


光が激しく点滅する。


「なぜだ!望む力が与えられ、望んだ種族を選ぶことができ、更に容姿も好みのもので転生できるのだぞ!!」


 おおきなこえ、こわいです。


「どれほどの好条件でも、魔王と戦うのは容易いことではないと思います」



光の神が大きくうなずく。


「しかり。されど、汝は試練を乗り越えたのだ。その魂は魔王を倒すに充分な資格がある。安心するがよい。汝ひとりというわけではない。何人もの転生者がいるのだ。頼れる仲間との出会いもあるだろう」


 しかりって言われちゃった。チートを使っても魔王討伐大変なんだ。だめじゃん。


「やだやだやだ。もう、がんばりたくないよう」


 心の底から声をだす。涙もとまらない。


「これは……。どうすれば。しかし……、闇よ!」


 光の神の呼びかけに、何かがこたえ、この空間がちょうど半分暗くなる。


 深い闇が現われた。


「どうしたのだ光よ。選別の間に呼ぶとは、めずらしい」


 後ろから声が聞こえる。振り返ると、闇の中に人影があるようにみえる。光の神の闇バージョンだ。


「選ばれしものが、戦いの力を望まぬ。その者の望みは闇の領分だ」


 光の神の言葉を受け、闇の神?がこちらを見つめる。


「して、その願いは?」


「のんびりしたいです!」


 またしても即答する。変わらぬ願い。


 闇がうごめく。さらに暗くなった。


「ふはははは。なるほど。怠惰だな!それは、たしかに我が領分であるな」


 闇の神の大きな愉悦はすぐに収まった。


「……。実に残念だ。こちらの選別はたった今、終わったところなのだ。あれもなかなかの願いだった。なので、我からは強き力は与えられぬ」


 闇の神の言葉を聞き、光の神はしばらく思案したあと、こちらを向く。


「今一度、問う。選ばれし、強き願いと魂を持つ者よ。力を得て、魔王と戦うか。あるいは、使命を持たず、弱き魔のモノとなりはてるか」


 その、2択しかないのでしょうか?


 (弱いのはまだいい。すぐに死ぬような過酷な環境に産まれたりしたらいやだな)


「お聞きしてもよいでしょうか。魔のモノにはノルマとかあるのでしょうか?たとえば魔王の命令に絶対服従で奴隷のように扱われるとか?」


 闇の神は、笑いながら答える。


「魔に属するものにとって魔王は絶対なる存在。だが、よかろう。強き力のかわりに、汝には魔王の束縛から解き放とう」


 力をもらっても戦う必要のある英雄か。弱い魔のモノでも自由な生活か。


 決心がついた。


「魔でお願いします!!」



 闇の神から渡された弱小魔族図鑑から転生する魔族を選ぶ。


 虫系はいやだな。あとさすが魔族だけあって見た目がけっこうこわい。これで、はたしてのんびりできるのだろうか。



 ……。ペラペラと図鑑をめくっていくと、今までなかったかわいい図がのっている。羽があって空を飛ぶこともできるようだ。


 ここでのやりとりで、もう疲れていた。これでいいだろう。


「この吸血玉コウモリでお願いします」


 説明も読まずに指を差す。


「また、レアな魔族を選んだものだ。よいのか。その種族の能力は使い辛いぞ」


 また選び直す気力もなかった。かるくうなずく。


 闇の神がなにかしたのか、地面に黒い穴ができる。


 ここに入れば転生か。どうなることやら。とにかく弱いらしいから、儚い一瞬の一生かもしれない。


「本来は英雄となるものだったのだ……」


 光の神が何か言っていたが、すでに穴に入ってしまった。



 図鑑に書いてあったことを思い出す。


 吸血玉コウモリ……毛玉に羽が付いたすがた。雑食性だが主食は血液。小食。数が少なく単独行動。戦闘能力、弱……。


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