恐ろしく速い脱衣

 正装で俺はダンジョン内を駆け回った。

 驚くほどに身軽だった。常識破りとはこういうことを言うのだろう。

 

「きゅ、きゅえ?」

「む、その声は第一の師匠じゃないですか」

「きゅえ……」

「その格好はなんだ、って? 師匠、俺はようやくわかったんです、正装とはなんなのか、全裸とはなんなのか。俺はこれまで変質者のシンボルのようなものだと思ってました。でも、違った。速さを手に入れた今だからわかる。これは始まりで、ありそして到達点なんだと」

「きゅえぇ……(困惑)」

「師匠、ありがとうございました」

 

 俺は深く一礼し、ダンジョンをあとにした。

 今日はもう遅い。たくさん走ってたくさん疲れた。

 ゆっくりと休むことにしよう。


「あ、赤宮さん、その格好は……」


 家に戻ると縁側でお雪が愕然としていた。

 しまった。あまりの解放感と心地良さに服を拾い忘れてしまった。

 これではただの変態ではないか。さりげなく局部をお雪に見えないように気を使う。


「はわわわ、赤宮さんのビッグ赤宮さんが……っ」

「お雪、これには深いわけがありまして」

「わ、わかりました、聞きましょう。このお雪ももう大人なのです、殿方の裸くらいで動揺したりいたしません……っ!」


 お雪は頬を染め、ムンっと気合を入れてキリッとした表情をする。

 俺は語った。なんで全裸なのかを。


「スピードを極めるために装備重量をゼロにしたんですね……赤宮さんがもうその領域にたどり着いてくれるなんて、お雪はうれしいです、感動です……うぅ!」


 白い頬をほろり涙がつたう。

 知り合いが変態堕ちしたことへの悲しみの涙か……否、言動から察するにやはりキツネ界隈では広く認知されている正装なのだろう。


「でも、赤宮さん、他人から見たらただの変態です……っ」

「まあ、否定はできないか」

「というかなんでさっきからそんな冷静なんですか……っ、なんで恥ずかしい気持ちになるのがわたしなんですか…っ、こんなの理不尽です、羞恥心テロリズムです……っ」


 お雪に頼まれて、俺はとりあえず服を着ることにした。


「でも、全裸というのは最速なんだ、それは間違いない、体感したんだ」

「ええ、ええ、それはわかりました、赤宮さんの理論は納得してないですけど、まあ言ってることはわかります」

「俺は1階層のモンスターとしか戦ったことがないが、ダンジョンでは深い階層にいくほどモンスターが強くなるらしい。全裸という選択肢は必要なんだ」

「はぁ、では、これを」


 白いお面をお雪は渡してくる。

 俗に狐面というやつだ。受け取る……なんだと?

 俺は手に伝わる感触を疑った。


「重さが……ない……?」

「これは仙狐が作りあげた特別なお面なのです。高貴な狐が人間の姿で活動するとき、尊いお顔を隠すために使います。霞で編まれていますので重さはありません」

「すごい……これならば空気抵抗を受けない……っ」

「もし全裸になる必要がある時、このお面を被ってください。これは神秘のお面、念じれば出現し、また同様に霧散させることもできましょう」

「なるほど。つまりタイーホ対策だな」

「はい、タイーホ対策です」


 ありがとう、お雪。

 これでどんな時でも脱げる。


「明日はダンジョンビレッジに行こうと思う。このお面もあるし。今の俺がどれだけ通用するのか確かめたい」

「それは良いですね、赤宮さんはお狐ダンジョンでの修行を得て確実に強くなってると思いますから」


 翌朝。

 俺は身支度を整えて家を出る。


「今回はこのお雪も同伴させていただきます。向こうでも赤宮さんのお世話をする人が必要です」

「あそこは危険な街だぞ。お雪みたいな可憐な女子にはとてもじゃないが……」

「大丈夫でございます。お雪にはいざという時の自衛能力がございます。それに、こうして顔を隠せばお雪が女子であることもわからないことでしょう」


 白と赤い生地を合わせた、巫女服テイストなパーカーを着て、フードを深く被っている。多分だが、市販品ではなく、彼女が不思議な力で作り出したのだろう。ダボダボ巫女パーカーのおかげで、お雪の繊細なシルエットも隠れている。


 良い感じだ。最近の若者風な格好も着こなすとはさすがはお雪だ。

 

「それじゃあ、よろしくな、お雪」

「ええ。……あ。赤宮さん、あれを」


 お雪に肩を叩かれ、振り返れば3匹の霊狐が綺麗に前足を揃えてお座りして、俺たちのことを見てきていた。お狐ダンジョンで俺を鍛えてくれた師匠たちだ。


「見送りに来てくれたみたいです」

「師匠たち……いってきます」

「「「きゅえ♪」」」


 俺とお雪は自転車にふたり乗りして、家を出た。

 

 ━━お雪の視点


 お雪は自転車の荷台で尻尾をご機嫌に揺らす。

 大きな赤宮の背中に体重を預けることができていたく満悦であったのだ。

 最もお雪はなんで自分がこんなにも気分が良いのかわかってはいなかった。

 

 ダンジョンビレッジに到着した。

 数日前に赤宮禅が心折れてしまった街。

 ガヤガヤとして人がゴッタ返し、混沌と無秩序が渦を巻いている。皆が成り上がろうとチャンスを求めている。年末の寒さに、排水溝のあちこちからはもくもくした蒸気が立ち上り、その向こうからいつ刃物を持った悪漢が飛び出してくるかわからない。


 ここはネオ群馬シティ、その中心。

 油断すれば命はない。


「わあ、初めて来ました、これがダンジョンビレッジなのですね。なんだかワクワクしますね」

「きゃああー! 返してえ!」

「へへへ、ババアがこんなところを彷徨いてるのが悪いんだぜえ、物は盗られた方が悪いのがこの群馬の法だ! ヒャハハハ!」

「あ、赤宮さん、大変です! おばあさんがモヒカン肩パットに襲われてます! ……あれ、赤宮さん?」


 お雪が隣を見ると、そこに赤宮はいなかった。

 

「待てえい!」

「「「っ!」」」


 高らかな静止の声に、お雪は視線を向ける。

 朝から行われる堂々たるひったくり現場には3つの人影がある。

 荷物を盗られたおばあさん。荷物を奪った肩パット。

 そして靴下と靴だけ履いたなぜか全裸の男。狐面をかぶった長身で、自信に溢れ、腕を胸のまえで組み、仁王立ちしていた。


「俺が来たからには好きにはさせんぞ、悪党」


 素早き正義はすでに正装に着替えていた。

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