第30話 彼女の為に……

 その後、詩と有佐に詰められたが宥めることでなんとか落ち着かせることが出来た。

 紫都香さんも回復してきたので玄関から部屋の中に戻る。

 狙ってキスをして来たのか躓いて倒れた先に唇が触れてしまったのか俺視点からは分からなかった。


 部屋に戻り、ダイニングテーブルに腰掛けた俺は紫都香さんにさっき飲んでいたカップにコーヒーを注がれる。


「早く! 口直しして」


 そう飲むのを促されるので入っていたコーヒーを一気に流し込む。しかし、紫都香さんは満足いってない様で再度コーヒーを注がれる。


「すぐに飲み込むんじゃなくて口の中でくちゅくちゅしてから飲み込んで」


「えぇ……」


 俺はコーヒーでうがいみたいなことするのかよ……と思ったが紫都香さんがそれで満足してくれるのならと口内でくちゅくちゅする。

 コーヒーの苦さが口の中に嫌というほど広がってしまって口直しの口直しをしたくなった。


 俺は冷蔵庫に入っていた牛乳を沢山飲みたかったが如何せんコーヒーをさっきから三杯飲んでしまっていたのでお腹いっぱいで、思っていたよりも飲むことが出来ず口直しも想っていたよりも出来なかった。



 今日の昼食は俺と詩が作る事になった。昨日、料理対決とはいえ紫都香さんと有佐がお昼ご飯を作ってくれたので今日はしてお昼ご飯を作る事にした。


 作る料理はカルボナーラとコンソメスープに決まった。カルボナーラは俺が紫都香さんに習って習得していた得意料理だったので、コンソメスープは俺と詩の好物料理でお母さんがいつも作ってくれていたのでこの二つの料理を作る事にした。

 材料である生クリームとベーコンとチーズが家に無かったので買いに行くことになった。今日は三人で昨日と同じスーパーへ向かう。


 スーパーでは必要な材料の他に昨日、オムライスを作る時に減っていたのでその補充として卵も追加で購入しておく。

 

 難なく買いたいものを買えたので真っ直ぐ家に帰る。


 そんな帰り道の途中、信号待ちしている女の子に車が突っ込んでいくのが見えた。かなりスピードを出していたのかブレーキが利かないのかは分からないが中々スピードが落ちない。

 まだ幼そうに見える少女、空を見ていて車が接近しているのに気が付かない様子。車の運転手も必死にハンドルを切っているのかタイヤの向きが凄い変わっている。しかし、間に合わなそうに見えたので側にいた俺が少女を守るように抱きかかえる。


 不幸なことにやはり車のスピードは減速出来たものの逃げられなかった俺にぶつかる。俺は少女を強く抱きしめながら転がる。


 意識が遠のいていく……腕の力も弱まり少女を抱いては居られなくなってしまい聞こえる声も小さく、微かになって行く。


「悠くん……くん」

「おに……おに……ちゃん」



 目を覚ますとそこは白い天井があり、身体を起こすと白を基調とした部屋に俺は居た。ここはどこ、私は誰なんてなるはずもなくベッドの右で心配そうに俺の事を見ている紫都香さんと詩と有佐に声を掛ける。


「皆、俺はもう無事だよ。心配かけてごめんね」


 俺がそう言ったのに対し、三人は形相を変えて言い返してくる。


「何が……大丈夫なの、左手を見てよ」

「お兄ちゃん、左腕が折れたんだよ」

「怪我してるのに大丈夫って……」


 痛みに気づかないほど奇麗に折れていたのだろうか、本当に折れている事に気が付かなかった。


「それでも、頭を強く打って記憶喪失とかもっとひどいモノじゃなかっただけマシだと思うけど……」


「もしそうだったら私多分一生引きこもってたよ……お兄ちゃん」

「有佐だって……」

「悠くん。もう二度とあんな危険なことは辞めて欲しい。人を助けるのは勿論すごいことで良いことだと思うけど、だからって自分の人生を潰してまで他人を助けようとはしなくても良いと思う。もし悠くんが居なくなったらわたし……」


 目元を赤く腫らした紫都香さんが真剣な面持ちでそう俺に伝えて来る。目元を見るに相当心配させちゃったんだと分かる。

 この人には俺しか居ないのに、もしこの人の元から俺が居なくなってしまったら自殺してしまってもおかしくは無いかも知れない。

 考えすぎだとは思えない。親を亡くして空いた心に重なるように俺が埋まった、でもその俺が居なくなると更に大きな穴を空けてしまうかもしれない。


「ごめん。これから人を助ける時は確実に自分も助かると思った時に救いに行くことにするよ」


 一人の人間を助けて俺が死んでしまった場合、紫都香さんも死んでしまうと考えるとこの世界からより多くの死者が出てしまう。

 ならば他人を助けるよりも紫都香さんを救った方が良い。かなり偏った考えかも知れないが俺はそれが一番適切だと思った。


「よかった……悠くんが悠くんのまま帰って来てくれて」


 さっきまでの真面目な顔つきから俺が起きる前はそうであっただろう涙を流す紫都香さんになってしまった。俺は三人をまとめて右手で抱きしめる。

 しっかり抱きしめられているかと言えば間違いなく片手では三人を抱きしめられるわけはないが……。


 結局、今日は俺が検査をしたりなんやかんやで潰れてしまった。また様子見として今日一日入院することになった。


 三人が今日一日どれくらいの仲になったのかは分からないが三人で病院近くのファミレスに行ったり、手分けして俺の私物を持って来たりしてくれていたので少しは仲良くなったんじゃないかと思った。

 一日の入院だが三人は夜、面会外の時間になると寂しそうな顔をしながら帰って行った。

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