第24話 2泊3日の修羅場 2

「…………悠くん」


 紫都香さんは涙を目に浮かべて上目遣いをしてくる。俺が一緒に生活して、見てきた中で史上最も悲しそうで甘えたそうな表情をする紫都香さん。


「悠くん。結婚の約束をしていたの? そんな、ウソ、だよね」


 紫都香さんが俺の腕を掴んでぶんぶん振り回してくる。


「紫都香さん……。有佐、それいつの話してるんだ」


 何か言ったという記憶があるような、でもうろ覚えで……。何かを言った気もするが結婚するなんてことは言った記憶がない。それでも詳しくは覚えられていないので有佐に聞いてみる。


 有佐は分かった。というと一呼吸置いて話を始めてくれる。


「有佐がお兄ちゃんと最初に会った日。幼稚園が終わって、珍しくお母さんが迎えに来るのが遅かったから独りで砂山を作っていた有佐の所に一つ上の年長の女の子三人が来たの。有佐は一緒に砂遊びをしたいのかなって思って誘ったの。そしたら、有佐が作ってた山を三人で蹴ってきて。『そんな変な形の山なんてないし。わたし達がいつも使ってる所を使わないでよ』って……大きい声で言って、きて……」


 思い出すだけで辛かったのか言葉に詰まりながら話を続けようとする。俺もそんな辛そうな有佐に駆け寄ろうとするが紫都香さんにガッチリ腕を絡められて有佐には手が届かない。そんな事をしていると、有佐がまた話始める。


「だから有佐はその子たちがいつも使ってるって知らなかったから謝ったんだよ。『有佐が勝手に使ってごめんなさい』って。そしたら『自分のことを名前呼んでるとか気持ち悪い』って、言ってきて……」


 有佐の涙が目から零れて床に落ちてしまう。慌てるように腕で涙を拭っているがもう既に足元に何滴か落ちてしまっていたのでごまかすことは出来ない。


「でもね、有佐が泣き出した時に近くの遊具で遊んでいたのかな、有佐とその子たちがいる砂場にお兄ちゃんが来て、言ってくれたんだ」


 何を言ったのかを言う前に一度深呼吸をして間を少し置く有佐。俺は話を聞いて徐々にその頃あった全貌を思い出し始めていた。


「『俺のこんやくしゃに手を出すな』って。有佐はその時意味が分からなかったんだけど、家に帰ってお母さんに婚約者っていう意味が『将来の結婚の約束をした人の事』って教えて貰って。それ以来、有佐はもうお兄ちゃんしか見ることが出来なかったの」


 そうだ、あれはドラマで見たセリフを真似したんだ。


 幼稚園児の頃、俺が眠れなくてリビングに起きて来た時、両親は寄り添いながらドラマを見ていた。妹の育児から解放されてゆっくりしていたのだろう。

 そうとは知らず俺は『ねれな~い』と折角のムードを壊してしまった。


 二人の間に座り、両サイドから頭を撫でられる。それがとても心地よくて眠りそうになった時、テレビから男の人が大きな声で叫ぶ声で目を覚ましてしまう。


『俺の婚約者に手を出すな。お前らは俺の婚約者を貶せる人間でもねぇだろうが』


 昔の事で本当にそれが正しいのか分からないが影響を受けやすい俺はこのセリフを使うために有佐を助けた可能性がある。いや、その可能性の方が明らかに高い。


 そういえば、この出来事があった次の日から有佐は俺の側に良く来るようになった気がする。学年が違っても幼稚園が終わってから迎えが来るまでよく二人で遊んだ。


「それだけじゃないんだよ。有佐呼びが治らないって悩んでた時もヘンじゃないって言ってくれて。そのおかげで有佐は立ち直れたんだよ。この呼び方はお兄ちゃんとの絆の証……なのに」


 有佐は泣きながら笑みを溢したかと思うと俺の腕に絡みついている紫都香さんを睨む。それに対して紫都香さんは俺の腕に頬を摺り寄せながらチラッと有佐を見る。


「有佐が居ない時にお兄ちゃんを横取りしたこの泥棒猫!!」


 さっきまで詩を撫でていた方の腕を自分の方へ引っ張る有佐。あまりの勢いの強さに身体が有佐の方へ傾いてしまう。それによって俺の逆側の腕が上がってしまい、顔を摺り寄せていた紫都香さんの頬に手の甲が当たって、少し殴ってしまう形になった。それにより絡んでいた紫都香さんの腕が解ける。


「ひ、ひどいよ……悠くん」


「有佐の婚約者を奪った報いよ!!」


「いやいや今のは不可抗力で……。ちょ、紫都香さん。泣かないで下さい」


 紫都香さんは朝起きた時から情緒が不安定になりすぎてしまったのか、閉鎖的に三角座りをしてうずくまってしまった。


「ほら、最後まで腕にしがみついて居たのは有佐。ってことは有佐が最後には勝つんだもんね」


「有佐、今はそんな話をしている所じゃない」


 俺は力を入れて有佐の腕を解くと三角座りをしている紫都香さんに顔を近づける。

 紫都香さんは片頬を赤くしている。俺の手の甲が当たった方だ。


「ごめん紫都香さん。痛くないですか?」


「痛い……。だから痛いの痛いの飛んで行けして欲しい」


 これは本当に成人女性にする対応なのだろうかと思いながら渋々言われたことを実行する。


「あぁ……ナデナデだけじゃなく有佐の痛いの痛いの飛んで行けまで、そんなぁ」


 顔をパァっと明るくして痛いの無くなった。と幼児顔負けの満面の笑みを見せる紫都香さんを見ていると後ろでゴンっとヘンな音が聞えた。


「お兄ちゃん……。有佐も怪我しちゃったぁ。痛いの痛いの飛んで行けして欲しいなぁ」

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