第7話 知らない所で修羅場

「紫都香さん、どうしてここに居るんですか? 仕事は?」


「内緒にしていたけど今日は午後休を取っていて朝頑張ったからもう休みなの。悠君のご両親も来れないって言ってたからわたしがお祝いでご飯に連れて行こうかなぁと思ってたんだけど」


「そうだったんですね。嬉しいです。」


 お昼ご飯は食べに行って夜は作るかな。レシピを覚える時間はないけど紫都香さんと一緒に夕ご飯を作るっていうのも喜んで貰えるかも。


「あの、悠さん! その女性は誰ですか!!」


 なんて言ったらいいんだろう……。大学入学前から と同棲する奴とか知られたら印象最悪じゃないか?


「この人は国粋紫都香さんと言ってお隣さんなんです。上京して来て何も知らない俺に色々教えてくれて、仲良くして貰ってるんですよ」


「へ、へぇ。そうなんですね。こんにちは。悠さんのお隣さん。私は悠さんの大学での最初のお友達の白崎雪葉と言います。以後お見知りおきを」


 雪葉の紫都香さんを見る目が敵に対して向けるそれにしか見えない。


「あ、はい。よろしくお願い致します」


 紫都香さんは雪葉の目に見えない圧に気圧されてか詰まった返しをしてしまう。


「では、悠さんはこの方と食事をするご予定が?」


「そうなりますね」


「なるほど。ではどこへ食事に行くかなどは決まっているんですか?」


「紫都香さんは何か決めている候補はあったりしますか?」


 雪葉は俺に向かって尋ねて来るが今食べに行く事を知った俺は当然何も知らないので受け流すようにして紫都香さんに質問する。


「チェーン店ではないんだけど鮮度の良い魚を取り扱っている回転寿司のお店があるからそこに行きたいなって思っててね。どうかな?」


 回転寿司、それなら奢ると言われたとしてもこちら側で調整出来るな。


「……まじかよ」


 ずっと黙ってスマホを眺めていた蓮が突然声を出す。


「どうしたんだ?」


「妹が熱を出して倒れたって。オレドラッグストア寄ってすぐ帰るわ。ごめん、じゃあまた明日」


 お大事にと伝えてと思ったが知らない人からの伝言なんておかしいよなと考えていたが、蓮はかなり焦っていたようで俺が声を掛けるよりも先にすごいスピードで走って行ってしまった。


「じゃあ雪葉、ここで解散っていうのはどう?」


蓮も行ってしまったし雪葉とも解散をする事を提案してみる。


「そうだね……分かった。じゃあまた明日! 親睦会絶対しましょう」


「明日、三人でしよう!」


 雪葉はなぜか出てきたはずの大学の中へ戻って行ってしまった。


「じゃあそのお寿司屋さん……行きますか?」


「うん、それじゃあ行こっか。その前にちょっとお手洗いに行って来ても良いかな?」


「分かりました。ここで待ってますね」


 トイレに行く為に大学の中へ入って行く紫都香さんを見届けると通る人の邪魔にならないように道の端に寄って紫都香が戻ってくるのを待っていた。



 ――――――

「さっき振りですね。お隣さん」


雪葉は紫都香に対して敵意を表す。


「悠君を待たせてるから手短にお願いね」


紫都香はなぜ雪葉に敵意を向けられているかを理解するかのように煽りを加えた一言を返す。


「それにしても来て下さって良かったです」


「明らかにわたしに敵意を向けているようにしか見えなかったから話し合いをしたいなって思ってね」


「単刀直入に聞きます。本当にお隣さんってだけの関係なんですか?」


「いえ、一緒に住んでいます。悠君が上京してからだから1週間以上は同じ屋根の下で生活しています」


「ずるいです! ずるいずるいずるい。大人の魅力ですか? 大人気ないです」


「どうして彼に執着するんですか? まぁその気持ちはわかりますけど……貴女は悠君とは今日が初対面でしょ?」


「はい。ですが、両親以外に呼び捨てで名前を呼ばれたことが無く、少数ながら出来た友人にも一歩引いた距離感でしか接して貰えなかった私にとって普通の友達みたいに接してくれたのは悠さんが初めてで嬉しかったんです。そこに悠さん独特の何かを感じたので」


「わたしの一緒に住みたいって言ったことにも同意してくれたのも確かに他の人だったらあり得ない事だし……」


「え……貴女が同居したいと言ったんですか?! お隣さんという権力を振りかざして」


「別にお隣さんだから一緒に住みたいって言ったわけではないけどね」


「…………まあいいです。悠さんをこれ以上待たせたくは無いので今日はここまでにしましょう。くれぐれも悠さんに変なことはしないで下さい」


 その言葉を聞いた紫都香は自身を待つ悠の元へ歩き出す。


「同棲なのでそれはどうでしょうね」


 少し離れた、普通の声の大きさならギリ聞えるかどうか、といった辺りまで来た紫都香は声を張り雪葉に向かってそう言った。


「え、ちょっと、待って下さい……」


 雪葉は声を大にして紫都香の歩みを止めようとする。


「…………」


 しかし雪葉の言葉に対する返事の声はその場には訪れない。既に紫都香はその場から去ってしまっているから。

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