第2話 女性を持ち帰った翌日の早朝

 一人暮らし一日目に美人な女性を拾って持ち帰ってしまった。

 その事実を身にヒシヒシと感じていた。俺は家に帰ってきてから一睡もしていないので布団に入った彼女を見ても今ある現実が夢だとは思っていなかった。強いて言うならば幻覚といったところだろう。


 まだ俺自身も一度も使っていない布団で寝る彼女を見て昨夜駅のホームから家に帰っていた時のことを思い出す。



 ――回想――


 駅から自宅までの道中、離さないと言いながら俺の腕に絡みついて歩く彼女にずっと気になっていることについて聞いてみることにした。


「名前をお聞きしても良いですか? 因みに僕の名前は上田あげたゆうと言います」


 抱き着かれるという親しい人間、それもかなり仲の良い人間同士でしかしないであろう仕方で体温共有をしていたが実際の所お互いの名前も知らない。


 俺の質問を聞いて彼女は絡みついていた腕を離すと今度は俺の正面に来て俺の両腕を伸ばした両手で掴み、赤くなった目で凝視してくる。しかしその眼差しに嫌な感情は感じない。トロッとした目で見つめて来ている、ただそれだけ。


 改めて彼女の目を見たが目元のメイクはあまりされていなかったのだろう涙でメイクが崩れた様子はない。つまりナチュラルメイクとやらでこの美貌を保っているということだろうか。益々この人のお酒事情以外の完璧さが際立つ。


国粋こくすい紫都香しづかと言います。『しづか』でも『しづ』でもどちらでもいいです」


「国粋さん、お酒抜けましたか?」


「『しづ』か『しづか』どちらかで呼んでください」


「……しづかさん。お酒抜けましたか?」


「酔ってません」


 口元をプクッと膨らませながら言うしづかさんを見るに酔いは覚めていないだろう。

 正面に立っていた紫都香さんはいつの間にか再び腕を組んで隣にくっついていたので再び歩き出す。


 コンビニを見つけたのでエナジードリンクを買いたかったがこの腕を組まれた状態で入るのはなんとしても避けたかった。次期大学一年生が早速とOLを持ち帰るなんて近所で噂されてはたまらない。


 結局、コンビニに行くのは止めた。


「そっくり~」


 家に入る前に紫都香さんは何やら変なことを言っていたが無事家に帰ってくることが出来た。


—――――――


「うん、現実だ」


 俺は紫都香さんに家の鍵や金品が奪われないように一応起き続けていた。

 連れ帰っておいてなんだが奪われたりする可能性が少しでもあるとやはり起きて監視し続けるしかないと思った。


 紫都香さんの寝顔を堪能できるのを考えると悪くもないな選択だったなとあの時の自分を褒めてやりたい。


 日も明けて来た頃、俺が一人ブツブツと呟いていると布団がもぞもぞし始めた。目の前には布団から身体を起こし窓の方を向いている紫都香さんの背中があった。

 髪はぼさぼさでシワの付いたブラウスを着ている。


 昨夜『脱がしてぇ、ぬがしてよぉ』と懇願してくる紫都香さんの誘惑を何とか耐え、スーツだけ脱がして布団に寝かせたのを思い出す。


 俺は夏ではなくこの季節で助かったとしみじみと感じていた。汗でにじんだシャツに下着が映る、そんなシチュエーションが起こらなくて一安心。


 自身が寝ている布団に違和感を感じたのか窓を見ていた視線は布団に落ちる。


「あれ、この布団、わたしのじゃない……」


 これいきなり声かけてパニックにさせてはダメだな。どう声かけようかな。

 土下座をしながら声を掛けてみるか。ならパニックも少しは抑えられるよな……


「あの!!! 少し話をしたいんですがいいですか」


 俺の視界には床しか映っていない。紫都香さんがどんな反応をしているかは俺には今分からない。


「ふ、ふぇ? あの、顔を上げて貰ってもいいですか?」


 土下座をしながら話しかけたのが効いたのだろう紫都香さんはパニックにはなっていなくこちらを伺っているようだ。

 早速昨日のことを覚えているか聞いてみる。


「あ、やっぱり。いや、でもまだ確証はないし……」


 紫都香さんはぼそぼそッと何か言ったがよく聞き取れなかった。


「どうかしました?」


「い、いえいえこっちの話です」


「話し合いを出来たらと思うんですが、今ここに居る経緯とか分かります? 昨日電車とホームで何があったとか」


「え、えーっとうろ覚えですけどなんとなーく……」


 覚えている限り話してもらった。俺も昨日何があったのか紫都香さんの覚えていない所を付け加えて話した、もちろん嘘偽りなく俺は懇願されたことも……

 途中、自身が酔っぱらってやってしまった醜態を聞いて紫都香さんは顔を赤らめたり俯いたりアワアワしていた。


「だから、俺はいやらしい事をするために家に連れ込んだとかではありませんから……今だって布団に入れるとき以外は触れてませんし」


 紫都香さんは何か考える仕草をした後何かを尋ねようとこちらを一度見て立ち上がり近づいて来る。


「話は変わるんだけど、新大学一年生? もしかして今年から第一国立大学に通うの?」


 隣に座った紫都香さんは家に連れて来た理由を述べる俺の言い訳を今は重要ではないかのようによそにおいて突然俺のことを聞いてきた。


「はい、そうですけど……それに何の意味があるんですか? まさか大学に入学前に突き出すとか……?」


 さっきの言い訳は耳に入っていなかった……そういうこと!?


「あぁ、ごめんごめんそういうんじゃなくてね。その…………同棲、とかしませんか? わたしと……」


 どうせい……どうせいって結婚していない男女が普通の交際から一歩ステップアップする時にする同棲だよな……


「同棲ってどうして……何かして欲しいこととかあるんですか? お金とか? 俺そんないっぱい持ってないですよ」


「違う違う。わたしはあなたに癒して欲しいの。多分悠君はまだ気づいてないと思うけど昨日がわたしたちの初めて出会いじゃないんだよ」


 隣に座っていた紫都香さんは俺の正面に立ったと思うと跪いてプロポーズをするときの様な姿勢になり目を奪う程に美しい唇が動き出す。


「私が家賃、食費、光熱費、その他諸々払うからあなたは私の癒しになって」


 さっきまでの寝起き姿はどこへやら紫都香さんの今の目には固い決意を感じた。冗談ではないと表しているとしか思えなかった。


「それは……」

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