第三夜「始まりの夜に集う」(Bパート)①

「ちさと、一度戻って!」

 一声叫び、マサトはちさとを呼び戻す。

「――んっ!」

 ちさとが飛び退き、〈カグツチ〉は口から炎を浴びせかけた。

 両者の間に突き立てられた〈鎧王(ガイオー)〉が盾となって炎を弾く。


「――ちさと、〈鎧王〉を使おう」

「でも、そうしたら……!」

 武王の攻撃は確かに強力だが、ここは単純に手数を増やしたい。

 片方で受け、片方で攻める。或いは片方で怯ませ、片方を打ち込むというコンビネーションが必要になる。

 問題は、ちさとと〈武王〉と〈鎧王〉、すべてを攻撃アタックに用いたら、その間マサトは完全に無防備になると言うことだ。

「だから、一度で勝負をかける」

 それも、普通の猛獣は手傷を負えば、ないしこれ以上は割に合わないと判断すれば下がるが今の〈カグツチ〉はそうではない。

 マサトの命だけを狙い定め追い求め、恐らくは殺されるまで戦うのを止めない、狂える魔獣だ。

 「一撃で真っ二つ」か、「一撃で首を刎ねる」か、そのレベルの損傷を与え――命を絶たなければならない。

「短い時間、例えば一度だけぼくを防御しておくことができないか?」

「それなら、できる……かもしれないけど……」

「あと、もしも、ぼく達がこう、ぱっと二手に別れたら、あいつはどうすると思う? ……そうすれば多分、ぼくを狙ってくる。その間、君はフリーで動ける、違うかな?」

「……祇代サン、そういうバクチをお若い方がなさるもんじゃありませんよ? やめて下さい」

 通話端末から戦部ユウスケの声が流れた。 

「上手く行く確率上げるために、一芝居打って見せようか? 例えば……君がぼくを突き飛ばして、仲間割れした振りをするとか」

 と言ってみる。

 少し考えてから、

「それ……すごくヤダ……」

 と、ちさとがひどくげっそりした声でそう返す。

「ヤダって……」

「だってやだもん。……想像しただけですごく嫌な気分になったし。わたしがマサトくんを突き飛ばして、あなたなんてもう知らない。とか言うんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど……」

「マサトくんだったら……それやる? わたしのこと突き飛ばせる?」

 自分が先に持ち出したので、一応想像してみる。

「……嫌だな」

 確かに、想像しただけで自分を絞め殺したくなる。

 自分が言われる、ちさとに愛想を尽かされるならならまだしも、ちさとを盾にして、早く何とかしろ自分を守れと罵るのか?

「……それは……それは、やっちゃ駄目だろ……」

「でしょ? ……フリでも、ごっこでも、絶対やだ」

「ちさと……」

 ぴろん、と電子音が聴こえたので通話端末に目をやれば、短文通知で、

「もう そいつ あなたの嫁 で いいですよ」

 と表示してあった。

 ……ちさとに失礼なことを言うな戦部ユウスケ。

「そこまで嫌なら、やりたくないことは無理してやらん方が宜しゅうございますな……」

 と、次いで音声で諭される。

「まあ、確かに一度だけなら効果はあるかもしれません。……これがイワクラ卿だったら喜び勇んであなたの方に襲い掛かってくるでしょうけどね。あの人は従うとか従わせるとか、そういう尺度でしか他人を見られませんから」

 ……本人が不在のところでイワクラ氏がこき下ろされていた。

 あまり同情もできなかったが。

「だけどなちさと、あいつはイワクラ卿じゃなくおまえと戦いながら、おまえを元に強化と進化を重ねてる。……つまりは、眼だって節穴じゃないだろうよ」

「うん、多分、チャンスは一回だけだって思う」

 フルスピード、フル装備、フル火力で、最高の一撃を叩き込む。

「それだったら」

 数秒逡巡する様子を見せた後、

「――鎧王、行くよッ!」

 ちさとは、戦斧の柄に手をかけた。

 ――?

 ――?

 ――〈小さいの〉がマサトクンと呼んでいた〈アレ〉と、

 ――〈アレ〉がチサトと呼んでいた〈小さいの〉が別れて、

 ――反対の方に走り出した、 

 ――〈小さいの〉を見捨てて、逃げ出した?

 ――違う、

 ――あれは何か、他の意味があっての行動だ、

 ――〈小さいのチサト〉は、絶対に〈アレマサトクン〉を見捨てない、

 ――〈アレマサトクン〉は、絶対に〈小さいのチサト〉を見捨てない、

 ――貴様らの手は判っているぞ、

 ――馬鹿にしているのか!

 ――そんなことをするわけがないんだ貴様らが!

 ――ああ、けれど、

 ――どちらがより優先して破壊するべき対象かというのなら……

〈カグツチ〉の一ツ目が、せわしなく左右した。

 そして決断の末に捉え、走り出す。

 ――逃がさない、

 ――逃がすものか!


 かかった!

 自分目がけて炎の狂獣が地響きとともに迫ってくるのを認め、震えあがりながらも、マサトは全力で懸命に駆ける。

 脚は遅い。この年まで一度も体育の授業に参加したことがない体力のなさは伊達ではない。数歩で追いつかれるだろう。

 だが、何も長距離を走り続ける必要はない。呼吸一つ、二つでいい、自分が注意を惹きつづけることができれば、その間に、ちさとが全力での攻撃を打ち込む隙ができるはず。

 見る間に距離が縮まり、〈カグツチ〉はマサトを叩き潰そうと振り下ろす。

 ソレで事は足りる、足りるはずなのだ。

 ……が、その瞬間マサトの目の前で、紅蓮の華が爆裂する。

 マサトとカグツチの間の空間に突如現れ身代わりとなって、炎の蕾が「カグツチ」の腕を受け止め、大量に炎の針を撒き散らした。

 ちさとの残しておいた「防御壁」――指向性対反応装甲リアクティブアーマーだった。

 無論それだけでダメージを与えることはできないが……目の前で爆竹を破裂させられたように〈カグツチ〉の動きが一瞬、止まる。

 一度反対方向に向けて走り出したちさとが急制動をかけ、こちらへと走ってくるのが見えた。

 これでいい、体格差もあり、目論んだ通り速度自体はちさとの方が上だ。

 「カグツチ」が再びマサトを捉える寸前、最高の、望ましいタイミングで、横合いからちさとが到達する。

 角も、牙も、大斧も、咄嗟に対応できないはず。

「――ちさと!」


「〈鎧王〉! 〈武王〉! ……もうちょっとだけ、いい子で頑張ってね!」

 叫ぶちさとの声に応えて、両手の神の武器に炎が宿り白熱した。

 戦斧が大戦斧に、砕球が大砕球に、姿を変える。

「〈大鎧王〉! 〈大武王〉!」

 一回り巨大化した大戦斧と大鉄球が、二重の螺旋と化して猛然と回転、無限大の軌道を描く。

「トウリャァァァッ!」

 鎧王の一閃で、〈カグツチ〉の戦斧が千切れ飛んだ。

 武王の一撃で、〈カグツチ〉の下顎が砕けてひしゃげた。

「……もらったよっ!」

 そして縦一文字に振り下ろされる、大戦斧の刃を浴びて――

 「カグツチ」の姿が、炎と鱗に覆われたその巨躯が、溶けた。

 強靭、堅牢そのものに見えた四肢が、体幹が、その形を喪失した。

 代わって嵩を増すのは、深紅の炎。

「倒し、た……?」

「――わけじゃ、ないみたいっ!」


 炎が、乱れ舞う。

 実体を持った肉体そのものを、揺らぐ炎に変換し、ちさとの一撃をすり抜けさせて回避した――というコトか。

 四方に散った炎が渦を巻き、唸りを上げて一点に寄り集まって、再びはっきりと新たに像を結ぶ。

 ――それは、巨大な翼の形をしていた。

 それと引き換えに、両腕は消失していた。

 大地を踏みしめる両脚に代わり、鋭利な鉤爪を備えたしなやかな鳥脚が。

 骨塊の分銅を持った尻尾の代わりに、刃を繋ぎ合わせたような赤金色の刃尾が。

 そして大顎の代わりに、処刑道具じみた嘴がその威容を新たに現出させていた。


 「鳥類は、恐竜の直系の子孫である」

 そんな豆知識を、こんな所で、ああなるほど、と、思い知ることになるとは思っていなかった。

 恐竜型の生命体が鳥型に変形すると言うのを目の当たりにしてしまえば、

 ……弟が持ってた玩具を、思い出す。


 マサトは、ふたつの事を同時に悟る。

 ひとつは、今自分が「バクチ」に敗れてしまったこと。

 ――無防備な自分を囮にしてちさとの全力攻撃を叩き込ませる、その策は、破綻した。

 そして、もう一つは……

 紅の翼が、稲妻のように空を裂き飛翔する。

「……速いッ!」

 その加速力、旋回力は滑空や、羽ばたきによる飛翔ではない。

 ――爆炎、高熱の大気を体内で循環、高圧で噴射して――ジェット・・・・で飛んでいるのか。

 嘴の直撃は避けるものの、ちさとはすれ違いざまの衝撃で跳ね飛ばされ、もんどりうって倒れ込む。

 〈鎧王バトルアックス〉と〈武王棘付き鉄球〉を振り回すのに適した、障害物のない開けた場所であったのが災いした。

 〈カグツチ・飛翔形態〉は縦横に空を舞い、加速力と旋回性能を存分に振い、ヒット&アウェイを繰り返してちさとに体勢を立て直す余裕を与えない。

 ――これは、まずい!

 これまでのちさとの自己調整、強化は基本的に筋力を増強する、火力を上げる。武器を大型化する。という傾向を持つ。

 つまり、「破壊力」に重きを置いてきた。

 しかし、この新たな形態の〈カグツチ〉は全く別の戦闘スタイルを以てちさとを翻弄している。

 攻撃の威力を高める為に繰り出した大戦斧と大砕球も、当たらないのならばただの足枷となってしまう。

 速射性と効果範囲に秀でる烈火針や炎のたてがみであれば「当てる」ことはできるかもしれないが、一発二発では動きを止めることは難しい。

 これでは防戦一方だ。


 急降下からの急旋回と急制動で一気に距離を詰めた〈カグツチ〉が大きく尻羽を打ち振るう。

 赤金色の小さなブレードを鎖状に連結して構成されたようなソレがフレキシブルにうねり、ちさとを捉える。

「しまった!」

 そのまま、大蛇が鎌首をもたげるように、高々とちさとを掲げた。

 ちさとの小さな身体が玩具のように振り回され、二度、三度と壁に、天井に強かに叩き付けられる。

「ぐぅっ……!」

「ちさとーッ!」

 緊縛と衝撃の両方で痛めつけられ、流石にちさとが苦しげな声を上げるのが、マサトまで届く。


 ちさとの抵抗が弱まったのを認めると、〈カグツチ〉はもう片方の刃尾を、槍の穂先のような形状にに直結させ、切っ先をちさとの喉笛に向ける。

 ――今なら、こいつをやれる、

 ――だが、最優先して破壊するべきは、

 ――こいつは、「小さいのチサト」は厄介だ、

 ――こいつらは、ふたり揃うと、強い、

 ――今のうちに、こいつの息の根を止めるべき?


 時間にして、ほんの数秒、〈カグツチ〉の動きが止まる。

 マサトに対する攻撃衝動と、より脅威度が高いちさとへのソレの二律背反。二重拘束。

 結果的に、だが、それがちさとを救った。

 逡巡の果てに、〈カグツチ〉が選択した攻撃目標は、


 ――?

 ――?

 ――いま、一体何を、考えていた?

 ――破壊するべきは、こいつではない!

 ――〈マサトクン〉!

 ――〈マサトクン〉を殺す!


 刃尾を直結させて成した切っ先を、マサトへと向ける。

 矢を弓に番えるようにして引き絞り、そして解き放つ。

 

「わ、あ――!」


 死の刃が降り注ぎ、捉える。――刹那。

 マサトの身体は、ふわりと浮き上がり、脇へと飛んでいた。

 肩と、膝にかけられた腕。

 戦部ユウスケ? いや――違う。


「……よっ、また会ったなァ!」


「なっ――!」

 知った声。知ったカオ

 整った、学者のような容姿。灰色一色のコート。

 ――手袋の甲に染め抜かれた、桔梗の紋。

 こいつは……こいつは……!


「〈火神帝國カシンテイコク〉の……!」


 ――

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