びわ湖桜の名所殺人事件 ―湖上警察よりー
広之新
第1話 プロローグ
桜さく比良の山風吹くままに花になりゆく志賀の浦波
近江百人一首の中の桜と琵琶湖を詠んだ藤原良経の歌である。桜の咲いた比良の山からの吹き降ろす風が志賀の浦の波を花に変えて見せている・・・それほど強い風が今も琵琶湖の上を吹き渡っている。
佐川刑事は船の展望デッキに立っていた。そこから見渡せば、四方の湖岸の景色を見ることができた。彼はそこで今、強い風に吹かれていた。彼の髪がさんざん乱れ、コートが大きくなびいていた。その風は満開の琵琶湖の桜を散らせていったのだ。彼はその中で物思いにふけっていた。
今、琵琶湖の真ん中にいる。そこから南にはビルの立ち並ぶ市街が見え、北は自然豊かな比良山系を望み、そこからの強い風が琵琶湖の波を立てている。そして湖西に目を移すとどの岸辺に咲き誇った桜が見える。琵琶湖に浮かぶ警察船「湖国」からはそれが望見できるのだ。
今、見ているのは志賀の方向だ。そこの桜の花は盛りを過ぎてもう散り始めていた。その舞い散る花びらが湖面の反射した光を浴びてキラキラ輝いていたが、その景色はなぜか、儚くもの悲しかった。あの悲しい惨劇を思い起こしながら・・・。もうあれから3日たつ・・・。
春になれば、桜は花をつけ、満開になって、そして一斉に散っていった。それは太古の昔から変わらない。11年前もそうだったように今年も桜が咲いたのだ。ある人に深い傷跡を残して・・・。それは今になって一斉に膿を吹き出したのだ。もろい人の心を突き破って・・・。
あれは桜が咲き始めたころだった。つぼみが開き、ピンク色の花が開きかけていた・・・これから美しい姿を見せようとした時・・・そんな時期だった。
佐川刑事の目は、今度は大津の方向に向けられた。ここが彼にとってこの事件に関わる出発点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます