ほかのひと
優華
ほかのひと
実家に戻ってどれ位経つだろう。
まだ何の実感も湧かないけれど、前に進まなければ。そう思っているのだけれども。
私は先月離婚した。原因はDVだった。最初は優しいというのはそういう男の特徴みたいだけど、それにまんまと引っかかったわけだ。馬鹿だ。
なんとか上手くやろうとした。私が変われば彼も治るのだと思っていた。けれど現実は容赦なく突き付けられて、最後には痣とズタボロの自尊心だけが残った。
何をしていたのだろう?
そんな考えがいつも頭をもたげてくるが、とにかく今は前に進むしかない。私は、大人だ。
2日に1回。
これは、元旦那が私を殴っていた頻度だ。警察にもDV相談員にも引かれた。
そうだよね、と、変な笑みがこぼれる。
端から見れば明らかにおかしいこの状況で、まだ何とか上手くやっていけないだろうかなんて言っているのだから、洗脳されているからそれを解いて共依存から立ち直ってくださいと、言われるよね。
何とか、続けたかった。
せっかく縁があって結婚したのだから。ずっと、そう思っていた。けれど今からすると、もうそれはただひたすら地獄のような日々で、救いを死に求めてしまいそうになっていたのだから、考えなくても本当はわかる事だったのだ。
ただ、考えないようにしていただけ。感覚は麻痺して、答えのない問答に必死で答え続ける日々。私の人生は、これでいいんだ。そんなことを、ずっと考えていた。
転機は突然だった。本当に、上司のたった一言。
「そんなに酷い家に帰ってはいけない。行くところがないのなら、うちに来なさい。」
果たしてこれまでの私の人生の中で、他人にここまで優しくした経験があっただろうか。
下らない問答はやめて、こんな人間になりたい、と。こんなことを言える人生にしたい、と。
私は、この、伴侶よりも温かい“他人”の言葉に、地獄を終わらせる決意をしたのだ。
それからは早かった。
市のDV相談窓口、警察、職場にも事情を話し、逃げるように実家へと帰ったのだ。
実家は、温かく迎えてくれた。
実家でも、順風満帆なだけではなかった。うちは親が再婚だし、あまり言いたいことは言えなかったから、ずっと心のどこかに何かが引っかかって、それをたまに思い出したりもしたけれど、今はある程度親の気持ちも分かるので、何という事はない。
帰って来たばかりで私の足にある痣を見て、妹が湿布を貼ってくれた。
妹からすれば自然な行為だったらしいが、その場で泣いてしまった。
私は優しくされてもいい人間なのだと、思うことが難しかったから。
妹は言った。
「1回でも殴られたら帰ってこなきゃいけなかったよ。」
私は妹に言われるなんて、と、恥じた。私よりよっぽどしっかりしてるわ、と。
両親は弁護士を立てて調停しようと言ってくれた。
結局何とか協議離婚できたので、今は落ち着いているのだけれど。
それから、ずっと考えて、色々な人と会って、遊んで、学んで、“生きて”。
やっと前に進むことが出来そう。もう、分かったから。穏やかに生きている人が分かっていて、私が分からなかったこと。
それは、比べないという事。そして、私は私という事。
いつも私は他の女性と比べて自分が暴力を振るわれて不幸だと思っていた。
けれどそれは違った。私は比べることをやめて、地獄を抜け出すために動くべきだったのだ。
私は、私。他人は、他人。幸せのために動き出すのに大事なのは、“ほかのひと”ではなく、“わたし自身”だったのだ。
さあ、おいしい空気を胸いっぱい吸ったら、楽しい未来へと、歩いてゆこう。
ほかのひと 優華 @happiness2236
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