ケルベロステイマーの変な日常
無重力 小麦
第1話最悪の始まり
「鬱陶しいな」
これは俺が死ぬ間際に、雨粒に対して言おうとした言葉だ。首から下がなくて言えなかったけど。
俺は線路に落ちた女子高生を救うために電車にはねられた。
残念ながら女子高生を救えたかわからない。ホームに押し上げたと思った次の瞬間から記憶がない。
はねられた時、俺の頭は身体と分かれて飛ばされたのだろう。草むらに叩きつけられた衝撃で目を覚ました。
一瞬で首から下がないことに気がついたが、恐怖も絶望も感じる暇がなく、ただ雨粒が鬱陶しい、そう思ってすぐ意識はなくなった。
それから、長い間か短い間か、意識があるのかないのかわからない時間が過ぎた。どこか真っ暗な空間を浮かんでいるような、いないような。
そんな中、何か音が聞こえるようになった。最初は小さい音だったが、だんだんと大きくなって、不快になっていった。
その次に、匂いを感じるようになった。腐敗したような匂いと、強い獣臭。この時点で、俺は俺であったことを思い出した。くたびれサラリーマン吉田太郎だ。
俺は目を閉じていることに気がつき、目を開けた。しかし、かなりぼやけている。
俺は目が悪かったが、メガネなしでも日常生活は送れる程度だったはずだ。今はそれよりもずっとぼやけている。
そして、俺は誰かに抱えられているようだった。
「なんじゃ、このブサイクは!要らぬ!あの商人に新しいのを頼んでちょうだい!」
かなり怒っているみたいだ。そして、耳から聞こえる声は日本語とは違うように思う。でも、意味は理解できる。不思議な感覚だ。
というかブサイクとはなんだ。まぁ顔はいい方じゃなかったけれど、そんなに悪くないはずだ。多分、そうなんじゃないかな……。彼女はいなかったが……。
「しかし、姫様。こいつどうしましょう?」
後ろから男のだみ声がする。
ん、姫様?まさか……。嫌な予想が頭を巡る。転生ってやつか?……。
俺は生前、萌えアニメオタクだった。オタクというのは、ある程度、別の畑も覗くものだ。例に漏れず、俺も異世界転生もののアニメを軽くチェックしていた。姫という単語が出たあたり、もしかしたら……。
そんなことを考えていると、体に強い衝撃が走った。両隣で大きな鳴き声がする。
目の前には、床とヒールが見える。俺は、姫と呼ばれるやつに落とされたらしい。
「処分しなさい。こんなのいたって仕様がないわ」
「しかし、コヤツは、物理攻撃だと赤ん坊でもなかなか殺せんのです……。それこそ、膨大な魔力で焼き殺すしか」
「じゃあ、魔道士に頼めばいいじゃない?」
「いえ……その……お嬢様、さすがにそれは莫大な金が……」
「じい!姫と呼べと言ってるでしょう!私は大貴族サクリフの娘なのよ?姫なの!」
「申し訳ございません姫様」
あれ、こいつは姫ではないのだろうか?
未だ俺は全く体が動かせない。この目の感じといい、赤ん坊なのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず地下の牢にぶち込んどきなさい」
「えぇ、わかりました」
俺は、じいというやつに持ち上げられ運ばれた。
結構な時間運ばれて、ぼやける目に光が映らなくなってきた。多分暗いところに来たのだろう。
階段を降りているようだ。降りるにつれ、だんだんと匂いがひどくなる。
「気持ち悪いのう」
じいの顔が俺に近づく。はっきりとは見えないが、禿頭に出っ歯だということはわかった。
すると、急に目の前から顔がきえ、浮遊間に見舞われた。
バシャッと音がして、体に強い衝撃が襲ってきた。しかし不思議と痛くない。地面は浅い汚水溜りのようだ。なんだかヌルリとしている。そして、ひどい匂いの原因は多分ここだ。
そのまま体も動かずに数日ほど経っただろうか。実際はわからないが、それくらいの時間がたったと思う。その間、俺はずっと目を瞑っていた。
理由は、時間が経つにつれ、目が鮮明に見えるようになってきたからだ。自身の状況を把握するのが怖くて開けられない。
両隣の鳴き声、ひどい匂い、かってに動く身体。
目を瞑っていてもわかる情報だけで、恐ろしくて気が狂いそうだ。みてしまえば、本当に狂ってしまうかもしれない。
それと、日に数回、ビタンッと何かが投げ込まれる。それが聞こえると俺の体は、というより頭は数秒揺れて、ぴたりと止まる。その後、両隣からグチャグチャと何かを食べるような音がするのだ。
そして、この数日間、俺は何も食べてないのに腹が全く減らない。
まぁでも、しかし、いつまでこうしているわけにはいかない。今日こそは目を開けよう。とりあえず今までに得た情報で、一旦現状を予想しよう。心が壊れないための準備だ。
とは言っても、実は……、という最悪な予想はすでにある。
俺がみていた異世界系のアニメには、人間以外に転生するというものがあった。モンスターとか、武器とか、神だとか。
多分だがモンスターだ。だったら、どんなモンスターだろうか。
当たりは、犬猫系やドラゴンなどだろう。ハズレといえば、虫や触手粘液ゲテモノ系だろうか。
少しの時間考えたが、どんとんと恐ろしさが膨れるばかりで、たまらず俺はゆっくりと目を開けた。
まず、薄暗い。目の前はボロボロの大きな石を積み上げたような壁だ。溝に沿って、水の筋がはしっていて、所々、苔や虫が張り付いている。
次に地面もみてみる。ここもまた壁同様の石ブロックだ。しかし、あまりみたくない、血溜まりや腐った肉が転がっている。
そして、視界に足が映った。真っ黒な犬の足みたいだ。
「ハッハッハッ」
「ハッハッハッハ」
両耳の側で息遣いが聞こえる。そうだ、常に聞こえていた鳴き声の主たちを忘れていた。
俺は、ゆっくりと首を右に捻った。黒い犬の顔と目が合う。
次は、左。またしても、黒い犬と目が合う。
最後に、俺の体を見た。両隣の犬と俺の首が、一つの身体から伸びていた。
「ケルベロス……」
俺は気を失った。
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