掌(てのひら)に収まる物語

異端者

第1話 異世界転生

 昼過ぎの公園。俺はベンチに座っていた老婆のバッグを置き引きすると走り出した。

「泥棒! 誰か止めてえ~!」

 背後からは弱々しい叫び声が聞こえてくるが、それがなんだろう。

 どうせ他人のことなんて誰も気にしやしない。このまま逃げ切れる。

 俺は公園を飛び出すと道路に出た。

 その時、トラックが来ているのに気付いた時には撥ねられていた。


 気が付くと、真っ白な空間に居た。

 ここはあの世だろうか。まあいい、どうせろくな人生じゃなかった。

 作家になると言って家を飛び出して数年。アルバイトをしながら執筆を続けたが、一向に目が出なかった。

 そのうち、仕事がいい加減すぎるとアルバイトも首になった。

 そして金が無くなって、置き引きや引ったくりを繰り返すようになった。最初の頃こそ罪悪感を感じたが、5回目ぐらいからそんなことどうでも良くなった。


 ――クソッ! 俺のどこが悪かったって言うんだ!? 俺を評価しない世の中が悪いんだ!


 そうだ。俺は何も悪くない。今日だって、あんなあと数年で死んでしまうババアより、若い俺の方が金を持ったって良いはずだった。

 ふいに、目の前に若い女性が現れた。

「え? 急に……誰?」

「よく来ました――」

 女性は説明を始めた。

 どうやら俺は、予期せぬ手違いで死んでしまったこと。

 手違いで死んだ人間には、異世界でやり直すチャンスが与えられること。


 ――やった。神は俺を見捨てなかった。やっぱり俺は間違っていなかった。


 きっと俺は異世界で英雄になる使命を与えられるのだろう。

 ようやく、俺が報われる。見る目のない連中から解放されて、真の力を発揮する機会を与えられたのだ。

「さて、説明は終わりです。旅立ちなさい」

 女性が優しくそう言うと、視界が真っ暗になった。


 次に視界が開けた時は、赤黒い空が広がっていた。

 周りは一面の荒野。草一本もない。

 俺が辺りを見渡していると、子どもぐらいの角の生えた二足歩行の動物――ゴブリンというのだろうか――が集まってきた。

 ゴブリンは俺に首輪をはめると、どんどん引っ張っていく。

「お、おい……」

「黙レ! 奴隷!」

 奴隷……俺が?


 それから、同じ様に首輪をはめられた人々と労働をさせられた。

 集められていた人々は老若男女問わずで、国籍や民族、人種も様々のようだった。

 それでもゴブリンたちの言葉はなぜか全員に通じるらしく、俺たちは言われるがまま働かされた。

 穴を掘って、また埋める仕事。大きな岩を担いではあちこちに運ぶ仕事。

 その間に、不味い汁を飲まされる――それが食事らしかった。

 ゴブリンたちは俺が何を聞いてもまともに答えなかった。それでも聞こうとすると殴られた。


 ――どうなってる!? 俺は異世界で英雄になるんじゃなかったのか!?


 どうにも、ここでの労働は一方的に痛めつけるのが目的のように感じられた。

 剣と魔法の異世界に行って――そんなファンタジーとは全然違う。

 ある日、隣で働かされている中年男が日本人らしかったのでこっそり聞いてみた。

「なあ、この世界はなんなんだ?」

 男はすぐにはその意味が分からなかったのか、考えるようにして一呼吸おいた後に答えた。


「ああ、正式な名称は知らないが『地獄』と呼ばれているよ」

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