天狼の竜魔導機兵/転生先が死後発売されたリメイク版RPG

@O5my_

767年 七夜の節:ようこそ、異世界へ

プロローグ/限界オタク転生者、キレる

「聞こえなかったんすか、王子様?」


  その場にいる誰が聴いても、明らかに煽っている口調。王族相手に失礼な物言いだと全員顔に出ていた。当人も相手が誰なのか解っているはずだ。それでも彼は先ほどの言動に我慢できず、王位継承権上位に立つ王子へ指をさす。


「無礼者、これ以上の狼藉は幾ら同じ学び舎に通う候補生とはいえ、許されることではない!」

「田舎モンが出しゃばってんじゃねえ!」

「お前らは関係ねーだろ、すっこんでろインテリ砲台&脳筋肉壁」


  最後の聞き慣れないワードは何なのだろう。周囲に立つ候補生達は首を傾げた。件の問題児は視線を動かす。微動だにしない王子、その背に隠れる少女を見つめる。小動物を彷彿とさせる小柄な少女は、ただならぬ視線に怯え出し逃れるように隠れた。その動きに苛立ったのか、静寂に包まれたホールに舌打ちが響く。


「決闘だ」

「…ほう?」


  入学式から話題になっている候補生から出た言葉に、白薔薇の王子は目を細める。背後に隠れていた少女の顔から血の気が引き、ガタガタと震え上がっているのが此処からでも見えた。


「私は構わないが…良いのか?この件に関して君は部外者だ。決闘を行うにしても得る物は無く、失う物が多すぎる。考え直した方がいい」

「いーや、得る物ありまくるね。イエスマンに囲まれた温室育ちの坊っちゃんを合法的に真正面から殴れるし、さっきから後ろでコソコソ隠れている卑怯者を引き摺り出せる。何より、」


  呆然としたまま床に座り込む私を見下ろし、手を差し伸べてくれた。その手を取れない。震えが止まらない右手を隠し、私は拒絶する。この騒動に君は関わらない方が良い。逃げるなら今のうちだ、そう首を横に振って見せても。彼は不敵な笑みを浮かべたまま、今度は膝を折って私と視線を合わせる。


「ブン殴ってスッキリしたいだろ?」


  私にだけ聞こえる声量で悪事に誘う。どうして君は助けてくれるの?特殊な環境下とはいえ誰も他国の王子に逆らうことなど出来ず、多くの同級生達は目を逸らして見て見ぬフリをしたのに。


「…………どうして、」

「それは入学式でも言ったし、あの日にも言った」


  ジュースをかけられて濡れた髪を梳き、こてんと首を傾けて悪戯っ子の笑みを向ける。初めて出会った時と変わらない笑顔。懐かしさからくるものなのか、安堵してしまったのか。世界が歪み温かいモノが零れ落ちる。それに気付かないフリをしてくれたまま、汚れた私の左手を迷うことなく取って口付けを落とす。


「アンタに惚れているからだ」


  左手首に淡い光が灯る。それは術式を発動した際に見られる光景。頭から被ったジュースが離れて行く。小さな水滴は丸い空間の中へ全て吸い込まれる。先ほどまでびしょ濡れだったのが噓だったように、頭から爪先まで私の全身は乾いた。

  パチン、という音とともに光の輪は消滅した。一連の出来事を見ていた候補生達から、どよめきが聞こえてきた。今のは五大元素の魔術式ではない。彼は此処に居る候補生達よりも、高度な術式を組み立てられるのか?もし、もしも。目の前にいる彼が私の想像以上なら…勝率はゼロではない。


「では、改めて…お手をどうぞ、機士・・様。俺と一緒にイケメンの顔、ぶっ潰そうぜ」


  今まで聞いたこともない誘い文句に面を食らって、思わず吹き出してしまった私は笑う。こんな状況なのに、もう後は無いというのに。負けたら無事では済まされないはずなのに。彼となら勝てる、そう思わせてくれた。

  さあ、覚悟を決めよう。再三忠告しても無視した、あの女を。あんなにも諫めたのに聞く耳も持たない馬鹿王子を。私の手で殴り倒す。彼とともにブン殴る。差し出された手を取り、その大きくて硬い手を握り返す。もう逃げられない。それでも良い、きっと彼は勝つ。


「後悔しても知らないから」

「後悔?する訳ないっしょ」


  そう言いながら、立ち上がった私に笑みを返す。


「……話は終わったか?」

「どーも、お待たせしました」


  繋いだ手を離し、王子たちと向き合う。もう手の震えは止まっていた。勇気を分けてもらった、背中を押してもらった。今後の人生を大きく左右する決闘。隣に立つ彼の目は既に覚悟が決まっていた。


「そっちの賭けるもの、決まりましたか?」

「今後一切、私と彼女の関係に口を挟まないこと」


  そして、言葉を区切った王子は彼を睨む。


「貴様の退学だ」


  王子の要求に私が目を見張ると、横から口笛が飛んできた。この状況で余裕すぎないだろうか、それとも絶対に負けない自信があるのか。


「いいっすね、そうこなくちゃ」

「……そちら側の要求は?」

「…私が願うことは、その背後に隠れている女と二度と関わらないことです」


  私が言い終わるのを確認し、今年入学した問題児は指さす。


「俺がアンタに要求することは、ただ一つ。彼女に謝罪しろ」


  たったそれだけのために、彼は王族と決闘するのか。それだけのために、私に力を貸してくれるのか。金銭でも地位でもなく、ただ謝らせる。謝罪の言葉だけを要求する彼が、眩しく見えてしまう。


「俺の推しをディスりやがったんだ、土下座して謝りやがれ!!全裸でな!!!」


  ……彼、本当に何者なのだろうか?


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