#16B零 真実 前編


目覚めると、となりでくっついているハルは寝息を立てていた。よほど怖かったんだろうな。あれから僕と離れようとしない。口では「大丈夫だよ」って言っているけれど、心の傷は相当深いと思う。むしろ、あんなことがあったのになにもない方がおかしい。



寝転がりながらスマホを眺めているとハルは目を覚ました。



今日は下草のほこらに行くことにしていた。なぜツクトシ様が僕たちをここに、この年代に飛ばしたのか。その意図が分からない。それに蓮根音羽という存在が目の前をちらつく。蒼空は自身を蓮根音羽と名乗り、それがシロヤエノワニと関係がありそうな気もするし、もう訳がわからない。



それでここに来ればまた、ツクトシ様から話を聞けるんじゃないかって思ったのだ。



「難しそうな顔してるね。考えても始まらないことは考えない。これに限るよ!」

「うん。分かってるけど昨晩みたいなことあると、どうしても……」

「わたしは大丈夫だよ。さあ、駅ナカで美味しいものでも食べて、下草に行ってツクトシノヒメを問いただそうじゃないか!」

「問いただす……ね」



そもそもツクトシ様は信じても大丈夫な存在なのか。その確証がないのも頭痛の種なんだよな。信じた結果、結局僕たちは騙されてまた代償を支払わされることになるんじゃないかって不安にもなるよ。



駅ナカの3階にあるイタリアンに入ってパスタを注文した。



「そういえば、スマホも契約しないとだよな」

「ああ、それはいいや」

「なんで? 不安じゃないの?」

「だって契約するときに今の身分だと面倒じゃない?」

「そっか」



身分証を持っていないし、引き落とし先の口座とかクレカを持っていない身としては確かに面倒だな。SIMさえ手に入らればいいんだろうけど、なかなか難しそうだ。昨晩みたいな事件にまきこまれたときはスマホがあったほうが安心だけど、無理なものは無理だし仕方ないか。



ネットニュースではアイドルグループ『ユメマホロバ』の夢咲陽音が失踪したと報じられている。時渡りをして身体に魂がインストールされて、ハルがこの時代の夢咲陽音と同化したから、本来いるべきはずの東京からいなくなったということなのかな。



その辺がよく分からないけど、多分そんな感じなんだと思う。おそらく記憶が曖昧になるのはそういうのが理由だろうな。未来の自分も、過去の自分も自分自身であって、違うのは経験だけ。なんの記憶が残って、なにが消されるのか。神のみぞ知るってやつだ。



「美味しいはずなんだけど、なんか美味しくないなぁ」

「あー……分かる。味はいいけど美味しくないんだよな。憂鬱で味に集中できないっていうか」

「ううん。そうじゃなくて、わたしあんまり明太子得意じゃないんだよね」

「そっちかっ!!」



じゃあなんで明太子パスタを頼んだんだ。



「お店のメニューに、今日のおすすめは明太子パスタって書いてあるから」

「チャレンジしたと?」

「うん。つぶつぶが苦手なのだよ」

「じゃあ、僕の海賊パスタと交換する?」

「え。いいよ。ルア君が食べたかったんでしょ」

「ああ、僕も明太子食べてみたいから、半分ずつ取り分けよう?」

「……君は優しいね」

「いや、ほんとに食べたかったんだよね」



と、まあいつものパターンで「はんぶんこしよっ」ってハルは言うのかと思っていたから海賊パスタをオーダーしたわけです。結果的に予想通りの結果になって少し笑える。



「子どもの頃に食べた明太子は苦手でも、大人になってから口にする明太子は美味しいのかなって思ったわけですよ。ってことでわたしはアホの子じゃないですからっ!!」

「そんな取り分けながら力説されても……」

「子どもの頃の記憶って今でもあやふやで、記憶があてにならないよね」

「そう? まあ、覚えているかって言われると思い出せないけど」

「わたし達って、もしかしたらそんな感じで重要なことを忘れちゃってるんじゃないかって思うときあるんだよね。だから、蓮根音羽って子のことも同じように……忘れちゃってるのかも」



卒アルに載っているんだからきっと蓮根音羽はいたんだと思う。葛根冬梨のように認識できないナニカの力が働いて、それで記憶から消えさっているのかも。



「このバターみたいに、溶けちゃえば元の姿が見えないみたいにさ」



明太子パスタの上に乗っている四角いバターをフォークで弄びながら、溶けていく様を見て、ハルはそんなことを言った。蓮根音羽という言葉が心のどこかで切なく沈んでいく気がした。



朝食を兼ねた昼食を食べ終えて、下草まで移動した。年末の海は砂混じりの風が強く吹いていて、かなり寒い。坂を下って海岸に到着すると砂浜にひとり、誰かが波打ち際で佇んでいる。あの後ろ姿は、間違いなく蒼空だ。



「どうしよう?」

「……僕は絶対に蒼空を許さない」



一言どころか名一杯言いたいことを言わなければ気がすまないし、ちゃんと罪を償ってほしい。そう思っておもむろに近づくと、蒼空はすでに僕たちに気づいていたらしく振り返って、冷たい双眸で僕の目を見てきた。こんな目をする蒼空を見たことない。



「誰を許さないって? 鏡見春亜。鈴木陽音。あたしはあなた達を許さないし、これから先も許すつもりもない」

「お前は何の恨みがあって、僕たちを……?」

「この海岸であたしは死んだ。覚えていないの?」



死んだ?

蒼空が?



「死んだって、じゃあ、あなたは誰なの? どう見ても蒼空ちゃんは生きているじゃない?」

「蒼空もあたしも死んでいる。じゃあ、今自我のあるこの身体と精神がなんなのか。それはあたしも分からない」



蒼空はしずかに語りはじめた。



小学生のときの校外行事である海岸清掃で蒼空と僕、それにハルと蓮根音羽は清掃そっちのけで遊び回っていた。ちょうど引き潮でえぼし岩まで渡っていけることから、蒼空は僕たちを誘って走りだした。



まるで桟橋のような岩場の端に祠があって、その扉を興味本位で開けてしまった。蒼空の記憶によれば海底にはシロヤエノワニがいて、ツクトシノヒメの封印を解かれるとまずいために波を起こして蒼空をはじめとした4人を大波を起こして落としたのだ。



海底で蒼空は自身を犠牲にすることによって、シロヤエノワニと取引をし、僕とハル、そして蒼空自身を助けた。しかし、蓮根音羽は置いていかれてしまい、10年間もの間死んで魂だけとなって海底を漂った。そして、シロヤエノワニと取引をして復讐を願ったところ、死んだ蒼空と同化して今に至るということらしい。



「蒼空が死んだ……?」

「この世界線上の未来において、早月蒼空は死ぬ。水難によって死ぬのだ。蒼空が死んだことによってあたしは身体を手に入れて、復讐をする機会を得たのだから蒼空には感謝しないといけないわね」

「水難……? 蒼空ちゃんが?」

「蒼空だけではない。鏡見春亜も死ぬ」

「うそ……そんなの嘘よ。ルア君はもう死なないんだからッ!!」

「人の死。あらかじめ決められた死は変えられない」



僕が死ぬ……?

蒼空と一緒に?



「さて、まずは謝罪してもらおう」

「謝罪ならいくらでもする。でも、僕たちは覚えていないんだ。音羽っていう子がいたことも……海岸清掃で海に落ちたことも」

「……嘘だ」

「嘘じゃないの。あなたが音羽さんだってことも信じる。けど、ルア君の言うとおり、覚えていないの」

「あたしが長い年月を海で過ごしている間にあなた達は何も苦しまずに、あたしのことを忘れて過ごしていたというの? そんなことが許されていいはずないでしょ……ッ!!!」



ハルから奪ったスポーツバッグから鏡を取り出して、両手で持って掲げた。こちらに鏡を向けると鏡が突如輝く。



「神話によるとツクトシノヒメはこの鏡でシロヤエノワニを封じた、とされている。早月蒼空は鏡を割って、すべてを戻そうとしたのね」

「鏡を割って? どういうことだ?」

「世界線。世界線は鏡の中の世界に無数に広がっていて、その世界を破壊すれば元の世界に戻ることができる」

「だからその意味は? 蒼空ちゃん、じゃなくて、音羽ちゃん教えて」

「気づいていないようね」



鏡をゆっくりと胸元に戻した蒼空(の姿をした音羽)は、鏡に映る自身を見ながら薄ら笑みを浮かべている。



「あたし達4人は小学生のころ、この鏡を覗いてしまった。そのときからすでに世界……鏡の中の世界に取り込まれてしまったということ。無数に広がる世界線はすべてミラーリングの延長にある、いわば幻の世界」

「は?」

「え? ルア君理解できた?」

「いや……」

「つまり、ここは時間軸が不完全な世界で、すべて偽物の世界ということ。本当の世界は鏡の外にあって、あたし達はずっと鏡に囚われているの。シロヤエノワニのように」



それで割れば元の世界に戻れるってこと?

そもそも時渡りをしている世界線のすべては鏡の中の話だったってこと? それは……。



「すべて現実じゃないってこと?」

「すべて現実よ。ただし、ミラーリングされた世界の中だから真の世界ではないけど」

「鏡を見た人すべてが囚われるってことは、今までもいたってことよね?」

「いたでしょうね。さあ、復讐を遂げる。あなた達は一生ここから出られない。この世界ではシロヤエノワニに代償を支払わなければ死ぬことすら許されない地獄。でも2人一緒なのだから幸せでしょう?」



音羽は思い切り岩場に鏡を叩きつけて煙のように消えた。



「マジか……」

「現実的じゃないけど……でも、非現実的なことが起きすぎていて……信じるしかないよね。ルア君、これ見て」



音羽がいた場所には鏡の破片が落ちていてその一片を拾うと、その中にハルが映り込んでいた。そればかりか僕まで映っていて、どこかの神社にいるのか巫女さんも映っている。

ん? 如月先生? よく見ると蒼空まで映り込んでいた。いったい何をしているんだろう?





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