#03C 凸する蒼空 葛根の転落 前編




アイドル活動をしながら、たまに休みがあれば高花市に戻る生活が続いていた。短い春も過ぎ、季節は夏に変わろうとしている。しっとりとした雨の降る6月のさなか、特急に乗ってルア君に会いに来た。



雨は好き。匂いとか、小刻みなリズムで奏でる雨音とか。それになんといっても、雨だとみんな傘をさしているから正体がバレにくいんだよね。服は少し濡れちゃうけどさ。



ルア君は地元の大学に通っていて、そろそろ帰宅する時間だと思う。……蒼空ちゃんと同じ大学というのが少し心配というか。嫉妬しちゃうというか。

ただ、あれ以来、蒼空ちゃんとはあまり話していないとかルア君は言っているけど。きっとルア君がそう言うんだからそうなんだろうと思う。



ルア君の家の前に着いて数分待っていると停留所にバスが停まって、ルア君が降りてきた。



「ルアく〜〜〜〜んっ!! やっほーーーっ!!」



バスから降りてきた人たちが一斉にこっちを見てきて、当の本人のルア君は気まずそうにうつむいてこっちに歩いてくる。その顔が可愛くて毎回やってしまうのだ(もちろん意図的)。



「やめれ……ハルはさ、自分が夢咲陽音だってこと自覚してる?」

「だってぇ。今は……ただのハルだもん。ルア君の彼女のハルだよ? 20日ぶりに遊びに来たのに、この溢れんばかりの感動を表現できないなんて、ああなんて無情……」

「本当に意味分かんないからね? 全然無情じゃないし。っていつから彼女になったんだっけ?」

「そこ、まじめにツッコミ入れない」

「はいはい。そんなことよりも。ハル、おかえり」

「うんっ! ルア君ただいまっ!!」



ルア君が蒼空ちゃんを完全に忘れられたかどうかは分からないけど、わたしとルア君の距離は確実に縮んでいると思う。わたしが帰ってくる建前は『ルア君を元気づけること』になっているけど、もしかしたらルア君はうすうす勘付いているかもしれないなぁ。



わたしがルア君を好きだってこと。いや、鈍感だし、ないない。



「相変わらず生活感のない部屋だなぁ。それに狭いし」

「狭いのは仕方ないだろ。ところで今日も泊まっていく?」

「うん。あ、今日はえっちなことダメね?」

「……そういう誤解を生むような発言は禁止!! なにもしてないじゃん。っていうか、アイドルが男の部屋に出入りして大丈夫なのかって、逆に心配になるわ」

「アイドルだもん。ダメに決まってるじゃんか」

「矛盾してるって……」

「ルア君は特別だからさ。気にしなくていいの」

「そういうのいいから。本当は、僕のこと心配で来てくれてるんだろ? 僕はもう大丈夫。東京から遠いじゃん」

「ううん。ルア君のためだけじゃないよ? わたしもね、息抜きになっているからさ」



ルア君はなにも言わずにコーヒーを淹れてくれた。お砂糖を小さじ2杯とミルクをたっぷり入れてくれて、わたしの前のダイニングテーブルに置く。



「あ、そういえばさっき電車の中で見たんだけど、大変なことになってるね」

「うん? なにが?」

「あれ? 知らない? スマホに見てない?」

「え? なんのこと? ああ、そういえばメッセージいっぱい来てたの思い出したわ」

「いやいや。返そうよ。わたしのはちゃんと返信するのに」

「いやー……どうせ蒼空だからって無視してたんだけど」



ほら、って見せてくれたスマホの中の蒼空ちゃんからの未読メッセージは1000件超え。ひゃー。っていうか、わたしの言っているのは、スマホでニュースを見ていないの? って意味なんだけど、言葉足らずで伝わらなかったか。



「……スパーブの人捕まっちゃったじゃん……なんだっけかな。クズっぽい人」

「……は?」



ルア君は「えっ? なに?」ってテンパりながらスマホのニュースアプリを開いた。わたしも横から覗き込み。



『葛根冬梨容疑者は相手が未成年と知りながら性的暴行を加えた疑いが持たれています。なお余罪があると見て警察は慎重に捜査を進めています』



「ね? これって……あの人だよね?」

「……うん。蒼空と付き合っていた人だよ。僕……スパーブ辞めたらから最近見ていないけど、まさかそんなことしてたのかよ……」







桜が舞い散り、まだ少し肌寒い朝。灰色に染まる視界と絶望によってあたしは打ちひしがれている。



すべてが終わった。すべてが憎い。あの女のせいだ。絶対に忘れない。

せめて道連れにしてやろうと思った。先週……あの時、葛根が送っていくなんて言わなければ……あたしは今ごろルアと付き合っていたはずだったんだ。



絶対に許さない。あたしの運命を捻じ曲げたのは葛根冬梨だ。



あたしは今……葛根冬梨の自宅の前に来ている。葛根冬梨の車にGPSを仕込んでおいて正解だった。スパーブの後輩たちを次から次に毒牙にかけているにもかかわらず、平穏に生きているあの男を許すわけにはいかない。先日、GPSがラブホの位置を示したから、あたしは慌ててその場所に赴き、張り込みをしたのだ。



ホテルから出てきたのは、スパーブの生徒でまだ女子高生の子。しかも表情を見るに浮かない顔をしていたからあたしは後日その子に近づき、話を聞いたら予想通りの展開だったわけだ。



葛根はこともあろうか脅して強引に迫った。



弱みを握られていたらしい。それでも、なんとか警察に被害届を出すように説得をして、ようやく決心をしてくれたのだ。



「葛根さ〜〜〜〜ん、いますかぁ!?」



インターホンを連打して少し待っていると「はい?」と若い女性の声がした。車がないところを見ると出かけているのか?



「あたし、スパーブでお世話になっている早月蒼空といいます。開けてくれますか?」

「どのようなご用件ですか?」

「あなたのご主人に強姦されました。奥さんですよね?」

「……え?」



ガチャッとドアが開いて出てきたのは、まあ可愛い奥さんだこと。こんな奥さんがいるのに浮気をしていたなんて…‥呆れる。



「ど、ど、どういう……え?」

「だから、あなたのご主人に強姦されました。彼のスマホを見たらいいんじゃないですか? きっとそういう写真とか動画残ってると思いますよ」

「……冗談ですよね?」

「あ、ちなみに逮捕までカウントダウンです」

「待ってくださいッ!! なにを言っているのか、私……私分かりませんッ!!」

「未成年に性的暴行を加えて、のほほんと生きられるほどこの世界は甘くないっつってんの。あんた配偶者でしょ。責任取りなよ?」

「……冬梨は……冬梨はそんなことするはず……脅迫するつもりですかッ!? 警察呼びますよッ!?」

「呼んだらいいんじゃないですかね?」



奥さんは一度ドアを閉めて、再び開くとスニーカーを履いて出てきた。小柄な人で年は少し上だけど、あたしとそう離れていない。



「証拠はあるんですか……?」

「ある。あたしの証拠もあるし、この前の、ミクの証言も取れたし本人に同意をもらって録音もしてる。メッセージにはしっかりと葛根冬梨の脅迫が残っているし。当然、魚拓も取ったわよ?」

「……見せてもらえますか?」



疑り深い人だな。とは思ったけど、自分の信用していた人がそんなことをやらかしていたら、そうなるのは当然か。なにがしたいって、あたしはただ、あたしだけが罰を受けるのが納得いかないだけ。むしろ、あたしなんかよりもあの男に天誅ばつが下されるべきだって思っている。



「これと、これ。それにこっちは……あんまり見ないでくれる? 一応、あたしも恥じらいがあるから」



奥さんは一気に青ざめて、玄関ポーチの柱にもたれかかった。



「ごめんなさい……どう償えば……」

「あなたはあたしと同じで被害者だから。そうね。家に入れてくれるかしら? 冬梨さんはどちらに?」

「仕事に行くと早くから出かけていきました……」

「へぇ。今日はスタジオが休みなの知らないんだ。イベントもないし」



どこのダンススタジオが朝の7時前からやってるんだっつうの。イベントの日はともかく、なにもない土曜の朝からスタジオに行くやついないと思うけど。



「じゃあ……いったい?」



家に上げてもらって、奥さんにあたしのスマホを見せた。画面には地図上にアイコンがあって、少しずつ動いている。そのアイコンが葛根冬梨の車で間違いない。



「あぁ。デート中だったか」

「えっ?」

「多分、また未成年とか連れ回していると思うけど。奥さん、追いかけようか?」



ことの深刻さに気づいたのか(我に返ったともいう)、奥さん(雫さんって名前らしい)は、車庫から車を出してあたしを助手席に乗せてくれた。



「雫さん、あたしの個人的考えでは……逮捕される前に一発殴るとかしないと気がすまないと思うんだけど」

「……はい」



あたし達二人は、葛根冬梨の車を追いかけて出発した。









————

話が逸れているように見えますが、一応この物語のきっかけに繋がっていきます。

世界線Cは起点です。ストーリーはA→B→Cと進んでいますが、実際はC→と進んでいますので、現ストーリーが第一章や二章につながっていきます。

詳しくは近況で。

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