#23C わたしは見返す。絶対にアイドルとなって(後編)



ルア君は風邪を引いて学校を休むらしい。深夜、熱が出たって朝方メッセージが来ていた。昨日一緒にいたからうつっていないかって心配してメッセージをくれたのだ。

自分の体調が悪いのにわたしの心配をしてくれるあたり、ルア君らしいなって思った。



クラスのみんなの様子がおかしい。わたしのことを誰も見ないし、話しかけようともしない。それはいつものことかもしれないけれど、ヒソヒソ話が聞こえてきて、わたしと目を合わせないようにこっちを見てみんなニヤニヤと笑っている。



さっきの昇降口のときと同じだ。

なんかすごく嫌な感じ。



放課後になって帰ろうとするわたしの周りをクラスメイトのほぼ全員が取り囲んだ。昨日の学園祭のアンケートの結果に対する苦情かもしれない、とわたしはため息をついたが違ったらしい。



「鈴木陽音。あんた好きな人っている?」

「え? 蒼空ちゃんいきなりなに……?」



クラスの女子の一人が噛んでいたガムを口から出して、わたしの机にねじ込むようにくっつけた。いったいなんなの……?



「あんたさ、昨日ルアとデートしてたらしいじゃない?」

「そ、それは……ルア君が」

「ルアがなに……? ルアのせいにしてなんなの?」

「だって……夕飯を……」

「それで、好きな人はいる?」



答えたくない。答えたくないよ……。



なんでわたしこんなに責められなくちゃいけないの?

ルア君と一緒にいたことは事実だけど、ルア君となにかしようとかそんな浅ましくよこしまな考えを持って一緒にいたんじゃない。なのになんでこんな……こんなこと。



「いないよ……」

「あんたさ。蒼空の好きな人を横から取って、なんなの、そのふてぶてしい態度は? 蒼空に悪いとか思わないわけ? このドブスがッ! あんたみたいなの見てると吐き気してくるの。それを我慢してるあたし達に土下座しろっての。ほら、男子もなんか言いなさいよ」

「俺、話したくねえし。なあ?」

「ああ。なにが悲しくてこんな奴と一緒の空気吸わなきゃいけねーんだって。春亜が可哀そうだよな。隣の席で」

「はぁ~~~あんたあたしもこいつの右隣なんだけど? 分かる? あたしの気持ちにもなりなよ」



みんな言いたい放題。



わたしがそんなに憎いの? わたしは汚い? 汚物なの? 毎日お風呂に入って髪も身体も洗っているし、一日4回歯磨きしているよ? もちろん洗顔だってちゃんとしているし、爪だってちゃんと切っている。インナーや靴下、その他諸々の洗濯もちゃんと自分でしているのに。人として最低限のエチケットは守っているつもりだ。



「あんたらちょっと黙って。あたしが聞きたいのはね、陽音、あんたの好きな人の話。誰が好きなの? いないって答えはなし。一人くらい良いなって思う人いるでしょ?」

「……いない」

「ふぅん。いないって答えはなしって言ったじゃん。誰でもいいの。あ、西村が好き? あいつが好きなんだよね? 隠さなくてもいいよ?」



西村くんはわたしと同じ雰囲気を持つ陰キャでオタク気質の人。いつもオタク仲間3人で話をしていて、クラスメイトからは白い目で見られている。たしかに、見た目はだらしないかもしれないけれど、話すととてもいい人。ルア君もまったく気にせず話しかけているし、この前は冗談を言い合って談笑していたくらいだ。今の時代、オタクが虐げられる理由はなにもない。むしろ、打ち込めることがあってわたしは良いと思う。



けれど、恋愛的に見れば好きではない。嘘はつきたくない。



「ほら、好きな人くらいいいじゃない? ねえ? あ、やっぱり西村かぁ」

「言えって。言わないなら西村と付き合わせようぜ」

「結構お似合いなんじゃね? 西村ラッキーじゃん」

「西村とのやばい系動画流出させようぜ」

「お前、考えることえげつねえよ」



なにも聞こえない。感じない。口の中が苦い。心臓が飛び出そうなくらい跳ねてる。目が熱い、熱いよ。こんなにも悲しい気持ちになったのはいつぶりだろう。



言わなければ西村くんに迷惑を掛けちゃう。西村くんはなにもしていないし、わたしのために迷惑を掛けられない。正直に話します。……ルア君ごめん。ごめんなさい。わたしね、こんなことならちゃんとルア君に話したかった。面と向かって……ちゃんと君に言いたかった。この気持ちはルア君にだけ、ルア君だけが知っていればいいはず。



なんで……こんな大勢の前で言わなくちゃ……いけない……の。



悔しいよ。






「わたしは……ルア君……鏡見春亜くんが好き……」






わたしが居残りなんてしていたばっかりに。春亜くんの優しさに甘えちゃってごめんなさい。ずるくてごめんなさい。本当は、誘われて嬉しかったのはわたしのほうなのに。隠していてごめんなさい。





好きになって……ごめんなさい。





「蒼空、こいつ、あたしが殴ってもいいよ?」

「やめて。ルアに知られたら大変じゃん。いいの。別に誰が誰を好きになろうが自由だもの。陽音……約束してくれる? もう二度と鏡見春亜に近づかないって。それで、もし、このことをルアにチクったら……恥ずかしい写真を撮って学校中に回してやるからね?」

「…………」

「返事は?」

「……はい」

「あんたは負け犬。そうね、今日から奴隷。あたし達の奴隷だから」

「…………奴隷?」

「ねえ、奴隷ってこいつにぴったりじゃない? ほら、卑しそうな目とか」

「蒼空結構ひどいことズバズバ言うよねぇ〜〜〜でも分かる」



全然話を聞かない……。ちゃんと話さえ聞いてくれたら蒼空ちゃんだってわかってくれると思う。わたしが大変そうだってたまたま居合わせたルア君がおもんぱかって手伝ってくれて。

それでルア君の身の上話を聞いてね。それで寂しいから一緒にご飯を食べよう……って。だから。





いや——それを言ったら、ルア君の信用を裏切っちゃうような気がした。だって、二人だけの秘密って約束したのに。





「ほら、奴隷、話を聞いてやったんだからここにいる全員に飲み物買ってこい」

「蒼空、ひどくね。じゃあ、俺は炭酸水がいい」

「お前もなー」



悔しい。なんでわたしは蒼空ちゃんとこうも違うのか。なんでわたしは……こんなに虐げられなくちゃいけないのか。



わたしは……蒼空ちゃんとなにが違うの……?



生まれ育った環境? 性格? 容姿? 運? お金持ちかどうか?

コミュ力? したたかさ?



「ほら行けよッ!! ゴミがッ!! おまえは奴隷だろ?」

「蒼空、こいつ泣いてるよ? マジでキモいんだけど」

「誰よ泣かしたの? あたしじゃないからね? 雫、あんたじゃないの?」

「ひどーーーーい、蒼空じゃん。あたしなんも言ってないし」

「たった今飲み物買ってこいって言ってたのあんたじゃん」




努力?



そうだ——努力が足りないんだ。ルア君も蒼空ちゃんも努力をしている。わたしに足りないのは努力だ。もっと賢くなって、キレイになって、可愛げのある性格に生まれ変わって、そして……頂に登り詰めて……。誰も手の届かない場所まで登り詰めて。




わたしは、絶対に蒼空ちゃんを見返してやる。




見返してやる。




絶対に見返してやる。







そんなイジメの日々に終止符を打ったのは皮肉にも両親の離婚が原因だった。母の実家(祖母の家)に引っ越すこととなって転校を余儀なくされた。



夏休みに入る手前にわたしは一人……東京に向かう。



お母さんは……わたしの知らない誰かと再婚するとかで、それはそれで良かったと思う。わたしもルア君を見習って、前向きに考えよう。誰かが幸せになることは良いことだって考えられるようになった。お母さんには今度こそ幸せになってもらいたい。きっと辛かったからわたしにまで辛く当たったんだよね?



そんなふうに思えるようになったのは、ルア君の影響によるところが大きいんだと思う。



わたしは、高校を卒業するまでおばあちゃんの家にお世話になることになった。おばあちゃんはわたしを歓迎してくれている。本当に良かった。



特急の着く時間となったけれど、当然誰とも会わない。クラスのみんなとなんて絶対に会いたくなかったからこれでいいと思っていた。ただ一人を除いて。



彼は駅の改札前で待っていた。



時刻を知らせていなかったのに、ルア君は待っていてくれた。暇そうにして柱に寄りかかってスマホを見ている。もしかして、始発の時間から……。そう考えたら胸が苦しくなった。



「水臭いよ。転校するっていうのになんで時間教えてくれないの?」

「だって……」

「おかげで6時間近く待ったんだから。ったく。ハル、絶対に帰ってこいよ?」

「……うん」

「あれから食べに行けなかったじゃん。ほんとうは昨日誘おうと思ったんだけど、蒼空がしつこくて」

「……そうなんだ」

「だからさ。いつか帰ってきたら絶対に教えてくれよな」

「……うん」



ルア君と離れたくない。このまま離れ離れになって疎遠になるのはイヤだ。どんなに惨めでも、目をつむりたくなるような嫌がらせにあっても、ルア君がいるときはなにもされなかったし、ほかの誰も目に入らなかった。ルア君だけがこの世界にいればいいって思っていた。



いつか世界が滅びて、わたしとルア君だけの世界になってしまえ、って本気で思っていた。それくらいにルア君しか見えていなかったんだ。きっと、ルア君はわたしの気持ちになんて気づいていないよね。



「ハル、元気でな。なにかあったら連絡くれよ。絶対にかけつけるから」

「……うん。ルア君ありがど。わだぢ……ルア君のことわずれないがら」

「泣くなって。ハル、また……食べに行こうな」

「うん……ルア君、ありがとう」



改札を抜けて階段を下って見えなくなるまでルア君は手を振ってくれた。わたしは何度も振り返り、ルア君を見るたびに胸が締め付けられる。

次はいつ会えるか、なんて考えるだけで涙が止まらなかった。



あんまり充実した学校生活じゃなかったし、辛かったけど。

それでもこの数ヶ月は君を好きになれて幸せだった。

周りなんて見ている余裕なかったよ。君のことを目で追うのに忙しくて。

君と話しているのが楽しくて。君と……話をしていたくて。



こんな風に離れ離れになっちゃうってことは、きっと運命で結ばれる存在じゃないからだよね。

でも、今はそれでいい。蒼空ちゃんと二人仲良く付き合ってくれても構わない。



でも、わたしは奪いに行く。



努力して、努力して、努力して、努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して、血のにじむような努力をして、高みを望む。




そして、絶対に誰も手の届かないような存在……そうね高嶺の花のような存在になって……。




ルア君と運命でつながっているのはわたしだって、蒼空ちゃんを見返してやる。絶対に。




ルア君とは会わないし、連絡も取らない。だって、辛くなるのはわたしだから。きっといつか誰もが驚くような存在となって、いつかひょっこりルア君の前に現れて、久しぶりって何気ない言葉で再会する日を夢見て。



さようなら。



大好きだよ、ルア君。







蒼空ちゃんが知らない男の人の車に乗って走り去るのを見送った。

あまりの出来事に呆気にとられて、口が塞がらなかった。あの様子からすると家族や知人ではない。だって、運転席を開けてもらって蒼空ちゃんは車に乗り込んで、さらに男の人は馴れ馴れしい感じだったし、車に乗ってからも男の人は蒼空ちゃんの耳元でなにかを囁いていた。あれは家族になんて絶対にしないもん。




これは間違いなく浮気だ。




「浮気している人に……いったいなにが分かるの。わたしのなにが分かるの。わたしがどんな気持ちで努力をしてアイドルになって……」



ルア君に振り向いてほしくて。蒼空ちゃんを見返すためにアイドルになって。

ルア君と付き合いながら、他の男の人の車に乗るような人にわたしは絶対に負けない。



ルア君だけのためにここまで努力できたと言っても過言じゃない。





ルア君は絶対に渡さない。






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