#24B 魂に刻まれる愛の記憶



さすがにこんな夜に神社を訪れるわけにもいかないから、明日にでも行ってみようということになって、僕はテレビでビューチューブ(ダンス系の)をぼーっと眺めていた。ハルの買い物に付き合ったら疲れちゃったよ。



ハルは今日買ったものを確認しては、部屋の隅に置いた衣装ケースにしまっている。Tシャツを並べてニヤニヤと笑っているし。恋人ごっこだっけ……。僕と恋人ごっこがしたいって言っていたけど、その真意がなんだか僕にはさっぱりわからない。やっぱり誰からも見られていない孤独がそうさせているのか。やばいな、ハルは重症だ。



「ハル……僕さ……思ったんだけど」

「なぁに?」

「ハルがそんなに寂しいなら……恋人——」

「恋人になってくれるのっ!? ほんとっ!? じゃあ、じゃあさ、ええっとこれからは一緒に寝て、そのぉ……て、て、手を繋いで寝ても大丈夫ってことだよねっ!? それから、恋人は……えっとなにするんだっけ……?」

「……いや、僕もあんまり経験ないからそう言われても……」

「ルア君が本当に彼氏だったら……ぐへへ」

「……ついにおかしくなったか。って、いや、そうじゃなくて……恋人ごっこに付き合ってあげても……って言おうと……」

「え……なんだ……うぐぅ‥…うぅ……期待させて……もうっ! ルア君のばかぁ!! もう知らないんだからっ!」



なぜか僕を罵って、そっぽを向いてしばらく僕に背中を向けていたけど(なんか沈んでいたような気がしたが?)、ハルは気を取り直して「ねえ、やっぱりこれ着けるから恋人ごっこ続行ね」と立ち直りも早かった。



「それは……別に着ける宣言しなくても……」

「だって、わたしに着せたかったんでしょ? せっかく買ったし、お風呂入ったら着けるから……優しくしてね……ご主人さま……」

「だから、そのくだりはもういいって」



えへへと笑って、ハルはスウェット上下(寝間着を買い忘れて結局僕の使うっていうね)を持って浴室に向かった。今日は頼むから一人で入ってくれ、と思いつつ僕はベッドに横になった。



女の子との慣れない買い物で気を使いすぎて疲れたというのもあって、睡魔が襲ってきたのだ。風呂に入って寝たいけれど、それも難しいくらいに意識が遠のいていく。







「ねえ、春亜くん、明日は結婚記念日だよ」

「あれ、そうだっけ?」

「うん。もぉ〜〜忘れちゃったの?」



はじめての結婚記念日は家で過ごそうと二人で話していた。ゲームでもしながらまったり過ごしたい、という陽音の気持ちは分からなくもない。今まで色々あったから。平和な日常に感謝しつつ、結婚記念日はケーキを買ってきて乾杯をして。

それで映画でも観て、感動して泣く陽音の顔を眺めながら愛おしく思って。そんな特別な日も悪くないと思っていた。



あと30分でその日を迎える。でも0時には必ず入眠するし、結婚記念日だからといって特別はない。睡眠は大事だ。



陽音は数え切れないくらいとても怖い思いをしたこともあって、一人で眠ることができない困ったちゃんなのだ。けれど、実はそれだけが理由じゃなくて、人一倍甘えたい願望が強いのも知っている。だからなのか、陽音は必ず布団の中で手を泳がせて僕の手を探してくる。僕もそれには応じている。繋いだ指先を絡めて、陽音は微笑んだ。



「春亜くん。懐かしいね。結婚する前……っていうか付き合う前は、一緒に寝るのも四苦八苦だったからさぁ」

「それはそうじゃん。陽音はアイドルだったし、恐れ多くて」

「あのすっけすけの下着のときの春亜くんは今思い出しても傑作だよね」

「それは言うなって」



寒い夜だからか、陽音の体温がいつもよりも気持ちよくて僕は華奢な彼女の身体を引き寄せた。いつものように頭を撫でてあげると「春亜くんだいすきっ」と子どものような、屈託のない笑顔で僕の首と枕の隙間に手を入れてから抱きついてくる。



「ねえ、春亜くん、こっち見て」

「え? なに?」



陽音が僕にキスをした。甘く、とろけるように甘く、それでいて熱い口づけだった。



陽音を抱いて、でて、熱情が魂の深いところで交わって。やっぱり陽音が好きだと、大切な人なのだと心の奥に今夜も刻まれる。

陽音の背中を包み込むように抱きしめながら再び手を繋ぐと、陽音はわずかに声を漏らした。



「春亜くん」

「陽音……本当にもう……大丈夫なんだよね?」

「……うん。でも……あのね」

「うん」

「わたし……やっぱり行ってくるね」」

「……行くな」

「ううん。辻褄合わせなくちゃ。蒼空ちゃんも……このままにしておくわけにはいかないって言っていたのは……春亜くんだよ。大丈夫。全部終えたら……また春亜くんの元に帰ってくるから。すぐだよ」

「でも……それは、陽音にとって」

「永遠かもしれないけれど……大丈夫。だって、いつだって春亜くんがついていてくれたじゃない? 記憶はなくなっちゃうかもしれないけど……きっと大丈夫。だから」



——絶対に待っていてね。







「行くなッ!! 陽音ッッッ!!!」

「びっくりしたぁっ!?」



目を見開くと、ハルが僕の顔を覗き込んでいた。なんだ、今のは夢か……? リアルすぎて動悸がまだ収まらない。



ん、なんか手に柔らかい感触が……? むにゅ、むにゅむにゅってしたけど、これは?

その正体を探るべく、少しだけ視線を下げると僕の手がなぜかハルの心臓のあたりを押さえている。いや、心臓の前になにか柔らかいものが……。はて、これは?



「なにこれ……なんで、ってええええええええええ」

「え……ルア君……なにしてるの……」

「いや、え、なに? これどういう状況? 確か夢を見ていて、それでハルと僕がなぜか……」



夫婦だったような気がする。それもラブラブを絵に描いたような新婚さんで……僕はハルと……。だからって、夢と現実の区別もつかないままハルの胸を……。



胸をどうした?



触った……?



ああああああああああッ!?




「これは……もう本当に。本当に咄嗟に……はぁ。ごめん。謝っても許してもらえないよな。僕は最低だ」



しかし、なぜか空いていると思っていた僕の左手は、しっかりとハルの指と僕の指ががっちりホールドしている。ってこれは恋人つなぎってやつじゃないのか?

えっと……どういう状況?




「で? スケスケ下着の感触どう?」

「は? いや、その発想は……なんかおかしくない? これは僕が完全に悪い……と思う」

「なにが? ハルネはルアさまの下僕ですよ? ルアさまが着けろっていうから仕方なく着けたのですよっ!? その感触を確かめたくなったのですよね? あぁ、今夜は眠れそうにありません。とほほ」

「なにが、とほほ、だ」

「そういう割にはずっと胸をお触りになっていらっしゃるようで」

「あああああああああああもうッ!!」



このままだと頭が変になる。ハルに無意識とはいえ痴漢してしまったのに、なぜ咎められないの……。良心の呵責が……。



「赤くなってる。ルア君も男の子だね。いやぁ、君を見ていると本当に楽しいよ。どんな夢を見ていたのかな? ねぇねぇ、わたしとえっちぃことする夢とか?」

「見てない」

「見てた」

「見てない」

「見てた。顔を見れば分かるよ。ほら、お姉さんに話したまえ」

「違うって。本当に。ああ、もうッ! 風呂入ってくる」

「一緒に入って背中流してあげましょうか? ご・しゅ・じ・ん様♡」

「だから、さ、触ったことは謝るって。だけど、変な夢は見てないッ!!」



クラクラする頭を抱えながら風呂に入って、夢の中の出来事を思い出した。僕は、ハルのことを意識しすぎているのかもしれない。だからあんな夢を見たんだ。ハルには嘘をついたけど、間違いなくハルを……僕は……。



僕はハルのことをどう思っている?



もしかしたらハルのことを……いや、考えるのはよそう。辛くなるだけだ。きっといつかは元のハルに戻って、きっと僕のところから離れていってしまう。なら、深追いしないのが身のためだ。



風呂を上がるとハルはベッドの上でスヤスヤ寝ていて、今日こそは一人で寝ようとタオルケットを一枚クローゼットから取り出してソファに横になる。またあんな夢を見たらたまったもんじゃないから。そろそろ学習しないと。



ふと、カーテンに滲む日差しがまぶしくて目を覚ますと、なぜか身体が熱いし身動きが取れない。タオルケットをめくると……。



「なんでベッドで寝ないんだよ……いつの間にこんなところに」

「すぅすぅ」



なんでわざわざ狭いソファに来るんだよ。そういえば寂しくて一人で眠れないとか言っていたよな。あれ、それは夢の中の話だっけ。どっちにしてもハルが寂しがり屋なのは変わらないし、現在進行系で怖い目に遭っているハルからすれば……仕方ないか。



でも……本当に可愛いよな……。

その可愛さがさ……再会したばっかりの春まつりのときとは……種類が違う。

今はアイドルを見たときの可愛さじゃなくて、愛おしさっていうのか。

ああああまずいまずい。



ハルは僕の彼女でもなんでもないのに。こうやって懐いてくれるのは寂しいからで、勘違いするんじゃないぞ……春亜。間違っても、好きになんてなるな。





水難の相が出ているなんて言われたら気になるじゃない。まさか如月凜夏を訪れることになるなんて。あぁ、本当に最悪だ。

拝殿に招かれて、巫女姿の如月凜夏は目の前に正座をした。そもそも如月凜夏は神社の娘で、奉納するための舞いがダンスの根底だと言っているほど、一つ一つの動きが優雅だ。こんなに、恐ろしいほどにからくり人形のような(ロボットダンスそのもの)舞いを見せる巫女さんをあたしは知らない。



さすがポップダンスの講師をしているだけはあるわね……。



祈祷を終えた神職(如月凜夏のお父さん)がお辞儀をして退出していく。祈願を終えた人たちが次々と御札やお酒の入った紙袋を受け取っていた。如月凜夏は神々しく、凛とした顔つきで巫女を演じていた。



「おまたせしちゃったわね。それで蒼空ちゃん今日はどうしたの?」

「すみません。おしかけてしまって。実は、如月先生のおっしゃった、水難がどうしてもきになってしまって」

「あぁ。ごめんなさい。私が余計なこと言ってしまったから。気になるよね」

「詳しく教えていただけませんか?」



水難には心当たりがある。あたしは何度か海に落ち荒波に揉まれて死んだことがある。いや、実際には死んでいるのかどうかなんて分からくて。ただ気づけば溺れていて、まばたきを何回かするうちに場面が切り替わって、記憶を失い新たな人生を歩んでいた。



でも、今現在……なぜ記憶があるのは……なぜか分からない。普通は消えてしまう記憶が残ったのは不可思議としか言いようがない。今回はキレイに生きようと決めていた。そうすれば春亜があたしの元から離れない気がしたからだ。でも、結果は同じか、いつもよりも酷い。半年も満たないうちにフラレてしまったのだから、本当に救いようがない。



すべては陽音が悪い。あいつさえいなければ。



「水難の相……は、確かに出ているけど、あまり気にしなくていいんじゃないかしら?」

「でも、如月先生は、たしかにあのとき気をつけなさいって言ったじゃないですか」

「世界は常に枝分かれしていて、人はみな自分の選択一つで未来を変える能力を持っているのよ。よくある話だけどね。蒼空ちゃんは……なんとなく」



「ごめんください。すみません、こちらに行けと言われたので」



話の途中で聞き覚えのある声が響いてきた。



「あら、お客さんみたいね」



声の主は春亜だ。間違いない。でもなんで?

なんの用事で来たのだろう?



「この鏡、見てもらえますか?」

「は? 春亜くん?……っていったいなんでこれを?」

「え……如月先生?」




「この鏡は……昨年、こつ然と消えた国宝なんだけど?」




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