#04 生まれ変わったら生殺しの刑


結局最後までハルこと夢咲陽音と桜まつりを見て回って、思い返せば思ったよりも楽しい時間を過ごしていたことに気づく。桜まつりは、桜のライトアップをする19時近くまで行われており、ピンクと紫の中間の色の光に照らされた桜の前でハルと二人自撮りをして帰宅することになった。




「あ〜お腹すいたぁ。ルアく〜〜〜ん♡」

「ええっと、なんでそんな甘ったるい声出したの……?」

「ご飯食べたいの」

「僕を夕飯製造機かなにかと思っていて、簡単に出してもらえるとか思ってるわけ?」



基本的に外食はできない、とハル本人がさっき言っていた(祭りではあんなに食べていたのにどういうこと?)。食べるときはマスクを外さないといけないし、少しでも身バレしてしまうのをとても警戒しているようだけど、確かに夢咲陽音クラスのアイドルならば当然だとは思う。けどさ。



「どうしろっていうの……あわよくば、うまいこと調達しろとかって思っていない?」

「やだなぁルア君は〜〜〜。そんなこと思っていないよぉ〜。まさかタカるつもりなんてないってば。そうじゃなくて家に来て夕飯でも食べてほしいんだけど、引っ越してきたばかりで食材がなんにもないの……とほほ」

「とほほ、じゃないよ。回りくどく夕飯なんとかしろって言ってるじゃん」

「だって食材もどこで買えばいいか分かんないし」

「詰んだか。東京帰ったほうがいいんじゃない?」

「ヤダ」

「駄々っ子かよ。じゃあ、イオンの場所教えるから何か買ってけば?」

「……あのさ。暗い夜道じゃん?」

「ああ、分かった、分かった。送ってく」

「いやん。言わなくても分かるなんて。さっすがルア君」



そもそも、はじめに家に誘ってきたのはハルじゃないか。それを夕飯がないからなんとかしろとか、送って行けとか。

……でもまあ、顔を隠しているとはいえ中身は夢咲陽音その人だし、服の上からでもスタイルが良いことが分かる。変質者と遭遇することはないにしても、ナンパされそうな感じではある。身の危険を感じることも結構あるんじゃないかな。



でも、なんでそんなに家に来てほしいんだろう?

意図的なような気がしてならない。僕を家に引きずり込んで身ぐるみ剥がす気かっ!?

だからといってこのまま放置して帰ったところで、ハルが実際に犯罪に巻き込まれても後味が悪いし。まぁ、仕方ないか。今日一日楽しかったし、ハルのおかげで蒼空を忘れることができたのも確かだ。



「まぁ、仕方ないよなぁ。今日の夕飯は途中のコンビニの弁当にでもして、明日はちゃんと買い物に行って食材買ってきなよ?」

「えっ! 明日買い物付き合ってくれるのっ!? やったぁ」



なんとなくハルの性格が分かってきた気がする。僕に甘えすぎじゃないか。ったく、どこまで人を巻き込むつもりなんだ。ハルはアイドルのような高飛車(偏見すぎ)がまったくなく、すごく話しやすいのはいいけど、距離感が近すぎてむしろ困る。



駅から南下すると川が流れていて、橋を渡るとすぐに住宅地となっている。高花市もずいぶんとマンションが建っていたはずだったけど、それは2028年の話で現在は建築中の物件が多い。お店もたくさんできて割と都会化しているけどまだまだ田舎だ。



「ところで家はどこ?」

「うーん。どこだっけかなぁ」

「ハルってさ、出身はここらへんじゃなかった?」

「中学の時とは町並みも違うよ。こんなにいっぱい家なかったし、もっと田舎だったと思う」

「たった4年だけど?」

「……あはは。記憶喪失みたい」

「記憶喪失ってどこかのラブコメのヒロインかよ。それこそ草生えるわ」

「まあ、いいじゃん。ちょっと寒いけど夜の散歩だと思って付き合ってよ」



ハルと過ごした小中の学校生活を話しながら歩いた。小学校のときはよくハルに消しゴム借りていたな、とか、給食では嫌いなピーマンよく代わりに食べてやったな、とか。中学校の時は隣の席になったハルと他愛もない会話をしたよな、とか。どれも色鮮やかな思い出とは程遠い、日常のどうでもいい記憶だった。ハルと会話をしている中で徐々にそんなことを思い出していると、ふと気づく。



ハルはいつも割と近くにいたことを。



ただし、今のように明るい性格ではなく、口数も少なかったハルを僕はあまり認知していなかったと思う。言ってみればどこにでもいるモブと暇つぶしのために話をしていたような感覚だ。

それでも友達のうちの一人として見ていたけど、ハルの悩み(家庭環境について)までは見抜けなかった。悪いことをしたな。



「そういえば、さっき蒼空になんて言ったの?」

「内緒」

「スクールカースト底辺とか言っていたけど、そんなのあった?」

「ルア君の前ではみんな蒼空ちゃんの手前、良い顔してたと思うよ? それにルア君だけだよ? あの頃のわたしになんの偏見もなく話しかけてくれたのって」



みんな仲が良いクラスだとずっと思っていたから意外だった。蒼空は、確かにコミュ力があって人を使うがうまかったな。先生なんか特にえこひいきしていたくらいだし。



「ごめん。そういうの全然わかんなかった」

「いいのいいの。あの頃の経験があったからこそ、今のわたしがいるんだから」

「ポジティブだなぁ。僕ももう少しメンタル強くならなくちゃなぁ……」

「お! お姉さんが聞いてあげよっか? ルア君のこと、これでも心配してるんだぞ?」

「間に合っています。ところで本当に家どこなの?」



ハルは立ち止まりスマホを取り出してピンチズームをしながら唸っている。もしかして本当に迷ったのか。それは困る。



「セキュリティが高くて、最近できたばかりの賃貸なんだけど。えっと10階建ての……高花市で一番古いドラッグストアの向かい側」

「それ北口の目の前のマンションじゃないの……」

「あ……そうだ。北口から徒歩3分って書いてあった」

「あのさ……ここ南口から南下して15分だぞ。もっと早く気づこうよ」

「てへ」

「あざとい仕草で誤魔化さない」

「ごめんよぉ〜〜〜」



きびすを返して元の来た道を戻る僕に小走りで追いついたハルは、「じゃあ、夕飯おごるからさ」と僕の顔を覗き込んだ。サングラスを少しずらしてウィンクをする。どこからどう見てもアニメのヒロインみたいで、なんだかなーって思う。

わざとやっているのか、それともそれが素なのか分からないけど、まあ可愛いからヨシとするか。





なんで鈴木陽音……夢咲陽音ゆめさきはるねがルアとイチャイチャしてるのよ。本当に許せない。あの女、少しくらいキレイになったからって生意気言って。ルアが、鏡見春亜かがみはるあがあたしの告白を断ったのも、あの女に吹き込まれたからに違いない。

鏡見春亜のとなりにふさわしいのは、あたしだけのはずなのに。



「おいおいおいおい、ちょっと、どうしたんだよ。キレが悪いしダッサイぞ」

「すみません」



一週間後の大会の予選に向けて、葛根冬梨先生が個人レッスンを引き受けてくれた。葛根先生は昨年はじめて開催されたJPOBD(ジャパンオブベストダンス)で優勝を勝ち取ったプロのダンサー。JPOBDが開催される前からスパーブで講師をしていて、あたしは中学生の頃から憧れていた……けど。割と……クズっぽいというか。ダンス講師のときはいいんだけどさぁ。



「もっと表情を作ったほうがいいね。笑顔と目で観客を殺すところのギャップで魅せるんだ」

「表情……先生……あたし、今日は無理かもしれません」

「ん……なにかあった?」

「いえ……ただ」



あたしのことをおもんぱかった葛根先生は、早々に個人レッスンを切り上げた。家の方向が同じ葛根先生と歩いていると、目の前にキャッキャとはしゃぐあの忌々しい女がルアと話をしている。こちらには気づいていないようだった。どう見てもルアは嫌がっているように見えるんだけど?



「鏡見春亜か……一昨日辞めたけど、もしかして蒼空となにかあったのか?」

「……あたしとは関係ないと思います」

「ということは、俺との関係がバレたとかいうわけではないんだよね?」




バレたかもしれない。気になるのはあの女——夢咲陽音がわたしの耳元で、小声で放ったセリフ。



『わたしは見返すためにアイドルになった。浮気をしているあなたになにがわかるの?』



あたしは誰とも付き合っていないし、彼氏がいたとしても今まで浮気をしたことがない。けれど、葛根冬梨という人には別居をしているとはいえ妻がいる。それを知っている上での関係を持ったあたしに対する言葉としては、違和感しかないのだ。



『あなたは不倫をした』または『寝取った』と言われればなんとなくピンときたけれど、『浮気をしている』という言葉のチョイスは、葛根冬梨に掛ける言葉としては的確だとしても、あたしに対する言葉としてはなんだかおかしい気がする。いや、もしかしてフリーのあたしが既婚者と関係を持ったことも『浮気』という言葉にくくられるの?

そんなの調べたことがないから分からない。

あの女——夢咲陽音の認識がいまいち不明だ。



なにはともあれ鏡見春亜に近づくな、という脅迫じみた一言だったのは確かだ。だって、葛根の妻にバラされでもしたら、夫への愛情などないにしても葛根冬梨とあたしに対する攻撃材料になりかねないもの。



それに『わたしがアイドルとなるために努力をしていた間、あなたは不倫に興じて遊んでいたのだからわたしに負けて当然よね?』とも取れる言葉で、すごく挑発的だ。



そして、それをルアが知っているとなると、付き合いたいというあたしの希望は絶望的となった。不倫をするような女と付き合うような人じゃないことくらい、幼馴染のあたしがよく知っている。



でも、どうして夢咲陽音がそんなことを知っているの?

まさかルアに近づくために、わざわざあたしの周りを探偵でも使って調査したというの?

怖い。ストーカーそのものじゃない……。



「今日も話聞いてあげるから」

「……それは一回限りって言ったじゃないですか」

「お小遣いもあげるよ?」

「でも……今はそんな気分じゃないし」



葛根先生はあたしの肩に手を回して、身体を寄せてきた。鏡見春亜とは違う匂いのする葛根冬梨は、あたしのことを褒めながら甘く囁く。ルアのことがどうしても頭から離れないし、これからどこかであの夢咲陽音と肉体関係を持つのだろうと思うと、むしろ二人に復讐したい気持ちに駆られた。



そうだ、NTR

あの二人がこれからどうなるかなんて、想像するに容易い。



絶対復讐してやる。



もし、映画のようにもう一度人生をやり直すことができるとすれば……。



そうね、夢咲陽音は……昔のように『奴隷』って呼んで、アイドルになる前……いや、アイドルになってから炎上させて追い込んでやる。小中とあえて仲良くして信用させて最後に裏切るの。ネットに情報を流して、ストーカーに怯える毎日を暮せばいいわ。されたことは倍にして返してやるから。



。付き合った上であたしに触れさせないの。その上。なんて妄想でもしないとやっていけない。これは……末期症状だわ。そんな非現実的なことよりも、今できる復讐を考えなくちゃ。



「蒼空、今日もいいよな?」

「……やさしくしてくださいね?」

「いい子だ」



もうどうなってもいいと思った。ルアと付き合うことができないのなら、もうどうでもいい。



葛根先生とホテルに入って……あたしはシャワーを浴びながら泣いた。




雲の上の存在のようなアイドルに不倫を脅されて、大好きだった幼馴染はNTRされて、憧れてはいるけど好きでもない男に抱かれて。

こんな惨めな女が他にいるなら見てみたいわ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る