#02 アイドルは突然。再会は運命?



死んだ僕は大学生に戻っていて、一度経験した記憶のとおりに自分の歴史が進んでいくことがわかった。つまり未来の記憶がある状態で人生二週目——A世界線(アフター世界線)のレールの上を歩いているようだ。僕は高校卒業後、地元の大学に進学をしていて(一人暮らしなのは家庭の事情)、早月蒼空と同じ学科に入って勉学に、ダンスに励んでいたはずで、けれど早月蒼空さつきそらと付き合う事実がなかったことになってしまった変更点が、これから先の未来にどう影響していくのか?



うーん、未知数だ。



そして早月蒼空の告白を断って5日が過ぎた。



今日、4月8日は地元の公園で桜まつりが行われている。死に戻りをする前の僕は、ダンススクール『スタジオスパーブ』に小学校に入学する前から通っていて、それは社会人になってからも続けていた。



しかし、先日あっけなく辞めてきた。葛根くずね先生と早月蒼空の未来を知っていて、それが深く僕の記憶に刻み込まれている以上、辞める以外の選択肢なんてなかったのだ。早月蒼空は自分の告白のせいで僕がスパーブを辞めてしまったと思いこんでいるようだったけれど、あえて説明はしなかった。



って、死に戻りをしてきたなんて言ったら頭がおかしいと思われるだけじゃん。

しかも未来で蒼空が葛根先生と浮気していました、なんて言っても僕に告白を断られて揺らいでいる(はず)の蒼空の心情では話がややこしくなるだけだと判断したからだ。

寝ずに考えた結果がそれで、もしかしたら考えすぎなのかもしれない。

いや、そんなことはない。これでよかったんだ。




新しく入りたいダンススクールやチームを探しているけれど、これがなかなか見つからない。今日はスパーブの小学生の子たちの応援(遠目に心の中でね)を兼ねて、出演するチームでどこか目ぼしいところがないか探りに来たのだが。



はぁ。どこをどう歩いてもB世界線(ビフォー世界線)で蒼空と付き合っていた頃の思い出が、頭の中でグルグルしていて感傷的になってしまう。

あそこの出店でやけに伸びるチーズを揚げた謎の食べ物(名前忘れた)を買って写真を撮ったな、とか。



僕ってこんなにも引きずるタイプだったんだな。とはいっても客観的に見て、実際は2023年から2028年までの5年間、蒼空と僕はずっと一緒だったんだから仕方ないのかな。早く断ち切りたいのにさ。



公園は桜の木が乱立していて、陽光を浴びた花弁が透けて地面の影をゆらゆらと撫でている。ステージはまだ次の演者の準備中のようだ。お客さんは各々出店を回ったり、談笑をしたりして楽しんでいる。僕は公園の隅でスマホを弄って時間を潰していた。

会いたくないのは早月蒼空ただ一人。だからなるべく見つからないように隅で潜んでいる。

見つかりたくないなら来なきゃいいじゃん、って自分でも思ったけど、やっぱりダンスを観るのも好きなんだ。だからやっぱり遠目で観よう……。



「あっ! 鏡見春亜かがみはるあ君……ルア君だよね?」



顔を上げると、キャップを深く被りマスクとサングラスをしている、とてつもなく怪しい子が僕に話しかけてきた。ルア君というのは僕の小学校以来のあだ名で、それを知っているということは知り合い?



「誰だっけ?」

「えぇ? 忘れちゃったの? ってアレか。こんな風貌じゃわかんないよね」



サングラスとマスクを外し、キャップを脱ぐと絹のようなブラウンの髪がはらりと肩をすべり落ちた。

ええと……。どこかで見覚えがある。

しかし僕の狭い交友関係の中をいくら探しても、こんな美人に心当たりはない。いくら蒼空が美人とはいえ目の前の女の子はレベチで、肌のきめ細かさや顔のつくり、可愛らしい声を総合的に見てもそこらにいるような子ではないことはあきらか。



「本当に分からないの?」

「いや、分かった。分かった。あれか、夢オチ。これは夢だ。夢の中に出てきた正体不明の女の子だ」



死に戻りが存在するなら、夢の中の女の子が出てきてもおかしくはないはず。もう自分でもなにがなんだか分からなくて、混乱の極みを具現化したようなセリフを吐いてしまって、わけが分からず逃げ出したかった。



「よくわからないけど、夢咲陽音ゆめさきはるねね? ユメマホロバの真ん中っていったほうがピンと来るかも?」



あああああああああああッ!



ユメマホロバの真ん中の子だッ! 



『ユメマホロバは2022年にデビューをしてからというもの衰えを知らず、常に日本のトップアイドルとして君臨しつづけている神。

か・み・さ・ま!

とにかく人気絶頂。その真ん中といえば夢咲なんとかさんで、可愛すぎるアイドルとしてビューチューブをはじめとしたメディアで見ない日はない……』



ってなにかに書いてあった。ネットかな。神さまって言われているけど、まあ、実物を見たら納得。



そんなことよりもっ!!



「待て。待って。なんで僕のことを知っているのか聞いていい?」

「本当に覚えていないんだね。旧姓鈴木陽音。中学校のときまで一緒のクラスだったけど?」

「ああ、鈴木陽音ね……え。今、鈴木陽音って言った?」

「言ったさ。本当に覚えていないの? わたし、両親が離婚して母方の実家に引っ越しちゃったんだけど、転校する日にルア君見送ってくれたじゃないかっ!」



待って。本当に待って。鈴木陽音——という子はもっとおかっぱの黒髪で日本人形くらい長くて、前髪がメガネに掛かっていて、それからあんまり喋らなくて……。

とにかくそんなに輝いていなかったし、どちらかといえば影が薄かった方だと記憶している。でも、なかなか良い奴で隣の席のときには色々とお世話になったような……。



って、マジか。



「鈴木陽音……ハルが……夢咲陽音……? そんなことってあるっ!?」

「いやぁ、むしろ気づいていて、当然ながら応援してくれているものだと思っていたのだがねぇ。君って人は鈍感だなぁ。つくづくがっかりだよ」

「ファッ!?」



鈍感とかそういうレベルじゃなくて、あの鈴木陽音がアイドルのトップランカーである夢咲陽音と同一人物なんてありえない。B世界線でもまったく気づかなかったし、そもそも鈴木陽音とは小学校から中学校まで一緒だったけど、まさかあの子がアイドルになるなんて誰が想像できたろうか!

いや、できないっ!!

でも、なんか引っかかる。夢咲陽音は2028年でどうなっていただろうか。なにかあった気がするんだけど、アイドルに疎い僕にはどうしてもその記憶が浅い。なにか夢咲陽音というワードに引っかかるな。



くそ……思い出せない。

それにしても、目の前にアイドルってどんな状況だよ。



「ハル……が……夢咲陽音……絶対に夢だ」

「帰ってきた初日になにかやってるなーって懐かしんでいたらさぁ、まさかルア君に会えるなんて夢みたいだよ。ルア君は元気してたかい?」

「元気……」



んなわけないんだよな。死に戻りをして5日目だし、蒼空との関係に終止符を打ったばかりで精神的ダメージは計り知れないし。そもそもNTRされた心の傷は一生残りそうだし。



「あらら。元気なさそうだね。あ、そうだ。ルア君一人? 今日は蒼空ちゃんとは一緒じゃないの?」

「あ、あぁ。うん。一人だよ」

「一応聞いておくけど、まさか……よね?」

「うん……え?」



なんでそんなに追い打ちをかけてくるの。もう痛すぎて痛すぎて泣きたい衝動に駆られて死ぬよ? 確かに小学生の頃はともかく、蒼空とは中学生でケンカばかりしていたけど、実際には僕たちの仲が良いことをハルも知っていたと思うし、僕と蒼空はいつも一緒だったからこそ、ハルは何気なく訊いてきたんだろうな。



「じゃあ、今日はわたしと回ろ?」

「は……? なんで?」

「なんでって……帰ってきたのはいいけど、友達いないし。ぼっちは寂しいんだぜ? ルア君。人助けだと思ってさ、ね?」

「そもそもなんで帰ってきたの? アイドル活動は?」

「うーん。表向きは体調不良による活動セーブ」

「実際のところは?」

「……内緒」



夢咲陽音、改めハル(あだ名)は一瞬不安な面持ちで、しきりに周囲をキョロキョロ見回してから再び僕の方を向いて頬を綻ばした。



それにしても可愛いぞ……可愛すぎるぞ……あああああ、なんなんだッ!



僕は騙されているのかッ!?



「ルア君と再会できるなんて嬉しいよ。君、わたしと運命の糸で繋がっているんじゃないかっ?」

「は……?」



そんな冗談を言いながらハルは、「えへへ」と笑って僕を少し見上げた。



「ルア君はちっとも変わらないな。会えて本当に嬉しいなぁ」

「そ、そう?」




売れっ子のアイドルがなんでこんなところをほっつき歩いているんだろう……。






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【重要】 レイティング追加しました。詳しくは12月27日の近況ノートをお読みください。

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