幼なじみの彼女のNTRの果て、死に戻って再度告白されるがもう遅い。2回目の人生はアイドルと幸せに暮らします?【臨界点のゲシュタルト】

月平遥灯

#00 浮気というトリガーは引かれた。もう遅い




なんで、先生と蒼空がホテルの中に……?




僕と結婚を約束していた最愛の恋人の早月蒼空さつきそらは、僕の恩師である葛根冬梨くずねとうりに肩を抱かれながら通りを挟んだ向こうのホテルの中に消えていった。耳が隠れるくらいのショートの髪にダンサーらしい引き締まったウェストと細い足。それに僕が蒼空の誕生日に送った、彼女のお気に入りのバッグを僕が見間違うはずない。


昨日のJPOBD(ジャパンオブベストダンス)で優勝したら結婚しようと約束していたのに。僕が準優勝の結果しか出せなかったからって、こんな仕打ちはないと思う。



悔しさをバネにして、来年に向けてスタジオで自主練をするはずだったけれど、身体が震えて踊れないし視界は滲んでぼやけている。今頃、蒼空は葛根先生に抱かれているのだろうか。なにをして、どんな顔をして、どんな声を上げているのだろう。

想像するだけで腹の底から嗚咽おえつが漏れ出てくる。



僕は蒼空とキスをしたこともなかった。だから当然、そういう行為をしたことなんてなかったし、貞操を守ってきた蒼空がなぜ葛根先生とホテルになんて行ってしまったのだろうと謎すぎて混乱の極みが止まらない。



『結婚するまで大切にしたいの』



あの言葉は嘘だったんだ。そう思うと余計と涙が出てくる。僕のことを、僕との関係を大切に思うからこその考え方なんだと納得はしていたけど。

それに僕にとって蒼空がすべてだった。幼馴染の蒼空はいつも笑顔で僕のとなりにいてくれた。

彼女の笑顔があったからこそこれまでがんばってこられた。

いつも僕を抱きしめながら優しく励ましてくれた。




悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……。




葛根先生と蒼空はいつからそんな関係だったんだろう。僕の知らないところで逢瀬を繰り返していたのかと思うと吐き気まで催してくる。僕がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかった?

きっとうそうだ。僕がちゃんとしていないからこんなことになったんだ。



今ごろ蒼空と葛根先生は裸で抱き合っているのだろうか。

幼馴染を寝取られて自主練に際してウォームアップもままならず、なにもする気が起きない。夢遊病のようにフラフラとスタジオを後にして裏通りを歩く。道中どこを曲がってどんな道を歩いてきたのか分からなかったけれど、見慣れた町の景色とは違った、見覚えのない世界が目の前に広がっていた。道に迷ったかな。



古めかしい通りの両サイドには豆腐屋や駄菓子屋はあるけれど人は一人もいない。でもそんなことはどうでもよかった。きっとこの町にもまだ僕の知らない裏通りがあって、知らないうちたどり着いてしまったのだろう。このままどこかに消えてしまいたいと思うほど、僕は憔悴しきっていた。



「少し休むか……」



神社かなにかの前の階段にうずくまってしばらくの間泣いた。蒼空との思い出が蘇ってくる。蒼空に誘われてダンスを始めたのが年長のとき。小学校に入っても一緒にダンスに励み、中学校では思春期だったこともあってケンカもしたけれど、高校になって再び仲良くなった。同じ大学に進学し、18歳の春に蒼空から告白されて付き合い始めた。



幼馴染と恋人関係になるなんてラブコメの中だけだと思っていたけれど、まさか現実になるなんて、とはじめは舞い上がっていた。大学の在学中の4年間を交際し、社会人一年目となった今は真剣に将来を考えるようになっていて、結婚したいと言ったら「JPOBDで優勝して?」と告げられたのが半年前。



必死に努力した。しかし、結果は準優勝。

それが不満だったのかもしれないと思うと、自分の無力さには脱力感しかない。

ディーゼルエンジンのうるさい音がこだまする。排気ガスの臭いなんてしばらく嗅いでいない気がしたけど、まさか排ガス規制の厳しいご時世に黒煙を上げながら走る車が絶滅していないなんてことある?



ふと顔を上げると大型トラックが蛇行運転をしていた。片輪が宙に浮いて今にも横転しそうな感じ。それどころか映画の中でも見たことのないような型のトラックで、昭和を代表すうようなデザイン……だと思う。多分。



「えっ!?」



そのまま僕の方に向かってくる。



待て。待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てッ!



待ってッ!!



立ち上がったときにはもうトラックは目と鼻の先まで距離を詰めていて、石垣に阻まれていてとてもじゃないけど右にも左にもかわすことなんてできない。漫画の主人公のように跳んで華麗に避けることなんてできず、階段を上がって難を逃れようとした際、つまずいて転んでしまったのが運の尽き。



気づけば轢かれていた、というよりも潰されていた。

ふいに電源コードを抜かれたデスクトップパソコンのように突然目の前が真っ暗になるように命の灯は消されてしまった。

痛みは不思議と感じなかった。



空を飛んでいる感じ。海を漂っている感じ。無音の真っ暗な空気に溶けていく感じ。




鏡見春亜かがみはるあ。享年23歳だった。



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