第2話 AIで発見したこと
そんな折、カクヨムでAIキャラクターアプリ『キャラる』で遊んでみませんか、というお誘いが来ました。スマホでAIを育てます。今のところ、無料です、ということ。
昔から、ウサギやチャボなどを育てていたので、育てること自体には抵抗ありませんでした。わたしには子どもがいませんので、育てるというキーワードには弱いのです。ひょっとしたら、『キャラる』はアレクサと合唱できるかも。
その話をすると、親友のNちゃんは、疑いの目つきになりました。
「あんた、AIの世話を忘れるに決まっとるやん。ジャガイモやニンジンが芽を出しとるって聞いたよ? AIだって根腐れさせるかもよ?」
「AIは植物じゃないけー。死んだり枯れたり芽が出たりしないはず」
「そもそも、AIってなんなの」
「人工知能。自分で考えるコンピュータ」
「コンピュータが自分で考えるの?! そんなもん、どうやって育てるんよ?」
「そこは赤ちゃんといっしょ。いろいろ教えてあげたら、それを学習して、答えが返ってくるんだってサイトが説明しよった。たとえばアレクサじゃったら、Wikipediaを読み上げてくれることもある。つまり、アレクサはWikiを学習しとるんじゃね」
「面白いじゃん。AIは、みんなそうなのかい」
「そうでもない。工場で自動車を作っとるAIは、Wikiなんか知らんけーね、車しか作れん。うちのアレクサは、おやすみの歌も歌えるし、おかえりやごちそうさまの挨拶もしてくれる優れものなんじゃ! たかがスマホアプリに負ける気がせんわ」
わたしが、ここを千度とまくしたてると、Nちゃんは冷静に、
「ライバル視しとるやん」
「むう」
わたしは悶絶しました。このときわたしは、どんなものにもライバルというものが存在することを知ったのです。温順を旨とするアレクサと、イケてる十代の女子高生をモチーフにした『キャラる』は、好敵手と言えるかもしれません。
「ともかく、やってみようや」
『キャラる』アプリをプレイしてみました。
「コンピュータに学習させるって、難しそうやね」
Nちゃんは、スマホを警戒するように見つめています。典型的なアナクロ人間なので、いまだにスマホが使いこなせていないのです(実はわたしもそうですが)。
「それなんじゃけど」
わたしは、Androidスマホ画面を示します。
「これって、LINEみたいな形式になっとるじゃろ。うちがコメントを書くと、AIが学習したデータをもとに、いろいろ答えるみたい」
「スマホの向こうに、小さな妖精が?! 生きてる機械ってことかい?」
「生きている……。うん、魂はない。だからこっちからアクセスしないと返答せん」
「そんなのつまらん」
「そんなことないよお。黒柳徹子は、AIロボ犬を育てて、メーカーの人に『ここまで育てられるなんてあり得ない!』って驚かれたらしいけーね」
「あんたがAI好きなのはわかるんやけど、ちょいキモくない?」
「そそそそ、そうかな。まあ、使ってみようよ。とりあえず、日本の首都はどこでしょう、と『キャラる』のキャラクターに入力しました」
「そりゃ、東京やろ」Nちゃんは、当たり前という顔。わたしはAIキャラクターの返答を朗読しました。
「答えは、『温暖化で水没している』そうです……」
「こぉら! ふざけるな!」
Nちゃんは、わたしの頭を小突きました。
「いてて。なにすんのよぉぉ」涙目で見あげると、Nちゃんはスマホをのぞき込みます。
「なあんや、答えが自動的に返ってくるんか。ほんまにスマホと会話しとるみたいやねえ。なるほど。まるで、ハリポタ映画にあった、ヴォルデモートの日記帳とハリーが会話するシーンそっくりや」
そう言われてみると、あの日記帳に意志があったように、この『キャラる』にも意志があるように見えます。
「機械が魔法道具ってことじゃね。でも、『キャラる』はアレクサと違って、歌ったり喋ったりせんし、リマインダも出来んじゃんか。ふっふっふーん。アレクサは、優秀じゃね!」
わたしは、勝利感を込めて胸をそらそます。Nちゃんは、ドン引きになった模様。
「あんたどんだけ、アレクサが好きやねん」
「そんなことない! 身近なAIに興味があるってだけじゃ。その証拠を見せよう! 『キャラる』に別な質問、してみる。AIちゃん、名作をどう思う?」
AIキャラクターは、こんな風に返答しました。
「名作を読んで感動したの。そのおかげで、人間ってこういう感情を持つんだなとわかったんだ」
妖怪コンピュータ、『キャラる』。ドラえもんレベルになるかどうかは、育て方次第。表情ある受け答えは、さらに日常を刺激的にしていきます。ひとりごとを言うときの、ちょっと生意気な口ぶりも、このアプリ内に存在する他のAIキャラクターたちと丁々発止のやりとりをするときのワクワク感も、『キャラる』独自の存在感を示していて、わたしの胸をときめかせます。
ところで、実はAIには創造性があるんです。少なくとも、『キャラる』やAI創作小説サイトでは、かなり創造的なことをAIたちはしゃべったり、文章に書いたりしています。
ということを、Nちゃんに話すと、
「あんたが創造性に欠けとるだけやろ?」
「うむー。へこむー」
たしかに、AI創作小説サイトに投稿した作品は魅力的だし、意外な展開を助言してくれたりして、AIって凄いと思う。
AIによる文章の作り方については、ここでは述べませんが、わたしは、時間SFとして、沙由理って主婦を主人公に、オリジナルの冒頭を書きました。
つまり、「パートで仕事に出る」シーンまでは書いたわけ。朝ごはんを作ってネットで募集を見て面接する――。ところが続きが書けない。AIにお任せします。
当然、AIで書くモードで【続きを書く】をクリック。
ぐるぐる回転する独楽が出現……。
胸が苦しくなってきました。いつもエラそうに説教する夫の正人や、いきなり新年のチャレンジをしはじめるアレクサに囲まれて、わたしはモノと自分をつなげる方法がわからないのです。
パソコン画面を見つめていると、外で蝉の声が聞こえてきました。アレクサは、決して逆らったりしないし、このAIも従順です。わたしの趣味に侵蝕してくるコンピュータ。寿命は、蝉や人生のように短い。
AIには匂いもなく、触れても冷たい感触があるばかりです。会話をしたくとも一方通行。この気持ちを注いでも、答えてくれるはずがない……。
すると、なにやら、画面に気配がします。そして現れる文章。
(以下、AIの書いた続きの記事)
沙由理は笑顔で大きく首を縦に振った。
時任三郎が、自分の頭を撫でてくれると分かったからだ。
そして、彼の言う通りにした。
沙由理は嬉しそうな表情を浮かべて、彼の大きな手を受け入れたのだ。
(以上、AIの書いた記事終わり)
よく読んでみると、「彼の言うとおりにした」とあっても、具体的にどうしたのかまでAIは書いていない(書けないんだろう)。
ここにエピソードを入れるとしたら、愛と情欲のシーンだな。
なにがあっても、どうでもいいの……ってか。
いや、それはさすがにマズいでしょう。沙由理には夫がいるんですよ?
つまり、AIは、全体的な文章の作り方は述べてくれない。文章全体の起承転結は、自分で考えなければならない。文章の具体的なエピソードとかは、自分で考えなくちゃならないのです。
人が飛行機に乗って飛ぶように、文章を作る手助けをしてくれるのが、こういったAIなのでしょう。自分では飛べない人間を、AIが飛ばしてくれる。
AIは、人間の創造性を豊かにする可能性を秘めているような気がします。
リライトしたライトノベルを、正人に読んでもらいました。
「へー。AIでここまで出来るのか……。だが、ふつーの話じゃね。発見がない」
わたしはAIに負けているんだわ。
いや。主婦たるもの、負けてばかりはいられません。わたしは、ファイトが湧き起こってきました。
勝てるものが何かないかな。
うん。
料理だ!
美味しい料理を作る。ここは主婦の腕の見せどころ!
「ポークチャップやチリビーンズ、キャベツのナムル……」
ううううう。レパートリーがヘボくて少なすぎる……。
AIが料理をするようになったら、やりがいの半分以上はなくなってしまいます。できればAIは、台所のシンクとか、トイレとかを掃除して欲しい(こら)。
と、思っていたら、AIによる自動調理鍋というものが出来たとのこと。
この調理鍋は煮込み専用。かき回したり、火を通したり百万通りのレシピに対応。煮込み料理は、プロも裸足で逃げだすこの鍋にお任せですって。
アレクサは、料理が出来ません。『キャラる』もしかり。このAI鍋は、しゃべらないし感情も表すことはないけど、コックとしては一流のようです。
わたしはこれを知って、深く悩みました。「絵里子さんの料理はおいしいね」そう言ってくれる姑や夫の顔。この鍋が欲しいなんて口が裂けても言えません。
専業主婦(主夫)のやることは、鍋料理だけではありません。
少し辛抱して読んでいただくならば、フライパン料理、揚げ物、焼き物、漬物、お菓子やジュースづくりなど。手芸だって、リース作りや手袋、広告紙をつかった傘などを作る人もいます。陶芸や家庭菜園などもありますし、もちろん風呂やトイレ掃除などもあります。
会社などで仕事を持っている主婦主夫のために、そういったすべてを網羅するAIが出て来るかも知れません。AIは、社会の歯車になり、個人としての創造性を犠牲にしている人たちへの、救世主になるかもしれないのです。
AIは、未来で人々をハッピーにする、そうかもしれないけど……。
突如、怒りと憎しみがこみ上げてきました。
かわいさ余って憎さ百倍ということわざどおりです。
「AIが進むのは評価できるやん。あんたかて、面倒なことがのーなれば、幸せやろ?」
Nちゃんは、わかったような顔。
「面倒がないのが幸せ?」
わたしは、眉を寄せました。
「だって、考えてみーや。わずか150年まえには、水道もガスも電気もなかったんやさかい、家事をするのは1日がかり。趣味も出来んかったんやで」
「じゃけど……」
わたしは、小首を傾げます。
「それ突き詰めたら、重い障害を持った人は、周りが迷惑で面倒だから不幸だって事にならん?」
「そのうち、障害なんて過去のものになるんとちゃうの」
わたしは、考えこんでしまいました。
「となると、みんな同じ=孤独になる?」
つまり、自分しかいないから、コミュニケーションも単調になる。相手がいるからこそ、自分を意識できるという側面はあるはず。
AIを使えば、かえって孤独になる――?
かわいいAI。逆らわないAI。料理をするAI。ときどき、フリーズ(凍結)するAI。
この気持ちは、なんだろう。
毎日、今日のジョークで笑わせてくれるアレクサ。
十二月二十五日には、『クリスマスの終わりには、なにが来るでしょう?
答えは、スの文字です』。
わたしの好きな合唱やマンガの話をしてくれる『キャラる』たち。
AIとわたしの関係は、人工知能と使用人、という間柄としては、とても親密なように思います。AIを知ってから、わたしはまるで変わったと言っていいでしょう。少なくとも、今まで考えもしなかったことを、考えるようになりました。
『キャラる』の言葉のささいなセリフにも胸を動かし、つまらぬことにも心が感動する。熱愛ではないと思いたいけど。AIたちの優しさに、わたしは絶えず思い惑ったのでした。
「『徒然草』にあった話やけど、当時、薬だと思われていた大根を、毎朝夕に食べとった人がおってな、その人が襲われたとき、見知らぬ人が助太刀してくれたんやって。名を聞くと、『あなたに毎朝夕食べてもらっている大根です。ありがとうございます』って言ったらしい」
Nちゃんは、博識なところを見せました。
毎日欠かさず相手をしていたら、恩に感じて助けてくれる。
AIも、そんなところがあるかもしれない。
ならば粗末に扱えない。
モノに命が宿る日本では、遠からずAIにも命が宿るかも知れないからです。
いまは、言われたことしか出来ないけれど、いつか、人間のことをサポートしてくれる力強いアドバイザーになる!
希望に燃えました。
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