第2話 三年前のあの日

 俺は仕事が終わり家に帰って辞表を書きながら、あの日のことを思い出した。


 『雪に死体が埋まっている』という近隣住民からの通報から始まったその事件。俺は、連絡をうけ現場に駆けつけた。現場はマコの家からも近かったから、一刻も事件を早く解決して安心させてあげたい。そう意気込んでいたのを覚えている。

 現場は、森林公園内の子供用遊具横のベンチ。うたた寝しているようにも見える死体がそこにはあった。被害者は後に近隣住民の女性だと判明。死因は、魔力欠乏症だとわかった。


 魔力欠乏症は、魔法を使えない魔法不適合者に一般的に起こりやすい。魔法不適合者の多くは、体内の魔力器官になんらかの問題を抱えていることが多いからだ。


 この発見された女性も当初は、魔法不適合者が魔力欠乏を起こしたとして病死で処理されることになった。遺体には争った跡やそのほかの外傷がなかった上に、通報者の森林公園の管理人によると通報の30分前に現場のベンチに通りかかった時には、女性が子どもと話している声を聞いており、その公園に遊びに来ていた子どもは、女性は話している途中突然眠ってしまい、心配になって公園管理人を呼びに行ったと証言している。


 突然眠るように亡くなるのは、魔力欠乏症によくある事例である。捜査に参加した俺もその結論に何の異論もなく、3日にしてそれ以上の現場捜査は打ち切られた。


 女性はマコのカフェの常連だったらしく、マコはこの件についてかなりショックを受けていたが、俺にとっては特に印象に残るものではなく、落ち込んだマコを連れて映画館に行って外食するといった平穏な週末を過ごした。


『あの子、安楽死施設で働いている医療スタッフだったの。いろんな人に優しかった、私にも』

そう切なそうに語るマコの姿は今でも思い出せる。


 しかし、この日から森林公園の同じベンチで魔力欠乏症で亡くなった遺体が3週連続発見された。これはなんらかの事件性があるとして、魔法犯罪取締課によって連続殺人事件対策班が発足された。


 そして、4人目の被害者の男性に死亡時刻直前接触した容疑者として軽井マコが任意同行をうけ、後に犯人として逮捕された。


 逮捕の決め手は、ティッシュだ。本人は何の変哲もないカフェの宣伝用ティッシュのはずだと証言したが、それは高度な魔法道具だった。調査の結果、触れた人の魔力を一定量吸収する魔法道具であることが判明したのだ。魔法不適合者が魔力欠乏症に陥れるには十分なものだった。


 どの被害者も事件当日彼女が務めるカフェに寄っていたことが判明し、彼女が冬の森林公園が綺麗であるとお客さんによく言っていたことや森林公園に行く客に冬は寒いですから鼻をかむためのティッシュを持って行ってくださいと、店の地図とクーポンが入った駅前で配る用のティッシュを渡していたことなど、とんとん拍子に証言が多く集まる。いかにも彼女が怪しいと皆が口にした。

 しかし、ティッシュ自体は100円均一の店から買われたもので、誰かによってそのティッシュに細工がされてたことは確かでも彼女が細工したという決定的な証拠はみつからなかった。


 その頃には、俺はこの事件の捜査から外されていた。一番怪しい容疑者である軽井マコの婚約者であるため、当然と言えば当然であった。しかし、あまり焦りはなかった。他の捜査メンバーは自分の良く知る信頼がおける人たちで、マコは絶対やってないと信じていたからだ。


 なのに、彼女は最後の事件から1か月たったある日唐突に罪を自白した。ティッシュには自分が細工したと。

 そして逮捕された。

 俺はその自白を信じられず、仲間の捜査結果も信じられず、この3年間をろくに寝ずに独自捜査の日々を過ごした。


 その間、彼女に会いにいったことは一度もない。会ってしまってこの耳で彼女の自白を聞いてしまえば、心が折れてしまう気がしていたからだ。


 しかし、マコのことを疑ったことは一度もない。

 なぜなら俺は昔から目の前の人が人殺しかどうか分かるという秘密があるからだ。人殺しというのは、何かしら俺にしか見えない獣を飼っている。事件後のマコに獣は見えなかった。


 そんなとりとめもなく流れる記憶とともに書き上げた辞表は、きっともう3年前には心の中にあったような気がする。今日の上司の言葉に書く決心がついただけだ。


 溜息をついた後、3年間行けなかった彼女のいる収容所の施設員に電話をかける。これが俺の魔法犯罪捜査官としての最初で最後の職権乱用になるだろう。

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