捜査官だけど婚約者が死刑になりそうなので犯罪者になって助けます

術木屋

第1話 婚約者は死刑囚

 魔法犯罪捜査課の朝は早い。ほとんどの捜査官が出勤時刻の一時間前には机についている。清々しいほど晴れた日の朝なのに、全体的に顔色の悪いのが俺の職場だ。


「おはよう、刃風。今朝のニュースは見たかな?」

「おはよう。ニュースを見てたから遅刻したのか、加賀美」


 いつものように含みを持った加賀美の呼びかけに俺は短く返した。しかし、加賀美が俺に何のニュースの話をしたいのかはよく分かっていた。


「遅刻なんてどうでもいいじゃないか。それより、軽井マコに昨日死刑判決が下った話、今日のトップニュースだったなぁ?さすが、世間を騒がせた連続殺人事件の凶悪犯」

「そんなことニュースなんて見なくても知っている」

「ああ、そうだった。なにせ彼女は君の婚約者だからな」


 まるでさも今思い出したかのようにそう言う加賀美は、さらに俺にゴシップ雑誌を差し出した。


「ここには君の話も載っている」


 そう言われて俺は加賀美に差し出された雑誌の『無差別連続殺人事件の凶悪犯人軽井マコに死刑判決』という記事を流し読みした。確かに俺が婚約者という話も書いてあるが、特に有益な情報はない。


「こんなものより昨日頼んでいた報告書がほしい」

「そんなものあったかな?昨日の裁判結果に気をとられて記憶が混濁しているんじゃないのか?」

「なら今頼んだから今日の午前中に持ってきてくれ。それと、昨日の殺人事件の犯人は被害者の母親の可能性が高い」

「また、いつもの勘?」

「そうだ」


 そう俺が言うとつまらなそうに加賀美は自分のデスクに戻っていった。周囲を見渡すとそんなやりとりに聞き耳を立てていた魔法犯罪捜査課の仲間たちが、気まずそうに顔を一斉にそむける。

 朝から業務連絡を怯えながらヒソヒソと話す声以外は静かな職場。その暗雲立ち込める雰囲気は、自分が気を遣わせているせいだと理解していた。しかし、無理矢理に笑顔をつくる気力がなかった。

 そしてなんとなく手に持った記事をそのまま5回ほど読んでいたときだった。


「おい」


 上から声がして顔をあげると、課長がコーヒーを差し出してくる。

 

「なんですか?」

「悪いことは言わないから、忘れるんだ」


 そう言って持っていた週刊雑誌をひったくるようにして奪われる。取り返そうとは思わなかった。好き勝手に書かれたデタラメな雑誌記事だ。この記事だけではない。世の中では、面白おかしく事実を脚色した記事が溢れかえっている。

 この記事には、その死刑判決が下った軽井マコの過去と評して、被害者が軽井マコの勤めるカフェの常連の客だったことやかつての婚約者の存在なども書かれていた。

 文章の最後には、魔法犯罪捜査課の婚約者であった刃風ソウも事件に関与してるのではないか、という憶測で締めくくられている。


「…マコはそんなことしてないのに」

「まだ言っているのか?」


 憐れむような視線が痛かった。


「もう死刑が決定した。これ以上捜査はできない。お前も分かっているだろ。それにこの判決をひっくり返そうと独自で捜査するのも、もうやめたほうがいい。魔法犯罪対策署長からお前をクビにする理由を見つけてこいって言われたばっかりだ」

「クビはきってもらっていいですが、捜査はやめません」

「いや、それはお前が決められるこっちゃないからなー」


 頑なに命令に従わない俺を憐れな目でみる課長は、一つため息をついて忠告する。


「お前がこの事件から担当を外されているにも関わらず、独自捜査していることをこれ以上見逃すとこっちの立場も危うい。次は庇えないからな」


 その言葉に俺は返事をしなかった。

 その態度に課長はもう一度深いため息をついた。今でこそ隈を濃くした死人のような顔をしているが、課長にはかつては魔法犯罪捜査課の期待の新人として目をかけられていた。しかしながら、殺人鬼の婚約者というレッテルによって出世の道を阻まれた。同期の加賀美が先に出世して俺に毎日嫌味を言っていくのを見ていれば、ため息の1つや2つは仕方のないことだ。


「一番目をかけていた部下がこのまま終わっていく姿を見るのはいやなんだがなー」


 俺に聞こえるように課長はそう呟いたが、そんなことで捜査するのをやめないだろうことはこの数年で分かっていてのただのぼやきだろう。


 この仕事をやっている人間であれば、意外な人物の犯罪に出会う。だから長年連れ添った恋人だろうが、疑いがあれば信じることの方が難しいのがこの職業についてる身としては普通だ。病気のように人間不信のような者も多い。

 だからこそ俺がそこまで婚約者を信じているのであれば、自分も彼の婚約者の無罪を信じてみたいと思って、課長が捜査していたことは知っている。結局、何も覆ることはなかったが、本気でそう三年間捜査してくれていたことに俺は感謝していた。


「…まあ、どうせ捜査官辞めるなら、最後に会ってこい」

「え?」

「なんの気まぐれだか知らんが死刑囚の死刑執行が2週間後に行われることが内々に決まっているらしいと噂で聞いた」


 死刑囚の死刑執行は、この国では御上の一声によって当日突然言い渡されることになっている。俺はその制度についてこれまで特別意識したことはなかったわけではなかったが、血の気が引いていくのを感じた。


「なんで…。それはマコの話ですか?もう決まった話ですか?」

「きな臭いがそういう噂だ。当然だが捜査官でも死刑囚に面会することは原則禁止だ。だが、俺も上もお前をクビにする理由がほしいからな。教えてやった」


 面会は原則禁止だが立場を利用すれば会えないわけではない。問題行動として処理されてクビになるのは避けられないだろうが、その覚悟と婚約者への捨てられない想いがあることが課長には伝わったのだろう。


「教えてくださりありがとうございます」


 俺は真っ直ぐな瞳で課長に礼を言った。


「最後の餞別な」


 そう言うと課長は自分のデスクに戻っていく。俺は受け取った缶コーヒーの温かさをかみしめた。

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