結婚記念日に会社から帰ると妻は玄関で土下座をしていた。

夏穂志

本編

第1話 妻が玄関で土下座をして来た

 今日は結婚記念日と言うことで花束と事前に予約していたケーキを持って浅内あさない達也たつやは妻の待つ家にいつもより早く帰宅することにした。


 ただ達也には一つ疑問があった。それは普段と同じように『帰る』とメッセージを妻の由衣に送った時の事。


 普段ならば『分かった~』や『りょうか~い』といった軽い返事なのだが今日に限っては『わかりました』とかしこまった返事が返って来た。


 疑問を浮かべつつ帰路に就いた。いつの間にか家の前に着いた。

 由衣と交際していた大学時代から一軒家に住むことを目標に貯金していた達也は結婚二年目に目標金額に達したことで一軒家を建てることが出来た。

 勿論自身の力によるものだけではなく、親にもしっかりお金を返すという名目で一時的に協力をして貰った。夫婦の帰る場所は必要だと思ったから早めに作っておきたかった。


 普段との違いに違和感を覚えつつ扉の取っ手に手を掛け家の扉を開ける。


 目の前に最初に入って来たのは足と膝を曲げ、背中を丸めて顔を地面につける妻の頭だった。


「ごめんなさい」


「どうしたんだ由衣。そんな恰好して……良いからリビングに行こう」


 土下座をしている由衣の顔を上げさせる。その表情はどこやら悲しそうな、諦めたようなものだった。


「ごめんなさい、あなた。私は話さなければならないことがあります。」


 土下座は辞めたものの正座のまま玄関から動こうとしない由衣。


「もう分かったから早く立ってくれ、リビングで話は聞くから早く立ってくれ」


「は、はい」


 いつもの陽気な由衣はどこへやら明らかにビビった由衣は達也の言うことを聞き達也に連れられてリビングへ入る。その様相は猫背にすり足気味、まるで奴隷が引っ張られるかのようになすがままだった。


 リビングに入りダイニングテーブルに目が行った。テーブルの上には二人の好物であるハンバーグがメインディッシュとしてお皿の真ん中に置かれており周りにはサラダやスープも並んでいた。


「最悪だ。今日はハンバーグかよ……」


「え……? 今、なんて言ったの……」


 達也の小声に由衣は聞き返す。しかし、達也は誤魔化す様に話し出す。


「ご飯を食べながら話をしよう。それでいいな」


 達也は手に持った花束を由衣に渡して手洗いうがいやスーツから部屋着に着替えるため洗面所へ向かった。


 色々済ませてリビングへ戻る。


「よし、せっかく作ってくれたご飯だし。食べながら話してくれるか?」

「分かりました」


 リビングの真ん中においてあるソファに座っている由衣に対して諭すように言う。

 ダイニングテーブルの椅子についていると思っていたが由衣はソファにちょこんと座っていた。


 ソファから立ち上がりゆっくりと椅子に着席する由衣。


「わたしの体に触れてください。最近ずっと、触ってくれない、から」


 いきなり変なことを言い出す由衣。てっきり何かをやらかした報告だと思っていた達也は唖然としてしまう。


「さっき触れたけど、さっきのは違うのか?」


 達也はさっき土下座してきた由衣を起こす為に身体に触れた事は違うのかと尋ねる。


「そうじゃ、なくってハグをしてくれなかったり、夜の営み……とか」


 最近はそんな事を要求してくる素振りはなかった由衣が突然求めて来た事に達也は驚いた。


「どうして急にそんなことを言ってるのかちゃんと話してくれないかな」


 申し訳なさげに目を伏せながら言ってくる由衣に対して達也は気になったことを説明してもらうために徹底的に追及する。


「今朝、私はあなたの部屋を掃除することを言いましたよね?」


「確かに言ってたな。『今日も一日、専業主婦としてお掃除頑張ります!!』って言ってたな」


 今朝の由衣は今よりも普段らしい陽気で元気があった。


「あなたの部屋に掃除をしようと入った時、机の上に置いてあったファイルに目が行ってしまって、つい見てしまいました」


「あー、あれ置きっぱなしにしてたか。そりゃ気になるよねデカデカと不倫証拠なんて書いてあるファイルが置いてあったら。で、見た感想は?」


「ごめんなさい。あんな事二度としません。絶対にもうしませんから離婚は嫌。どうか側においてください」


「俺が浮気の証拠を掴んだのは二回目の時、それがどういうことか分かるか? 二度目……再犯をしたってことだよな」


 さっきまでの対等な関係を望む達也の姿はどこへやら明らかに由衣を責め立てる男へと変わっていた。


「俺、ずっと言ってたよな。一度の過ちは誰にでもあることだしどんなことをしたとしても一度目は許すって。お前が初めて朝帰りをした日、俺は連絡の帰ってこないお前をソファで待ち続けて眠りこけてしまった。ちょうどお前が帰って来た音でもが覚めた。その時に聞こえたんだよ『ごめんなさい』って」


「違うの!! あれは酔わされて、気付いたらベットの上に居て男に乗られていて逃げることもできなくて。だからごめんなさいって言ったんだもん」


「だから言ってるだろ!! 一度目は許すって。その時はまだ不倫の証拠は不十分だった。でも朝帰りという事実、いつもの俺が好きな由衣のものじゃない変な匂い。だから不倫の可能性があると思って調査を依頼したんだよ。そしたら一週間後、二度目の不倫。馬鹿じゃねぇのか」


「それは、一度目の時の事をネタに脅されて……」


 怒りを徐々に爆発させる達也とドンドン弱気になって行く由衣。


「俺は何回不倫したか知ってんだよ。そんな言い訳通用するわけないだろ。いい加減んほんとの理由を話せよ」


「ひっ――!! ご、ごめんなさい。ごめんなさい」


 謝り倒すだけで一向に聞いたことに答えようとしない由衣に嫌気がさした達也は緑色の紙を机に叩きつける。


「不倫なんてしたんだ。婚姻関係は破棄する。当たり前だよな」


「ごめんなさい。そ、その通りだと思います。でも、でも、償いをさせてください。側に置いて……」


 離婚はしてもそばに置いてほしいと下を向いて涙を皿に零しながら懇願する由衣を見た達也は悪知恵を閃いた様な顔をして由衣に応える。


「でも安心しろ。そばに置いてやる」


「ありがとう、ありがとうございます……」


「ただし、料理は作るな。他の男のモノを握った手で作られては食材が可哀想だ。それと俺には触れるな、気持ち悪い。後、二週間は一人で外に出るな。僅かながらの清めだと思え! その期間が去ったらお前はもうこの家を出て行っても良いぞ」


「出て行くなんて。そんな、ことは致しません。必ずあなたの側に居させていただきます。料理も作りませんし、あなたにも……あなたには触れたいです」


「俺の気が向いたら触らせても良いことにしてやる。まぁ、出て行きたくなると思うぞ。ハハハハハ」


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