第四章 我が鎖
1.奸計
第四章スタートです。
――――――
「水晶でも話したが、お前らが結婚すること自体反対しない。ただ、まあ……年齢差はあるが」
「貴族だとそれは普通だったんじゃあ?」
「そう言う問題じゃない。……それで、先に話だけは聞いていたが、その背中はどうした?」
フィーの背中には翼がぴょこぴょこと動いている。これは王都に戻る道中でフィーの背中から突然生えてきた。
翼のある種族は珍しくないが、念のためターゲスに連絡したところ、念のため隠すようにと言われたため軍敷地内にある家に着くまでマントで背中を隠していた。
まさかこんな早くにロイクから贈られた翼のある鳥類用の服を着ることになるとは思わなかったけど。
「ロイクが呪術を解いてくれたから、その代償が解放されました」
「何故それを今解除した」
4年前。フィーが10歳の頃、暴走した彼女を抑えるためにロイクが呪術で食い止めていた。
それは現在も効果を残していたということはターゲスも聞いていたが、暴走した際に生えた翼を代償にしていたということはターゲスも知らなかったらしい。
呪術というのは女神が魔法を授ける以前から存在していると言われている。
何かを代償にする代わり言霊一つで思い通りになる術だが、その言霊を操る力は術者の力量や才能にもよる。ロイクの場合生まれつき魔力が少ない反動か呪術を扱う力はそれなりにあったようだ。それでも知識として持っている程度なのだが。
「自分で抑えるようにロイクから課題を渡されまして」
「……そうか」
これまで女神の記憶に感情が引っ張られることはあれど、女神に体が乗っ取られることはなかった。
今後どうなるかはフィーとその中にいる女神の御心次第ということにターゲスは内心、彼女が人間に対して絶望する機会がないことを祈った。
「ちなみに、飛び方を教えてもらえそうな人間に心当たりはあるか?」
「え、ターゲスさんは教えてくれないんですか」
「基本的に翼のある種族は自分の魔力を消費するが、俺は魔力がないんでな。飛ぶ時は基本的に筋肉で解決している」
「……あぁ、なるほど」
ターゲスは純血だ。魔力量はバケツ一杯分の水を出すのに精一杯なウォルと差程変わらない。魔力で跳躍する鳥系の魔族にとっては致命的なのだが、実際の鳥のようにその大きな翼で魔力なしで飛んでいる。
確かに魔力量の多い混血であるフィーは使えるなら魔力で飛ぶ方が覚えは早いだろう。
高等部に上がり現在は違う学部に在籍しているが烏族のコスモスに頼めば飛ぶ方法は教えてもらえるだろう。それをターゲスに伝えれば快く快諾してくれた。
「飛ぶというのは習うより慣れだ。コツは人それぞれだから教える側も基本的なことしか教えられないだろうが」
「まあ、聞くだけ聞いてみます」
「あとオルキデア夫人から手紙が来ている。お茶会の誘いらしい」
「え?」
ターゲスはフィーへ一通の手紙を渡す。ハスの花を象ったロータス家の家紋で封をしているそれは、正真正銘オルキデアからフィラデルフィア宛の手紙だった。
オルキデアはウォルの上司であるアリスの妻である。現在の年齢はフィーのひとつ上の15歳。フィーと出会った時こそ背の低かった彼女はこの三年で見違えるほど成長したらしい。
「……会っていいんですか?」
オルキデアは現在こそ騎士であるアリックスと結婚しているものの、帝国時代の皇族の生き残りだ。
身分の格差自体はこの国の法律から既になくなってはいるが、元公爵家の名門ロータス家当主の正妻。未だ彼女はフィーにとって遠い雲の上の存在だ。フィー自身、戸籍上は将軍の娘であっても気軽に会える存在ではないことは、この会えなかった空白の三年間が物語っている。
「なに、騎士の家族同士の交流だ。夫のアリックスもぜひと言っているんだから問題はないだろう」
「そう、ですか」
なんだか腑に落ちないものの、フィーは誘いを受けることにしたのだった。
―――
「突然呼ばれて来てみれば、本当に翼が生えたんですね」
「ごめんね、来てもらって」
「いえ。こうして来るのは初めてですし新鮮です」
コスモス・ジェダイトは宝石商の娘だが、商人ではなく魔術道具を作る職人の道を選んだ。得意分野である銀細工を用いた魔術道具を作る才覚が現れると教師から高等部への進学を推薦してくれたらしい。
現在は魔術道具の開発をメインにした魔術工学部に在籍している。小等部では引っ込み思案だったのに自信がついたのか大分明るくなった。
ちなみにフィーは魔術総合学部だ。そこに呪術を研究している教師がいるで個人的に師事してもらっている。
学院においてフィーは現在も休暇中になっている。孤児院で世話になった者が亡くなったので喪にふくすと学院に言えば更に数日延長してくれた。
コスモスにはフィーの背中に翼が生えたことを黙っておいて欲しいと伝えている。理由は伏せたがコスモスは詮索することなく受け入れてくれた。
「なるほど、事情は理解しました。翼の形が違うので飛び方までは教えられませんが、基本的はことはどこ種族も同じなので教えることは可能ですよ」
「違うの?」
「ええ」
コスモスは自身の背中から生えている黒い烏の翼から一本羽を抜いて見せた。
「私は鳥類の魔族なのでこうして羽毛の翼で空を飛びますが、フィーはどちらかと言うと爬虫類に近く、翼も被膜で出来てます。脇下から被膜が延びているコウモリやムササビと違い、私と同様に背中から直接生えてますが飛ぶ原理は根本的に違うかと」
「そっかー……」
「なので私からは翼がある種族共通の使い方を教えます」
翼のある魔族は基本的に自身の魔力を用いて空を飛ぶ。
というのも、大体の鳥族の翼は自身の体重に耐えられるほどの大きな翼が生えていないからだ。ちなみに魔力が少ないターゲスは魔力が無い反動か、幼い頃から飛べるように特訓した成果なのか、翼は本人が引きずるくらい巨大である。
コスモスから教わったのは翼の動かし方、飛ぶための魔力の込め方、そして翼の仕舞い方だ。
魔力のコントロールは以前こそフィーの苦手分野だったが、翼に魔力を込めることができたのでこれは飛ぶことも出来そうだと確信する。実際にやってみないと分からないが。
「翼を仕舞うにも魔力は消費します。なので翼は常に出しておいた方が良いです。何かを背負ったりする際は必要になってきますが、あまりおすすめはしません」
「なんで?」
確かに小等部にいた頃のコスモスの制服は鳥族向けの背中が開いたものだった。翼がなければ目のやりどころに困っただろうが、他の鳥類の魔族も同様に自分の翼を惜しむことなく晒して歩いている者が多い。
「なんか、こう……背中がむずむずするんですよ。むしろ今までどうしてフィーは背中を出さない服を着ていたのか疑問です。それにこれまでも翼は出てませんでしたよね?」
「あー……」
孤児院に来たばかりの頃は好んで背中の開いた服を選んでいたことを思い出す。
当時は自分に翼が生えるなんて思わなかったし、体調面を鑑みたことはなかったので風邪を引いてしまったのだが、故郷の村にいた頃は背中を出す分、マントのようなもので覆い隠していた。フィーの母親はいずれ翼が生えてくることを知っていたのだろうか。
3年前、オーキッドによってホルマリン漬けになっていた母親の遺体に翼は無かったが、遺体に無かったのはきっと死ぬ間際に仕舞ったからなのかもしれない。実際母の背中には竜の翼が生えていたので。
「多分竜は後から翼が生えてくるんだと思う」
「そう言うものですか?」
「多分」
唯一の同族を失って久しいから詳しいことは分からないけど。
「じゃあ、折角なので飛んでみましょうか」
「へ?」
その後彼女の手によってフィーは上空から落とされた。ちなみに飛ぶことに成功はしていない。
―――
コスモスの容赦ない特訓から二日後、フィーは王都の隅にあるロータス家の本邸を訪れていた。
この邸は庭の大部分が池になっており、夏になれば家名の由来であるハスの花が咲くらしい。橋を渡り歩きながら鑑賞できるようになっておりその美しさは、今でこそ廃れたもののさすが由緒ある家である。
オルキデアがここに移住してから建て直したという邸は建て直す前よりも大分小さくなったが、広いことに変わりはない。
あと品種にもよるが毎年レンコンが食べ放題で毎年ウォルがレンコンを持って帰るのはこの庭で収穫したからだという。頭が下がる。
「ふふ、それは災難でしたね。でも、別に飛べなくてもいいのではなくて?」
フィーに翼が生えたことはすでに夫であるアリックスから聞いていたらしく「もちろん他言無用と言われました」と付け足した。
「……まあ、あるものは使える方がいいですから」
現在フィーの翼は仕舞っており、傍から見れば一般的な人族の背中の形と変わらない。この前コスモスから教わったばかりだったが既にモノにしていた。
「そうね。私はすべて魔力に任せているから、貴女のお力になれないわ。ごめんなさい」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
オルキデアの種族は鳥のカナリアだ。
基本的に魔族の種族は自己申告制である。戸籍を作る場合、種族は人族か魔族か、混血か純血かの情報しか登録しないからだ。
オルキデアの場合は生まれてからすぐに調べられたという。皇族で何十年ぶりに魔族が生まれれば周囲も大騒ぎだっただろう。
だが混血ゆえに身体が弱かったオルキデアも皇女として生きていた頃は種族を隠しており、空が飛べるようになったのはここ最近らしい。今では立派な鮮やかな黄色と白の翼が背中から生えている。
「あと、遅くなりましたが婚約おめでとうございます。こちらから何かお祝いしてあげたいけどできないのは残念ですわ」
「ありがとうございます。お気持ちだけいただきます」
オルキデアの動作に合わせ、香りの立つ茶を口にする。数日前の事なのに孤児院でガーベラが淹れてくれた茶が懐かしく感じた。
だがオルキデアはカップをソーサラーに置いて少々憂いを帯びた表情をする。
プラチナブロンドの髪と白い肌に埋め込まれたアメジストの瞳がミステリアスな印象を与える。大人になった彼女の美しさは目に毒だと思う。
「これも因果なのでしょうね」
オルキデアはフィーの魔力核の中にかつて人間に魔法を授けた女神の肉体が入っていることを知っている。ロイクがその女神の夫の生まれ変わりであると言うことも三年前本人から聞かされていた。
「……これについては、割り切ることにしました。お互いが好きならそれでいいと」
「そう、心から祝福します」
「ありがとうございます」
それからはお互いに積もる話をたくさんした。
オルキデアは現在も変わらず議員の夫人たちと茶会で交流を重ねているらしい。アリックスからもその時の話題が何だったのか聞かれるから、諜報している気分で楽しいのだとか。
「ところで……フィーは、教会の人間から何か接点は?」
「……?いえ、なにも無いと思いますよ……?」
教会というのは魔法を生み出した女神を崇めるこの国の国教だ。世界が魔法を授けた女神の存在を認めてからこの教会は広く信仰が広まり、この国においても政治に大きくかかわった。
だがフィー自身教会と直接かかわりはない。最近あったとしたら孤児院にいたマーガレットの葬儀だが、葬儀に参列しただけで教会の関係者と特段何かやり取りはしなかった。
「そう。良かった」
オルキデアは口角を上げた。だが目が笑っていないその顔にフィーは寒気がした。
「それは、どう……いう……」
こと。声に出す前にフィーは眠気でテーブルに伏せる。だがそれをオルキデアはなにも咎めることはせず、白魚の手が優しく彼女の赤毛の髪を撫でた。
この感覚は3年前のそれとよく似ている。まさか兄妹二人に眠らされるなんて思わなかった。フィーは何も抵抗できず、意識を手放す。
「今はゆっくり休んでくださいな」
―――
アコナイトはとある書類を手にため息を吐く。
二十三という若さで第二部隊隊長に就任してからすでに五年の歳月が経つが、長く第二部隊に居たわけでもないので何もかもが手探りの状態で内部統制するのに必死だった。
辛うじて父である前大隊長が遺していた者がサポートしてくれていたため、助かったがそれでもまだ己の未熟さを感じる。
彼女の父は役職は大隊長ではあったものの、【
そんな父も実戦では母に劣るが頭の回転が速く、情報戦や兵法では優秀だった。だが裏方として優秀すぎて表立った功績を積み上げることができなかったらしい。
そのためようやく大隊長としての地位に立つことが出来ても、大隊長の中では下に見られがちだった。
『アコナイト。正直お前には、死地に立って欲しくなかった』
保守派にいた父に自分が第二の情報を調べていたことを気付かれた時、そんなことを言われた。
今思えば彼なりの私への愛情だったのかもしれない。
成長し毒々しい桃色の髪を真っ黒に染めなくなってから、父が私を通じて母の面影を見ているという自覚はあった。
本当は戦いたくなかった。痛いことはしたくないし、人を簡単に殺せる魔法を持っている分尚更そう思った。
だから大きくなったら誰かと結婚して、子供を産んで育てるような穏やかな人生を歩みたかった。
『…………後継者を産む胎だけの女にさせまいと私を育てたのは貴方でしょう』
『そうだな』
年の離れた兄が死んでから私に逃げ場がなかった。あらゆる毒を飲み、血反吐を吐くくらい訓練や鍛錬を重ねたのだ。
もう今更私の身を案ずる父の為に自分の意思を変えることは出来なかった。
「大隊長、お時間です」
「分かった。今から行く」
追憶にふけっていたら初老の側近兵から声をかけられる。相当時間が経っていたらしい。
仕方ないと椅子から立ち上がる。
だが遠くから爆音が聞こえたと同時に建物のアラームがけたたましく響き始めた。
執務室に部下の一人が相当な権幕でやってきては敬礼をする。アコナイトはすぐに彼の方へ視線を向けた。
「状況は」
「司令部が爆破された模様、現在局長との連絡が取れません」
「原因は」
「水晶の記録を見る限り第四部隊所属の一般兵士の魔力暴発によるものかと。ですがその兵士は純血主義出身の人間です。生まれ持った魔力量は少ないはず」
アコナイトと側近兵は目を見開くが、すぐに表情を戻す。
「……第四の大隊長はどうなっている」
「連絡が取れません。陸側も混乱しているようです。先ほど側近兵全員に大隊長はこちらへ集まるように連絡しました」
緊急事態が起きた時、彼らが必要なのは現状の情報だ。そのため情報部と呼ばれる第二部隊が要となる。
「ありがとう、私も向かう。各所に現状の共有と周囲の人間の安否確認を。引き続き状況を集めてくれ」
「御意!」
アコナイトは椅子にかけていた上着を取り出し肩に羽織る。
側近兵と視線を交わせば彼も同様に頷いた。
前大隊長の時からいるこの側近兵は偶に執事かと思い込んでしまうくらいには気が利く人間だ。だが長年この環境にいたせいか胡散臭い雰囲気を纏っていた。
「会議は中止、面倒な自体になったな」
「大隊長、他部隊の人間と深く関わるのはよしておいた方がいいかと。今回の場合は特に」
「…………忠告として聞いておく」
彼同様、アコナイトも嫌な予感を抱かずにはいられなかった。これは身内のように接していた人間達を疑わなければいけない。
特にここ最近他の部隊はきな臭い噂がある。狐と狸の化かし合いは本当に面倒だ。
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