この恋に気づいて
リナリアの話。
――――――
晴れの日は大嫌いだった。怪我人が多く出る日だから。
雨の日も大嫌いだった。病人が増える日だから。
朝、目が覚める時に見えるものは薄暗い部屋と眠っている私のパパだった。
立ち上がれば酒が入っていた瓶にぶつけたり、食い荒らされた食料の箱を踏みつけて転んだりしながら手探りで部屋の中をのたうち回る。
『お前が出来損ないだから
たとえ聞き慣れた言葉でも耳鳴りのように響くから毎朝頭が痛い。ついでに言うと脚も痛い。魔法をかけるがそれでも治らない。
パパが起きる前にその辺に転がっていた食料を食べて、手探りで扉を開けて外の井戸に駆け込んでは自分の顔と体を洗う。
明け方は誰もいないからその時間が唯一、一人でいられる時間帯だった。
バケツに張った水面に映り込む私の顔は痣だらけで服はボロボロ。髪の毛でどうにか顔の痣は隠しているけれど、こんな少ない布では脚の怪我も隠せない。
前に近くに住んでいた老人から私はママにとても良く似ていると言われたことがある。興味が湧いたのでパパに聞こうとした。だけどパパから醜いから似てないと言われた。それ以降私からママの話をしていない。
にゃあと一足先に目が覚めた猫が鳴いた。ぼんやりとしていてよく分からないけど灰色の毛並みの猫がこちらに歩み寄ってきていた。
だけどその猫の右足から血が出ていたのを見て触れるのを辞めた。
「……ごめんね」
家に帰りたくなかったけれど徐々に目が覚める人たちが出てくるから、その前に自分は痛む脚に鞭を打って家に駆け込んだ。
家に戻ればパパは窓を開けて伸びをしている。
彼はこちらに目を向けると無言できれいな布を投げつけてきた。
「くたばんじゃねえぞ」
そう言ってパパは自分の顔を見向きもせず外へ出てしまった。それに続けて自分も一緒に外へ出る。こんな天気のいい日は怪我人がどっと増えるのだろう。
私がやっていることは悪いことではない。
私が出来損ないだから、ママを救うことが出来なかったとパパから言われた。だからこうして私は人の怪我を治している。
私のやっていることはわるくない。だからパパがよろこんでいる。
私が出来損ないということを知っている。だからパパが怒っている。
怪我人だった人たちからたまに直接お金をもらったりもしたが、すぐにパパにバレて奪い取られた。自分は悪い人間だからモノをもらってはいけないのだと言われた。
一日で何十人もの人の怪我を治す。魔力がコントロールできなくてよく倒れた。
レジスタンスという言葉を耳にした。最近は彼らを相手することが多い。
父親もその人たちを多く引き寄せた。中には金を巻き上げるために完璧には治すなと言われることもあった。
その調節ができずその度に叩かれた。
「ちっとも治らねえじゃねえか!!」
「――っ」
病気が三日で治らなかったらパパから殴られた。時々お客からも殴られた。魔法がうまくいかなかった日には食べ物すらもらえなかった。
傷が治らないのは、傷の中に枝とか鉄の塊とか、何かが入っているということを知ったのは後だった。
病気が治らないのは、体全身に悪いものが入っているか、もう手遅れだということを知ったのはもっと後だった。
手探りで傷の中にあるものを取ろうとしたらお客に暴れられて殴られた。
もう手遅れだと行った時はパパから殴られた。
上機嫌になった日の夜はパパも自分にやさしくしてくれた。自分はそれがうれしかった。その時にママの話をたくさんしてくれた。
私も大きくなったらママと同じ仕事ができると言っていた。絶対稼げるとも言った。でも今は小さいからパパが私を大事にしているんだとも言っていた。
その時のパパはすごくやさしかった。だから自分もがんばろうと思えた。
―――
「珍しい魔法をお持ちのお嬢さんですね。娘さんですか」
「あぁ。こいつは――」
何の話をしているのか分からないけど、たくさんのお金をくれるらしいからパパは上機嫌に話していた。
お金をたくさんくれるこの人はクマを捕まえようと森に出たけど負けてしまったとかで腕にひっかき傷が出来ていた。見たことない服を着ていたけれどこういう人は金が良くもらえるパパが言っている。身体がとても大きくて、背中にある大きな翼がとても印象的だった。
だけれど次の日パパが連れて行かれた。もう二度と会えなく無くなると知って泣いた。
初めて泣いた。この人たちが悪いと思った。
たくさんの男の人達のけがを治してきたのに男の人が怖くなった。その時初めて私は魔法で人を傷付けた。
「……どうしますか、教会ですら受け入れを拒んでます」
「アイツの所だったら――……」
同じ服を着た男の人たちが難しい話をしている。その中に私が治したことがある人もいた。私とパパを騙したんだと思った。
何度も「パパを返して」って言っても、「君のパパは、悪いことをしたから君と引き離したんだよ」と取り合ってくれなかった。
「わたしも、わるいこ、なのに……!」
私も悪い子だから、パパの所へ連れて行ってよ。どんなに訴えてもみんな難しい顔をするだけでパパの所へ連れて行ってくれなかった。
私は魔法が使えなくなった。
私は悪い子だ。だから魔法が使えなくなった。
私は悪い子だ。だから草木を枯らしてしまう魔法になってしまった。
私は悪い子だ。だから怪我人を増やす魔法が生まれてしまった。
私は軍の人に魔法を封じられた。パパにぶたれた場所をたくさん包帯でぐるぐる巻きにされた。「本当なら魔術で治したいんだけど、そうするにしても、私たちの魔力も君の体力も持たないから」と言われた。意味が分からなかった。
魔法があれば自分で治せるのになって思ったけど、私は自分の怪我を治すことはできなかったし、今は人を傷付ける魔法しか出せなかったから意味がなかった。
「君は、孤児院に送る予定だ。数日したら孤児院の人間が来るから」
「……」
「少なくとも、君が怖がる環境ではないから。安心して欲しい」
軍の人はそう言ったけど来たのは真っ白な髪をした男の人だった。私はその人の前で立っていられなくて、気付けばとても広いベッドの上にいた。
目の前には紫色のお姉さんがいて、私のことを見るなり安心したような顔をしていた。
「はじめまして。私はダリア。あなたの新しい家族と思っていいわ」
私の家族はパパ一人だけだ。
「……かぞくって、血がつながった人のことをいうんでしょう」
「賢いわねぇ。確かに血は繋がってない。でもね、それでもみんな家族なの。苦しいことも、辛いことも、楽しいこともみんなで分かち合うの。それが家族」
お姉さんは他の人から「お母さん」って呼ばれてた。ママが生きていたらこんな顔をしていたのかなって思った。でも私のママは私が生まれた時からどこにもいないのを私は知ってる。
熱が下がって身体の傷が少しずつ治って来た時、時々お姉さんと話してた髪の白いお兄さんに聞いた。
「いつになったら、パパにあえるの?」
「お前の父親は、お前に酷いことしたんだ。だからお前とは会わせられない」
「パパがわたしをぶったのは、わたしがわるいからだよ」
「貴女は何も悪くないのよ?」
「……わたしのせいでママが死んだの。パパが言ってた」
お兄さんの隣にいたお姉さんはひどく悲しい顔をした。
私が生まれた四月十日にママが死んだとパパが言っていた。ママが死んだのは私のせい。そう言ってもお姉さんは「貴女は何も悪くない」と繰り返す。ならどうしてパパは私をぶったの。
お兄さんがお姉さんの前に出た。
「たとえお前のせいで母親が死んだとしても、お前の父親がお前を殴っていい理由にはならない」
「でも!」
「ならお前と父親が離れ離れになったのは、お前が受ける罰だと思えばいい」
「ばつ?」
「そうだ。お前が悪いことをした罰だ。罰を受け入れることで、お前がした悪いことをここで償う。二度とお前が父親と会えない代わりに、好きでもない他人から多くの愛情を貰うんだ。辛いぞ?」
その時罰や償う意味は分からなかった。パパに殴られることはない。でも二度とパパに会えない。パパと会えない代わりに見ず知らずの人と一緒に暮らす。怖い。でもそれは私が悪い子だからだと言われれば納得した。
それから私は「新しい家族」との生活がはじまった。
家族とご飯を食べることは初めてではなかった。家族に優しくしてもらうことも初めてではなかった。だけどその度にパパのことを思い出した。
初めて暖かいご飯を食べた。だけど魔法は使えなかった。
味は薄かったけど美味しかった。だけど魔法は使えなかった。
私に新しい父と母ができた。兄弟もできた。だけど魔法は使えなかった。
新しい名前をもらった。だけど魔法は使えなかった。
「どうしてお母さんと一緒に寝られないの!?」
「ダリアは今それどころじゃないんだよ」
「そう言って、お父さんと一緒に寝てるんでしょ!?お父さんばかりずるいわ!」
「それは……」
困った顔をしたお父さんを見るのは初めてだった。
わがままを言って家族の前で泣くのは初めてだった。だけど魔法は使えなかった。
「――これはなに?」
「ご本に興味あるのね。絵本ならいいかしら」
ベッドにいる間、お母さんから絵本を読み聞かせてもらった。絵の余白に書いてある文字を追っている見たいだけどぼんやりとしていて見えない。
私が見えてないことに気付いたのかお父さんから眼鏡をくれた。
「目が悪いんだろう。これをかけてみろ」
「……!」
たまに来るお医者様からは過度なストレスによる弱視だと言われた。時と場合によって視力が変わるらしい。
ちなみにお父さんから貰った眼鏡は魔力によって勝手にレンズの度を調節してくれるものだった。レンズの調節が上手くいかなくて、お母さんに手伝ってもらった。
しばらくしてようやく視力の変化はなくなって安定してきた。だけど目は悪いまま。肉体強化のやり方は教えてもらったけれど、何言ってるのか分からないからてんでダメだった。
初めての眼鏡は自分の頭にはぶかぶかで重かった。だけど眼鏡は宝物になった。お父さんのことが怖くなくなってきた。
「リナリア、好きなものを選びな!」
怪我が治ってからガーベラ姐さんと一緒に孤児院の年上たちのお下がりの服を選ぶことになった。自分は色とりどりの服をみて目を輝かせた。
だけれど自分は醜いからそんな綺麗な服なんて似合わない。だから地味な色のモノを選んだ。
「……いやそれ男物。これの方が似合うと思うぞ」
「じゃあこれ……」
丈の長い黒いワンピースが目に映る。ガーベラ姐さんの着ていたお古だという。
「それアタシが昔着てたメイド服じゃねえか!」
「エプロンも黒がいい」
「リナちゃーん……せめて」
「まぶしいから黒がいい」
カラフルな洋服は自分にはまぶしすぎるのだ。
その場にいたお母さんからも「不思議な好みをもっているのねえ」と感心するような目で見ていた。正直黒は好きではないのだけれど。こっちの方がマシだった。
結局ガーベラ姉さんが折れて泣きながらサイズ調整した黒いワンピースをくれた。あの時はどうして姐さんが泣いているのか分からなかった。
ちなみに最後の悪あがきなのか黒いワンピースには、白いレースと赤いリボンが縫い付けてあった。パフスリーブの袖も白い生地になっていて、黒いエプロンも付けてくれた。メイド服とは違う服に変えられていた。
これは私のわがままだから許してとお母さんも言っていた。ワンピースが宝物になった。
―――
私は人の怪我や病気を治せなくなったわけじゃないらしい。知らない間に私はお医者様に診てもらっていたらしい。
「私が魔法を使えないのはどうして?」
「魔法というものは、努力すればそれに類似した属性を取得することが出来る」
「……」
あんな酷い魔法を使うための努力なんかしていない。
「お前の治癒の魔法はきっと薬草のようなものだろう」
「……薬草?」
「あぁ。薬草は毒にも薬にもなる。お前のそれはきっと効力が分断したんだろうさ。治癒も毒もすべてお前のものだ。お前の根元からあったものだと思えばいい。なに、人を殺す以外のやり方で毒を利用すればいいという話だ」
その言葉に目を見開いた。人を殺す以外にも使っていいの?
「そんな言い方しないの!お母さんがいるから大丈夫。ずっといるから。ロイクはこれでも励ましてるのよ?」
両親から励ましてもらった。
幸せな生活だった。私も十三歳になったらこの孤児院から出て行くことが決まっているけど、みんなとあまり関わることは出来ないけど、それでも家族達とこの生活が大好きになった。
でもお母さんの病気は治せなかった。苦しかった。やっぱり魔法は使えなかった。
「もうここまで読めるようになったのか」
「ご、ごめんなさい」
「いや褒めてるんだ。すごいぞ」
難しい本が読めるようになったから褒めてくれた。だけど魔法は使えなかった。
たくさんの宝物をもらった。だけど魔法は使えなかった。
宝物が増えるたびに忘れっぽくなった。
忘れっぽいからメモするようにと言われてもらったノートには覚えの無い変な落書きがあったり、今何時なのかも忘れることが多くなった。
だけど意識するようになってから、自分じゃない誰かが目の前の相手と話していること。その時だけ自分の瞳が水色になることに気付いた。
一番ショックだったのは瞳が水色の時だけ魔法が使えるということだった。自分を乗っ取ってる誰かに嫌悪した。
自分のノートに向かってその『誰か』に問いかけた。
『あなたはだれ?』
『私はリナリア。あなたこそだれ?』
リナリアは私だって本気で言えなくなった。
―――
お母さんが土に還った。私の中で一つ宝物が減った。大きな大きな宝物だった。結局魔法は最期まで使えなかった。
「……母さんのそれはお前が治せるもんじゃねえだろ」
お母さんの葬儀は孤児院で留守番になった。ガーベラ姉さんもいた。だけどガーベラ姉さんも泣いていた。その隙に花壇に向かった。すごく悲しかった。
「でも、私は……治したかった」
「……お前に治癒なんてないだろ」
お兄ちゃんからの言葉に驚いた。自分の魔法はみんなには隠していたのに。
だがそれでも自分の魔法は治癒だと信じたかった。毒の魔法を持つ自分が許せなかった。それからお兄ちゃんは自分に罵声を浴びせた。
「お前が捨てられたのは、魔法が毒だからなんだろ?」
「ちがう」
「お前がその毒で、お前の親を殺したからなんだろ!?」
「ちがう!」
「この親殺し!!」
どうしてこの人は私に怒ってるのかが分からなかった。自分は親なんか殺していない。実の母親も全く覚えていないけど、殺してない。
「ちがうわ、お兄ちゃん!!」
『お前が出来損ないだから
父親だった男から言われた言葉が頭の中に響いた。やっぱり私のせいなのだろうか。私を産んだ女は私が殺したのだろうか。
いいや違う。私が生まれた時から育ててくれた人。あの人が私にしたのは八つ当たりだって今なら分かる。パパはママが大好きで、たくさんあった暴力の中にたとえ嘘でも私への愛情を持ってくれた人。でも今は会いたくない人。
それに私は生まれた時から毒なんて使えなかった。使えたなら私はきっとあの男に捨てられてとっくに死んでいる。
「うるせえ!!もう俺の目の前でその目を灰色にするな!!」
それでもお兄ちゃんに私を否定された。それ以降私は表に出られなくなった。
しばらくしてお父さんが家出した。また宝物が減ったと思った。不安で不安で仕方なかった。でも弟と妹たちが泣いてるから私がしっかりしていないといけないから泣けない。もう一人の私も必死だった。
そして半月後お父さんが二人の子供を抱えて帰ってきた。マーガレットおばあちゃんがお父さんに説教をした。扉越しだったけど声だけでもすごく怖かった。
しばらく水色の瞳越しで観察していると、その時の方が性格が素直だった。そしてその『誰か』もお母さんを失って悲しんでいることも分かった。
『赤』が印象的な女の子が来たことによってお父さんの心も少し変わったことに気付いた。
お母さんの死を受け入れたのかと思った。だけどまるでお母さんのことを思い出す度に優しい顔をするようになった。
「……迷惑かけたな」
後ろめたい顔をされた。きっとお父さんも家出している最中に泣いたのかもしれないと思い直した。
私が何もできなかったって思ったように、お父さんも何もできなかったと後悔しているのかもしれない。胸の奥がきゅっと苦しくなった。
「……私は、父さんのこと悪くないと思うよ」
その言葉に私は目を見張った。水色の瞳はよく考えて必死に言葉を探している。その様子がとてももどかしい。
「もう戻らないなら、忘れなきゃいいんだよ。――いろんなこと、忘れちゃったらまた悲しくなっちゃうから。母さんも、きっと悲しむから……」
水色の『誰か』は素直で前向きだった。どんくさい癖に。負けたくない。私もなにか父親に何か言わなきゃいけない。
そう思ったら久しぶりに自分の意識で体が動かせるようになったことに気付いた。
私はじっとお父さんに顔を向けている。お父さんに言うべき言葉はただ一つ。
「ここに連れ出してくれてありがとう。お父さん」
その後お父さんは泣きそうな顔になってとても困った。だけど私のことを抱きしめてくれた。
―――
「私はフィラデルフィア。フィーって呼んで」
「……リナリア」
「綺麗な水色の瞳だね」
「……あ、ありがとう」
お母さんが死んだあとに初めて入ってきた赤い女の子は両足とも怪我をしているのに、笑顔ではじめましてと言った。
女の子は無理を隠すことが得意だった。無理をしている自覚が無い時もあった。
女の子は毎晩うなされて夜中飛び起きてた。だからよく一緒にお昼寝をした。
女の子に私は何度も怒った。やんちゃして風邪を引くからすごく怒った。頬もつねったりもした。
女の子の両脚は真っ赤な硬い鱗におおわれていた。だけどそうじゃないところは私と同じくらい柔らかい肌をしていた。
女の子は弟想いだった。弟の方は姉想いだった。だけどすれ違ってた。一緒にいるのにお互いの気持ちはあまり通じ合ってなかった。
女の子は恋をしていた。本人は自覚していなかったけれど、私は言うつもりは無かった。どうしてお父さんばかり見るんだともやもやした。
私たちは外の世界を何も知らない。私は父親だった人と一緒に居た世界しか知らなくて、その子は村の中しか知らない。
私は外の世界に対して悲観的で彼女は楽観的。どうしてこんなに違うんだろうと思ったけど、その子は
ちょっとだけ私はその子のことが嫌いになった。私はいつでも貴女を簡単に殺せるんだよと言いたくなった。
でも嫌われたくなかったから言えなかった。
人間は複雑な生き物だ。お母さんが死んでから私はそう思うようになった。
マーガレットおばあちゃんは「何かに対して真っ直ぐでいたいから、人は複雑になっちゃうのよ」と言っていたけど、周りを見ていたらすぐ納得してしまう。
―――
お医者は私みたいな魔法を持ってなかった。だけどなんでも知ってた。
「男の人はまだ怖い?」
首を縦に振った。目の前にいるお医者様は男だ。だから最初は怖かった。でも女の人みたいだからすぐに怖くなくなった。男っぽくなる時は怖いなって思うけど。
スラックスを履いた長い脚を組み、肩の辺りで真っ直ぐに切られた緑色の髪を揺らしては切れ長の瞳を瞬かせる。背は高いけど姿は女の人だ。前に会った時は背の低い、ピンク色の癖っ毛だったけれど今日はその姿の気分だったらしい。でも気を遣ってくれてるのか私に会う時は必ず女の人の恰好をしていた。
お医者様の魔法がそうみたいで本当の姿を見た人はいない。背丈、性別、声、肌の色も変わるから街の皆からは不気味だと言われているけど、いい先生だと私は思ってる。
街の人達は白衣と首から下げている聴診器と、オッドアイの目を見て先生だと判断しているらしい。私もそうだ。
お父さんも「信頼しているが彼の正体はわからない」と言うけれど、私は男だと分かっているので彼と呼ぶことにしている。
「ロイクから聞いたけど、特定の友達が出来たようじゃない。その子はどんな子?」
フィーのことを思い出したけれど、あの子はお父さん目当てに書斎に来ているだけだし、遊びの好みは全く違う。でもどうしてか胸がぽかぽかした。
「……すぐに無理をしちゃう子。弟想いだけど、弟と気持ちが嚙み合ってない子。でも色んなことを隠す癖に、無邪気なの。それに私のこと何も聞かないでいてくれた」
「聞かないのは逆にどうかと思うけど」
「無関心な子じゃないの?」と笑みを浮かべて私を見るお医者様は自分の頬を撫でた。ひやりとする。自分は胸だけじゃなくて、顔もあったかくなってた。
どうしてこんなに顔が熱いの。
「この気持ちは大事よ。もちろん女の子としてね。でもその感情をはき違えてはダメよ。この感情はきっとあなたの自我を狂わせかねない」
さみしそうな顔をして彼は撫でる手を止めた。どうしてと聞くのはやめた。
聞けなかった。魔法は使えなかった。
この感情が恋だと気付いた。だけど魔法は使えなかった。
初めて恋は赤い色をしていた。やっぱり魔法は使えなかった。
でもこの心は取り消したくない。
―――
「昨日、フィーはどうして泣いたの」
「え……」
女の子が暴走した次の日。女の子が眠っている間に彼女に毒をかけた。初めて私は人間に毒をかけた。
だけど竜の鱗はなくなって、角と瞳の形以外は人族と変わらなくなった。
だけど彼女はそれをとても悲しんだ。彼女の鱗を消したことを後悔した。その子はただ一人しかいない竜種という立場に誇りを持っていたのに。
私は彼女の弟を殺したくなった。だけど彼は素知らぬふりをした。
こんなやつが、女の子を守ろうとしているなんておかしいと思った。だけど魔法は使えなかった。
「フィーは、どっちが好きなの?」
「どっちって?」
「……ううん。なんでもない」
守れるなら、自分がこの手で彼女を守りたい。強くなりたい。女の子よりも、強く、大人達よりも強く。もっと魔法を使えるようになりたい。
「フィー、私はどんな顔をしてもフィーの味方だよ」
「あ、ありがとう」
どうか、この恋に気付いて。
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