2.初めての街
女神とは何者だろう。
それは端的に言えば今の人類の母である。そして自分らの一部である。
人間の魔力核には【女神の要素】が入っていると言われている。人間が魔力核を持っているのは人類を愛した女神の恩恵である。
人間の生命力を魔力に変換させる魔力核は、薪を燃やす
女神は不老不死だった。長く生き続けたのは、混血の人間よりも膨大な力を扱うことができたのは、彼女は自分の生命力や魔力を周囲の【命】で補っていたからだ。
なので彼女が能力を使う時は必ず周囲の草木は枯れる。草木が生えなくなるほど土の養分を吸い込むこともあった。
なら女神を復活させるためには【女神の要素】が入っている人間の魔力核を合わせればいいのだろうか。
否、【女神の要素】は人間の心臓だけでなく魔物、自然界にも多くある。
しかしそれらを合わせても女神の肉体が出来上がるだけで、別の生物が生まれるだろう。
女神にも魂があると誰かが言った。だが肉体や魂だけでは足りない。不老不死足り得る肉体を生成させる何かがあるはずなのだ。
なぜなら、これまで女神と共に過ごした記憶が正しければ、彼女は神でも化け物でもなく、れっきとした人間だったのだから。
―――
フィーとウォルが孤児院に来てから二週間が経った頃。
フィーの足は完全ではないが普通に歩けるくらいまでに治り、リナリアによる魔法を施してもらっているがもうじき包帯が要らなくなるだろうと医者から言われた。
足の火傷が治るまでの二週間。フィーは読み書きや四則演算を学ぶことに関してかなり苦戦していた。
反面魔力のコントロールは以前から問題なくできており、運動センスも高い。その脚の回復力といいもはや野生児である。
そんな勉強に苦戦していたフィーも心が躍っていた。今日はロイクと二人で街へ買い物する日である。
その日の夕食の買い出しをする際はロイクの使用人二人と交代交代で子供達と一緒に連れ添ってくれるのだ。
因みに初めてだと必ずご褒美に大銅貨一枚分のご褒美をくれる。
生まれてからフィラデルフィアは村の外に出ることはなかった。しかも村の外から来る者がいれば、自分と自分の母親は家の外から出ることすら禁じられていた。
そして家で過ごしている間遠くから知らない人の怒鳴り声が聞こえたこともあったので、おそらくウォルが言っていた貴族は本当に意地悪で偉そうな人なんだろうなと思っている。
外に出る前にお金の数え方については授業でロイクから学んだ。
お金の単位は『
大銅貨=10P
小銀貨=100P
大銀貨=1,000P
小金貨=10,000P
大金貨=100,000P
ちなみにフィーが貰うご褒美は綿菓子と決めている。ウォルが口の中で溶ける甘い綿だと言っていた。
砂糖もなく甘味が果物しかなかった村で暮らしていたフィーは、ウォルの口から珍しく興奮した顔で綿あめについて語られたので楽しみにしていたのだ。
孤児院に来た時は街に入らず森の中から直接孤児院に入ったので、ウォルもフィーも街というものを知るのは初めてで、ウォルがロイクと街に出た際は人の多さに驚いて終始ロイクにくっついたままだったらしい。
フィーは一番年の近いリナリアの服を借りて外に出る。村にいた時の服は火事に巻き込まれた際に燃えてボロボロで、これまではロイクが適当に用意した年上たちのお下がりの服で過ごしていたからだ。(ロイクの使用人の二人は彼の寄越した服になぜか苦い顔をしていた)
貸してくれたのは白と黒のエプロンドレスだった。しかもエプロンの方が黒い。なぜ黒いエプロンなのか聞いてみたが、「白は眩しいの」と言っていた。ワンピースが白いのにそう言った理由はわからない。
因みにワンピースも黒にしたかったがロイクの使用人であるガーベラに止められたらしい。正直ワンピース単体でもいいのではと思ったが、ワンピースとエプロンは繋がってる。
メイド服の色が反転したようなそれを好むリナリアのセンスは不思議である。センスがないと言えばそうなのかもしれないが、彼女は色を好まないのだと周りは言っていた。
ロイクは敢えて遠回りをして街を案内してくれた。生まれてこのかた村から出たことがないフィーは、その人の多さと街並みに驚く。
「なんだか気持ち悪くなってきた……」
「おいおい王都はこれの倍以上だぞ」
とにかく大人が多い。彼女のいた村でも大人のほうが多かったが、周囲の大人はフィーのことをすれ違いざまに注目してくる。
ロイクは近くのベンチを見つけるとそこまで案内してくれた。
「みんな、どうして私のこと見てるの?」
「見ない顔だから珍しいんだろう」
竜種はいないと思われていたからな。と言うロイクの言葉にフィーは今自分と同じ竜人族は私一人だけなのかと理解した。
自分の家族について思い出すがやはり父と母の二人だけで、村に一応祖父母もいたが、父親の方であるため人族であまりかわいがってもらえた記憶がない。父親からは祖父母とあまり関わるなと言われていた。
「気にするな。いづれ慣れるさ」
「そういえば……」
遠くから街を眺めていると、フィーのように赤毛の人間もいれば、緑色の髪の人間もいる。ウォルファングのように青っぽい髪も居れば金髪もいる。だがロイクのように髪の色が白い人族はいない。いたとしても白髪交じりの老人くらいだ。
「どうした」
「ロイクって何歳?」
「……」
二十五だと彼はぶっきらぼうにつぶやく。思っていたよりも若かった。眉間にしわを刻む彼は、顔色が悪そうな彼はかなり疲れているようで、元々の容姿も相まって更に老け込んでいるように見えた。
「もっとおじさんだと思ってた……」
「ストレスも溜まれば老ける」
彼が孤児院を出て放浪した理由は同室になった子たちから聞いていた。ロイクの妻であるダリアが自分たちが孤児院に来る一ヶ月前に亡くなったらしい。
ロイクが生まれる前から孤児院にいるマーガレットが言うには、彼と彼の妻は幼い頃から仲が良かったらしい。
そんな妻を亡くし最初こそは子供たちを慰めるために子供達には付きっ切りで一緒に過ごしてくれていたが、疲れて逃げ出したくなったのだろうとのことだ。
そんなこともあればストレスも溜まるだろう。だが幼いフィーはストレスという言葉の意味をいまいち理解していないのだけれど。
「でも最初より元気そうだね」
「……悪かったな老け顔で」
「私は九歳だよ」
「そうだったな……」
ウォルもフィーも年を越せば十歳になる。因みにリナリアは今年すでに誕生日を迎えて九歳になったばかりだった。誕生日を知らない子供達が多い中数少ない誕生日を知る一人である。
地域によっては誕生日という概念が薄いのもあるのだが、フィーもウォルも自分の誕生日を知らない。知っているのは二人は同じ年に生まれたということだけだ。
「辛気臭くなった。行くぞ」
「え、ちょっと待って!!」
慌てて彼の服の袖を両手で掴むと石畳につま先が引っ掛かり転びそうになる。未だにこの竜の足で歩くのは慣れない。
体重が彼の袖にかかりロイクも一瞬だけ引っ張られるがフィーの腕を引いて持ち上げた。
「足元をよく見ろ。服が破ける」
「ごめんなさい……」
ロイクはそのままフィーの手を握って前を歩いた。背も高く長い足であるにも関わらず歩調も合わせてくれる。彼は子供と歩くことは慣れていると言った。
「どこに行くの?」
肉を売っているお店も野菜を売っているお店も果物を売っているお店すらもロイクは全て素通りしていく。
いつしか食品を売っているお店ではなく、日用品や衣類などが売っている店がある通りに入った。
「ここだ」
足を止めた場所は大きなガラスの窓張りのお店だった。フィーはガラスの向こうにある白いワンピースが目に映ると、フィーはロイクと繋がれていた手を離し吸い込まれるようにガラスに手をつく。
「女神様みたい……」
村に唯一あった絵本に描かれていた女神の衣装に似ている。魔法を授けた自分達の母のような存在だ。
ロイクは彼女の頭を撫で、入るぞと中へ促した。
ここはどうやら服を作ってくれるお店らしい。色とりどりの生地が並ぶ店内にフィーは心が躍った。
「ここから選べ」
「え」
一から作ってくれるのかと思っていたフィーは既に出来上がっている服たちに混乱した。今までは布地が手に入ると母親が仕立ててくれたので。
「あらかじめ出来上がっている物を既製品。一からサイズを測り、仕立てる物を特注品という。特注品は生地もデザインも一から考えるからとても高価だ。それにお前の所有している服は少ないだろう」
買ったら着替えろとロイクは店のソファーに座り込み、服を選んだことの無いフィーがきょろきょろとみていると、気付いた店の人が案内してくれた。
店を出たロイクは心が躍っている彼女の手を引くことは諦め、遠くから彼女を見守りながら歩いた。右手に下げている紙袋には先ほどまでフィーが着ていたリナリアの服が入っている。フィーは彼に買ってもらった服を着ていた。
「それでよかったのか?」
ロイクはフィーが種族についてすこしだけ気にしているように見えたので、彼女はあまり自分の肌が見えないような格好をするのだと思っていた。
だが彼女が着ているのはノースリーブのブラウスにショートパンツという露出が広い服である。しかも鳥類用なので背中がぱっくりと空いていた。
「動きやすいほうがいいの」
「……そうか」
複雑そうな顔をしてはノースリーブの服を見せるように両腕を広げて見せたフィーを見る。今度古着を使って使用人に仕立てさせるかと考える。
「他にも買うんでしょ?頑張るよ!孤児院、子供多いからね!」
「お前も普通に子供だぞ」
必要なものは孤児院で手に入れられない肉とパンだ。他の日用品は足りるので問題ないというマーガレットの言伝だ。
ロイクは肉屋とパン屋に新しく入った子供だとフィーを紹介して必要なモノを買った。ロイクがお肉屋は銀貨を一枚渡すと大銅貨二枚返って、パン屋は大銅貨六枚渡すと食パン三斤渡された。
「後はご褒美の時間だな」
「うん!」
―――
ボロ雑巾のような服をひらつかせながら目の前の夫に煩わしさを訴えた。それでも彼は必死に「衣類」という装飾の必要性を訴える。
彼は自分のように体は丈夫ではないし脆い。暑さも寒さも感じない自分とは違って、人間は寒がりだし暑がりだ。だからそれを調節するために服を着ているのは理解できる。
だが自分は人間と違って皮膚が切れてもすぐに治るし、暑さも寒さも感じるけれど基本的に問題ない。だから服はいらないと言っているのに、彼は「君には恥じらいがないのか。見ていてこっちが恥ずかしくなるだろう。誰にもその肌を見せたくない」と言う始末。
毎晩、お互い裸をみているのに何を言っているのだろう。それにこの森にやってくる人間なんて彼のようなおかしな人間しかいないのに。
でも正直、わたしは奇麗な服で自分を着飾ることも嫌いじゃなかったしむしろ好きだった。
でも全裸になるくらい意地を張らないと、わたしは人間から離れることができない気がした。
それにあなたが選ぶ服はどれもとてもセンスがなっていなかったのだから、それなら脱いでいたほうがましだった。
それに、彼がわたしを心配する態度を見て心地よかった。
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