【完結】追想の愛は誰の為に

伊藤 猫

第一章 孤児院編

1.女神の記憶と「愛してる」



 いつかの彼女は言っていた。「人間は嫌いだが子供たちは愛している」と。


 彼女は狂っていた。彼女と出会って二百年。もうこの島全ての人間は彼女の子供たちなのに、彼女は人間が嫌いだと宣うのだ。それは彼女が人間達からその人間らしからぬ技を持つが故に良からぬことをされたからだというが、その過去を私は知らない。

 彼女から受けた呪いの影響か転生という概念が私に付け加えられてから時は流れ、私がこうして死期を悟るのもこれが三度目である。

 私が死んでまた彼女は一人で泣かないだろうか。泣いて辺り一面を嵐にしないだろうか。彼女の性格故、また人間を殺さないだろうか心配になる。


「……済まない。また君を一人にさせてしまうな……」

「ここには子供たちがいるでしょう?」

「でもこの子がいなくなれば、君は独りだ」


 リスの耳がパタパタと動く我が娘を見る。耳以外は妻の顔にそっくりな彼女はこの代で最後に産んだ子供だ。

 私も彼女も見た目は人間なのに産まれた子供の中にはこうやって体の一部が獣の姿で生まれることがあった。

 彼女はそれでも捨てることなく愛していたので、もしかしたら彼女の老いることのないその幼い体も彼女が編み出したまやかしの一つかと思ったこともあったが、彼女はわからないと答えるだけだった。

 そんな愛しい娘も齢十四だからもうとっくに巣立ってもいい歳なのに、彼女だけは私の終わりを看取ってくれるためにここにいてくれた。私が死んだら早いうちに旅立つのだろう。

 私はまた彼女の手によって湖に還り、転生してまた違う私がここに帰る。


「待ってる。愛してるわ。■■■」


 燃えるような赤い髪に、赤い瞳。あどけない十五歳くらいの少女の姿をした彼女は何百年と生きる女神だった。

 そんな神秘的な彼女が湖で舞い踊る姿を見て私は惚れてしまった。今思えば運の尽きだったなと思う。

 世界を解き明かす使命を持って旅をしていた私が、彼女に興味を持つだけではなく彼女に惚れて、夫婦のまねごとをしているなんて考えもしなかった。

 彼女が泣いてしまえば大地は枯れ果てるし、怒りがこみ上げれば嵐になる。空を見上げれば彼女がその中心でどんな顔をしているのかが分かるしそれを目印にして私は彼女の元に行かなければいけない。

 だがそれも楽観的に捉えられるくらい私の心は老いてしまった。


「愛しているよ……我が鎖……」


 死んでもまた会いにいくから、待ってておくれ。



―――



 庭のベンチで寝ている彼を見るのは珍しく、赤毛の少女フィラデルフィアは金色で瞳孔が縦に伸びている爬虫類の瞳でその顔をじっと見つめていた。

 彼の銀にも見える長い白髪と白い肌はメラニンの無いアルビノ種のようだが、眼が開けば彼の瞳の色は若草色をしている。彼の家では必ず遺伝するというその容姿はどうやらアルビノとは違うらしい。

 いつになればその綺麗な瞳を見ることが出来るのだろうかと、少女はその居眠りをしている男を見つめる。


 うっすらと開いた眼が少女を捉えると手を伸ばして少女の頬に触れる。

 子供らしいまろい肌を撫で、顎の方まで行くと少女のものとは思えない固い鱗が指に触れた途端はっと彼の意識が戻った。


「……フィアか」


 寝ぼけていた目が覚めれば彼は少女の頬から手を離そうとしたが、少女の手がそれを許してくれず、彼の手を少女は自分の頬にほおずりさせる。

 旧友の手紙を読みながら庭で遊ぶ子供たちのはしゃぐ声を聞いていたらまどろんでしまった自分が悪いのだが、遠い昔の白昼夢を見ている時くらい彼女に邪魔されて欲しくなかった。


「どうしたの、ロイク?」


 フィラデルフィアはうふふと年相応ではない笑みを浮かべてはこちらを眺める。

 爬虫類のような立て筋の入った大きな瞳、何かに祟られたのかと疑うくらい斑に固い鱗が付いた皮膚。鶏と似ているようで似ていないかぎ爪の付いた両足。

 彼女は幻とも言われていた竜人族の末裔だった。


「……手を離せ、フィラデルフィア」


 少女の名前はフィラデルフィア。ハルジオンの別名であるその名前は彼女の実の両親が付けたらしい。

 だが彼女の両親は国内で起きた内乱や紛争に巻き込まれ無惨に亡くなってしまった。


「最近男子が私のこと『貧乏草』って呼ぶの」


 どうやらここの孤児院の男子たちはどこで知ったのか、ハルジオンの蔑称である『貧乏草』とフィラデルフィアが同一であると知ると彼女をそう呼んでからかうようになったらしい。

 その辺に咲く雑草でも愛らしい花だろうに。

 手入れの行き届かない貧しい家に生えるとかでそんな名前がついたらしいが、あの草は毎日草刈りしている庭やこの孤児院の敷地内の至る所に生えている。

 からかった奴らにも注意しなければならない。


「なら発音をもじってfoolフールとでも呼ぶか?」

「馬鹿だって言うの!?」

「そうだな。無駄な魔力を地面に放出して、誰が草刈りすると思っているんだ」


 彼女のいる周りはゆらゆらと彼女の肩ほどまで芝が伸びている。

 雑草が中庭一面に生い茂るので、遊んでいた子供たちが走りにくくなったと遠くから彼女に文句を言っている。刈り取れば干し草に困ることがなさそうだがそんなに貯蔵できない。


「ネネとルークとラキ……」

「お姉さんになるなら魔力のコントロールくらいできるようになれ。フィア」

「ウォルがいるからもう私はお姉さんだよ」


 あの狼の少年も同郷というだけで本当の姉弟ではだろう。狼と竜では似ても似つかない。


「俺が言っているのは身の振る舞いの話だ」


 少女は頬を膨らませて拗ねると手を離してはその場から立ち上がる。

 少女を中心に庭中を生い茂っていた草花は彼女の力で一気に枯れていき、今度は新しい芽が吹いて綺麗に芝生が生え揃っていく。


「常にコントロールができれば、上出来なんだがな」

「褒めてくれたっていいじゃん」


 周りを見渡して満足すれば、彼女は他の子供たちのところへと行ってしまった。

 彼女がここに来てから一か月が経つ。孤児院に来た時は怪我でボロボロだったのに、今では何も体に異常がないのが不思議なくらいには元気になっていた。

 もう一度旧友からの手紙を読む。自分と旧友の関係は公になっていないため証拠隠滅のために手紙は燃やさないといけない。


「しばしの休戦か……」


 手紙には国からの補助金が少なくなるだろうができるだけバックアップはするつもりだという内容が書かれてあった。

 この穏やかな日常もほんの数年で終わるのだろうかと思うと幸先が悪い。子供たちの行く末に心配になりながら自分は意味もなく空を仰ぐ。こんな陽気だと趣味の読書にも研究にも励める気がしない。ただただやる気が起きない。本業である領主としての仕事すら手付かずだ。

 子供たちにさせている掃除は数少ない使用人によって点検がされているだろう。その間自分は仕事もせずこうしてうたた寝しているなんてどうしようもない主人だなと嘲笑う。


 この家が戸籍の無い子供たちを成人するまで預かるようになってからもう何百年が経っただろう。

 かつては戦の功績で興したというこの家も今や国の金で子守をして生活している没落貴族だと笑われているが知ったことではない。

 そもそも領地経営は滞りないし不正なく納税もしているし没落もしていない。家格の割に質素な生活をしていて何が悪い。質素倹約を馬鹿にするな。皇帝の威を借りた無能共め。

 何よりこの家は爵位をもらう前からこの生活をしているのだから口を出さないで欲しい。


 王都で暮らす領地を持たない貴族共に内心悪態を吐いていると、知らずに黒髪の少女がベンチの下に座りこんでいたことに気付く。

 彼女の特等席であるベンチを占領していた事に気付き足をどけるも、彼女はずっとそのグレーの瞳で庭を走り回っているフィラデルフィアを追っていた。

 その姿にため息を吐きながら彼女の頭を撫でる。


「お前も難儀だな、リナリア」

「………父さんに言われたくない」


 目で追う度にリナリアの瞳が時折灰色と水色を行き来する。

 遊びに混ざればいいのにと言いたいところだが、この少女は自分の特異性について気付いているのであまり自分から誰かに触れることはない。

 それに過去のトラウマ故に男性恐怖症を抱いていた。今でこそ自分を父親として認識しているのかこうして頭を撫でていても問題無いようだが、特に年上の男子は怖いらしい。


「魔族と人族って結婚できないの?」


 突然の問いに脊髄反射で「できる」と答えようとしたが、彼女が聞きたいのは恐らくこれではない。

 リナリアが今も尚フィアを目で追いかけている理由は、自身が女でありながら女であるフィラデルフィアに恋をしているからだ。


「誰かに好意を持つことは誰にも止められない。故に、お前が将来誰かを好きになろうとお前の勝手だろう」


 だがその相手も別の誰かを好きになってもそいつの勝手だとも付け足す。


「……そうね」


 少しだけ考えるそぶりをして彼女は俯くようにこくりと頷く。


「人間って『複雑』なんだわ」


 そう最近本で知ったばかりなのだろう言葉をつぶやく。あまり外に出すことが出来ず絵本ばかり読ませていたので、読み書きは同世代の中でも彼女が一番覚えが早かった。


「『人間』ね……」


 虫を追いかけて遊んでいる子供たちを遠目に眺める。自分らと同じように人の姿をしている旧種。体全身が鱗まみれだったりうさぎや猫の耳やしっぽを生やす獣じみた新種。

 今となっては旧種を人族。新種を魔族と呼んでいるが、種族間での争いは絶えない。

 かつては人族しかいなかったし、魔術も魔法も存在しなかった。なのにこの六千年でこの島国だけではなく世界中で魔法も魔族も魔物も広がり、魔法を持たない人間はどこにもなく、世界の人口比率は人族と魔族が半々になっていた。


(それを確認するにも今は島の外に出られるわけではないのだが……)


 この島は長きに渡って幾多の内乱を繰り返し、その度に国は分断と統合を繰り返した。

 現在は皇帝の下僕であったはずの軍が動き、皇族の殆どが囚われの身となり皇帝は幽閉されてしまっている。

 皇族は政治を取り仕切る貴族達のバランスを整える為に多種多様な種族と婚姻を結んだ結果、所謂雑種の集まりに変わり果てた。混ざりものの血はとても脆い為に代替わりが激しかったのだ。

 人族の血と魔族の血が混ざ合えば体の弱い者が産まれる。しかしその反面魔力はとても高く、幽閉された皇帝も魔法に関して横に出る者がいないらしいが、もうあんな貧弱な体では魔法すら使うこともままならないだろう。


「ねぇ、父さん」

「どうした」

「フィアがここを出たら、もう二度と会えないのかな……」


 この国では十三歳になれば酒こそ飲めないが大人として認められる。未だ九歳のフィアは未だ将来の事なんて考えてもいないようだが、軍に行こうと思っている彼は既に体力づくりの為に筋力トレーニング毎日続けているし、組手もたまに相手をしてやっている。


「あいつは何も考えていないようだが、お前はどうしたい」

「私、お外に出てもいいの?」

「いつかお前の身体が安定すればの話だがな」


 彼女は体質故この孤児院から一度も出たことがない。

 自分はどうしようもない人間だ。孤児を引き取るという慈善活動をしているのに傷付いた子供のケアもろくにできない。


「……父さん」

「どうした」

「父さんは、母さんがいなくて寂しい?」


 二ヶ月前に亡くした妻の顔が頭によぎる。どうも最近妻のことを思い出す度に感傷的になる。

 その原因は遠くで遊んでいる赤毛の少女なのだが、当の本人は自覚もなにも自分をそうさせた出来事を覚えていないのだろう。


「……そうだな、あいつがいなければ困ることがあることがあるかもしれない」

「母さんはもうお空から帰ってこれないんだよ」

「……あぁ、わかってるさ」


 自分よりも妻の死をよく悟っている彼女の言葉に目を覚まされた気分だった。



―――



 メイラ皇国は魔法の原点である女神の神話が残っている小さな島国だ。

 この島にいる人間は人族も魔族も同じ国の国民である。だが数年前から各地で内乱が起きていた。


 魔族は人族を、人族は魔族を。混血は両方の種族に殺された。


 原因は王族がここしばらく人族が玉座にいたということ、そして貴族たちによる地方統治があまりにもひどく、国の監視不届きもあり民衆の怒りは凄まじいものだった。

 しばらくはレジスタンスを名乗る魔族中心の団体と皇国の軍隊が争っていたが、何が起こったのか軍が皇国を裏切りこの政治を取り仕切ることとなったらしい。


 おそらく時期に貴族も解体され自分の身分も平民と同じ扱いになるだろうが、国からの資金が最悪無くなるだけで自分の生活自体そこまで変わらないだろうと思っている。


 そんな彼が営む孤児院がある場所はカレンデュラ領アイーシュという街だ。一応土地自体はこの孤児院を営むカレンデュラ家のものであるが、孤児院を優先させているので領地の政治自体は協会に任せており、定期的にカレンデュラ家の人間が定例報告の為に中心部にある街にある協会へ出向くという決まりになっている。


 孤児院には対物理攻撃シールドが高く筒状に展開されており、子供を守る壁を作っている。一部の協会の者から大げさだと言われたくらい頑丈なものだ。(ちなみに大げさだと言った者はカレンデュラ家の人間に睨まれた)

 三階建てのやしきに、使用人二人と大体二十人前後の子供たちが住んでいる。毎年二~三人がここに引き取られ、十三歳のになれば孤児院から出る。

 孤児院にいる間、カレンデュラ家の人間は子供たちには読み書きとこの国の歴史と四則演算を教える。毎日三時間それを教えると午後は二時間魔法の練習である。

 魔法は魔力の量もその性質も人それぞれ違う。フィラデルフィアは植物を扱い、彼女が弟だと慕うウォルファングは水を扱うことができる。だが自分の使える魔法とは違う属性を扱う場合は魔術や魔術道具を使わなければ使うことができない。


 かつて魔法という概念を作った女神がいた。

 彼女の子供たちが彼女の能力を一つづつ受け継がせ、人の生命力をエネルギーとして返還させた【魔力】を女神が不死の体を代償に心臓に宿させたことで、【魔法】として使えるようになった。

 ちなみにその心臓は肉体が死ぬと宝石のようなものに変わり、身体の腐敗と共に塵となって消えていく。


 彼女が魔力という概念を生み出す前は生物を生贄として使わなければ使えなかったので、その代償を奪い合うための戦争が起きてそれを嘆いてのことだった。

 魔法が使える者たちの体には女神の一部が宿っていると言われている。【混血】がその理由だ。


 混血というのは、旧種である人族と新種である魔族の掛け合わせで生まれた人間のこと全般である。見分け方は魔法を使う際に左右どちらかの目が女神の瞳のように赤くなる。ちなみにフィラデルフィアは混血なので魔法を使用する際右目が赤くなる。

 混血は生命力から魔力への変換効率が高い。その代わり生命力を吸収され体が脆くなるので、体が弱いものが多い。

 なら魔法を使わなければいいのではないかと思われているが、混血の魔力は魔法を使わずとも少しずつ体の外へ放出されてしまう。無意識に魔力を漏らしては自分の歩いた場所を雑草だらけにするフィラデルフィアがいい例だ。

 皇族はそれが原因で代替わりが激しい。皇族は自ら女神に近づく為、多種多様な種族の貴族達との友好関係を深める為に多くの種族と交わってきた。

 魔力核が女神の要素を多く持つと体が耐えきれなくなるから皇族は長くても二十五歳まで生きることが出来なかった。


 その反面純血は身体が丈夫なものが多いが、代を重ねるごとに魔力の量は少なくなってしまう。純血である人間は肉体を鍛えれば筋力のみで大木を持ち上げたり大きな岩を壊すことができる。なので魔法はあまり使うことはない。


「ところでどうしてリナリアは純血なのにそこそこ魔力あるんだ?」


 授業の終わった後ウルがロイクに問いかける。

 純血であるリナリアは五分くらい魔力を一定量使っても疲労感を感じる様子はないので疑問に持っていたらしい。


「何代か前に魔族と交わったものがいるのだろう。彼女の生い立ちは知らん。……彼女は4歳の時にここに来たが、ここに来る前のこと何も覚えてないらしい」


 リナリアは拾ったというより実の親と引き離し保護したという方が正しい。

 諸事情により彼女を孤児院の外に出ることを許していないので正直保護の域を超えているのだが。


「そうなんだ」

「魔力が少ないなら体を鍛えろ。魔族は五感が強い分肉体強化はできないだろう」

「あぁ」


 それでもウルはあまり腑に落ちないような顔をしていた。

 魔力の使い方に関しても魔族と人族で決定的な違いがある。魔族は五感が強い分、人族のように魔力を用いた肉体強化することができない。

 人族であるリナリアは何もしなければ視力が弱いので普段眼鏡をかけているが、やろうと思えば魔力を目に集中して視力を上げることも夜目を使うことも可能だ。


「でもロイは俺より魔力少ないのに魔法使うじゃん」

「魔法ではなく魔術だ……自分の先祖を呪っても仕方あるまい」


 子供のころはそれで何度自分の親を呪っただろう。系譜と残っている先祖の日記を見れば、代々女神と過ごした記憶を持った者もいたようだが、記憶を引き継がせるために体の丈夫な子供が欲しかったのだろう。その結果がこのありさまである。


「……それもそうだな」


 ウルはそう仕方ないと思いながらも頷いた。

 だが純血主義家系の貴族でもないのにウルほど魔力の少ない純血も珍しい。彼もやはり自分がろくに魔法が充分に使えないことをもどかしく思っている。


(仮に魔力はあっても、人前で【魔法】は使えないが)


 手を握り魔力を集めて見るが、やはり敵に攻撃が与えられるほどの魔法は使えないことを感じた。


 ロイク・フォン・カレンデュラは女神の夫の生まれ変わりである。


 生まれ変わりという確証はないが遠い昔。まだ人間が人族しかいなかった時のことだ。

 一人の男がとある森で女神と出会い、愛し、たくさんの子を育んだ。

 だが夫の体が朽ちてしまうのを嘆いた女神が、男の魂に女神と過ごした時の記憶が刻まれる呪いをかけた。

 それ故彼女が自らの肉体を手放す瞬間までの記憶がこの体に残っていた。


 ロイクは生まれた時から、自分は女神の夫であり愛するのは唯一あの女神だけ。自分は女神を待つ使命があるのだとそう思っていた。



―――



 今から二ヶ月。「愛してる」と言って妻は亡くなった。


 魔族との混血という理由で幼い頃に捨てられた彼女は、魔力核に生命力を奪われやすかった為その身体は脆く、時々彼女の意図せず左目がちかちかと赤く光る時があった。混血は魔法を使用すると片目が赤く光る。だが彼女は魔法を使用していないのに左目を光らせていた。

 調べてみれば彼女は魔法の使用に関わらず体全身から魔力が大量に放出され続けてしまう体質であることが分かった。


 子供でありながら当時の当主であった父親の書斎に入り浸り、自分なりに術式を組んで魔術を彼女に施してみるもことごとく失敗。

 十三になり成人と同じ扱いを受ける歳になると、自分の身分を利用しては彼女を王都へ連れ出しては医者に見てもらったりもしたが、どの医者も匙を投げた。

 いつしか孤児の治療に対して金を糸目につけない自分の行動が貴族たちに広まり、カレンデュラ家には財がたんまりある事が噂され、縁談の話が色んなところから持ちかけられた。

 あれは子供達に何かあった時の貯蓄、旅立つ子供達に渡す為に少しづつ蓄えていたものだ。それを好き勝手に使われればたまったものでは無い。


 面倒だったのでいずれ大人になっても働き手が見つからないだろうという理由で彼女が大人になった時に自分の妻にした。

 この国は一夫多妻が認められる。だが夫が死んだときの財産分与は第一夫人の方が優位に立つ。財産分与で不利になると思ったのか、孤児の彼女よりも格下になるのを嫌がったのか、自然と縁談しようとする者は減った。

 だが結婚して七年後、彼女は二十歳という若さで土に還ってしまった。



 いい年して家出なんて馬鹿らしいと思う。妻を亡くし、泣いていた子供達を放っておいてまですることじゃない。だが考える時間が欲しかった。

 母親代わりの存在がいなくなったのだから泣くのは当たり前だ。泣いている子供達を見て胸が押し潰されそうになる感覚から逃げたかった。


 自分は何度目かも分からない生を受けた。何度も脳裏をかすめる膨大な記憶を抱えた自分はいつか帰ってくるはずの女神を待つ使命があるのだと思っていた。

 だから自分は未来永劫愛するのは彼女のみで、妻は自分との子供を産ませる為だけに作ろうと思っていた。なのにどうして体の弱い彼女を妻にしようと思ったのだろう。彼女に子供ができないと判断していたのになぜ二人目の妻を探そうとしなかったのだろう。


 色んな感情が浮き沈みするまま放浪した。進むにつれて自分の領地の境界を超えたのか戦場の痕跡が徐々に悲惨になっていく。自分は体を魔力で出来る限り強化しながら避けるべきところは避けて歩いた。

 このまま家に帰ればよかったのに帰りたくなかった。その理由すらわからないまま自分は孤児院から離れるために足を進めた。


 日が沈むと廃墟に寝泊まりをする。盗まれて困るものは今身に着けている服くらい。護身術は旧友から学んでいたので逃げれる自信はあった。

 そして夜も更け、早いがそろそろ眠ろうとしていた時、遠くから団体の足音が聞こえた。音からして全員男か、おおよそ近くの村か集落を襲うのだろう。自分の領地内でも盗賊はいるのだ。自分は火の粉が来ないようにその場から離れようとしたが、今自分がいる場所は跡からして最近燃えてしまった廃村である。この周辺にまだ人がいる村があるとは思えなかった。

 なにがあるのだろうかと興味本位で足音を潜めてついていくと、森や谷で入り組んだ場所まで進んでいく。日付が変わる時間になる頃にはようやく森が開け、集落が見えてきた。


 全員黒いマントで覆っていたのでその種族はわからないがリーダーらしき者が手を挙げる。すると三人ほどが炎の魔法を使ってランダムに家屋に火を放った。

 屋根は一気に燃え広がり、事態に気付いたのか慌てるように火事だと叫びながら住民が出てきた。周りの家も協力してバケツを用意して鎮火を試みるが、陰で待機していた集団はまたリーダーの合図によって抱えていた魔術が施された銃を持って皆殺しを始めた。村人の中には自分の魔法を使って戦おうとした者もいたがことごとく殺されてしまう。


 自分はその村が燃えていく様を遠目に見て立ち尽くしていた。

 人間の阿鼻叫喚を楽しむほど狂ってはいない。かといって自分の魔法はこの村人を救える程の力を持っていない。護身術はできても、戦士のような力は持ち合わせていない。自分は人好きではないが、なぜか自分の無力さを痛感した。


 親が撃たれたのか絶望した顔でその場にへたり込む狼の少年がいる。遠くには少年に向けて銃を構える人間の姿。

 自分自身【女神の夫】だという自覚はあるが世界中の人間が自分の子供だと思う傲慢な思考は持ち合わせていない。だが目の前の殺される子供を野放しにしたくなかった。

 体が勝手に動く。魔力を脚に込めて少年に向かって走り、少年の衣服を掴んで安全な場所に向かうと少年を地面に下す。少年は突然の衝撃に大きく咳きこんだ。

 自分は久しぶりに使った魔法のおかげで一気に体力が奪われ膝を付き血を吐く。こんな無茶をするんじゃなかった。


「ごほっ、げほっ!な、なんだこれ!?」

「……撃たれる寸前だったので移動させてもらった」

「す、すげぇな!じゃない!!フィーが!!フィラデルフィアがまだ生きてて!!」


 少年は他の者も助けろとせがむ。先程の絶望ぶりからこの慌てようだ。ようやく自分が危険に瀕した状況を理解したのだろうか。

 少年が指さす場所は村の外れにある井戸の近くだ。中途半端に人を助ける訳にも行かない。自分の生命力を魔力核に流すよう意識する。自分の心臓は今も尚鼓動を大きく打つ。


「落ち着け。分かったからそこでじっとしていろ」

「おじさん、あんた何者なの」

「……ただの旅人だ」


 自己紹介は後だと言って自分はまた走り出す。

 自分でもどうしてこんなことをしようとしたのか分からない。井戸のほうまで向かうと少年がフィラデルフィアと呼んでいたそれらしき少女もすぐに見つかった。父親らしき遺体の横で倒れており、彼女の顔は血にまみれ、両足は火傷で爛れている。

 念のため彼女の脈を確認すればまだ生きていることが確認できた。


「村人ではないな!?誰だ!!」


 村を襲った一人であろう男がこちらに銃を向ける。相手に返事をするほど自分は馬鹿正直な人間ではない。

 ありったけの魔力を使って少年の元へと駆けつけるとすぐに駆け寄ってきた。


「フィー!!生きてるのか、フィー!!」

「安心しろ、息はある。兎に角ここから逃げるぞ」

「みんなを置いてくのか!?」

「もう手遅れだ。お前だってそれを分かってこの少女を助けろと言ったのではないのか?」


 それに自分には生存者全員を助けられる程魔力も無いと言えば、少年は悔しがるも納得したようだ。まだ十にも満たないだろうに。


「聞き分けがいいな」

「オレだって、この火を消せる程の魔力はないから……」


 自分の限界を分かっているらしい。そうかと答え、自分は子供二人を抱えて走り出した。

 先程いた廃墟まで走り、ようやく自分らが休める所まで逃げ切れると二人はどっと疲労感が襲った。


「フィーは…」

「まだ眠っている」


 前世も含めこれまで多くの種族を見たが、竜人族を見たのは初めてだった。

 二つの大きな角と傷跡のように張り付いた鱗。少年曰く目は蛇のようだと言っていた。混血らしいが身体はいたって丈夫だという。文献には伝説上の種族だと記されていたが本当に実在していたとは。

 少年の魔法で水を用意してもらいお互いの喉を潤す。少女には手持ちの布に書いた治癒の魔術陣で応急処置を施した。

 混血にしては身体は丈夫だと少年は言うが、正直この火傷では切断しか助かる余地がないかもしれない。


 ふと孤児のリナリアのことを思い出す。一番に妻に対して気にかけていたのは彼女だったが、妻を亡くしてから彼女は殻に篭ったままだったはずだ。

 彼女の魔法なら少女の脚も治るだろうか。治るなら連れていきたいところだったが、自分の家なのに帰ることに躊躇う。


「どうしてここまで助けてくれたの」

「疑うなら何故俺に友人を助けろと言った?」

「……フィーが起きたら一緒に逃げようと思ったから……でもアンタは信用出来る気がする」


 聡明だと思っていたがどこかずれていた。子供によくあることだ。しかし少女がこの状態では逃げられないことは目に見えている。この国は魔獣こそいないが魔力で狂暴化した獣が時々現れるのだから猶更。


「ロイクだ。ロイク・フォン・カレンデュラ」


 一方的に自分を名乗ると、少年はお互いに自己紹介をしていなかったことを思い出し、ぼそりと自分の名を名乗る。


「……ウォルファング。こいつはフィラデルフィア」

「ウルとフィアか」

「俺はせめてウォルだろ…」

「ウルフだからな。意味は『旅する狼』だろう?」

「え!そうなの!?」

「親から聞いてなかったのか」


 じゃあフィーは?と聞かれると、自分はアレだと廃墟の外に生えているハルジオンを指さす。少年は戸惑いもなくその小さな花を摘み取り少女の枕元に置いた。

 もう寝ろと自分のマントを貸すとウォルファングはフィラデルフィアにそれをかけてすぐに眠ってしまった。


 余計なモノに懐かれてしまった。歩けるか分からない竜種の少女と狼の少年。このまま放置すれば二人の生存は絶望的だ。なのにどうしてか自分は孤児院でもある自分の家に帰る気になれない。


 母親代わりがいなくなり子供達は泣いている。使用人はいつ帰ってくるか分からない主人を待つことが出来るだろうか。自分が生まれる前から仕えているとは言え、下手したら地下の財を使おうとしているかもしれない。


 家には死んだ妻との思い出が多くある。夫婦の情があったとは言えないがその思い出がよぎる度に妻の声が聞こえてくる気がした。

 胸に込上がるこの感覚はなんだ?どうして自分は……。


「泣いてるの?」

「――!?」


 自分の頬に触れると涙を流している事に気付いた。袖で目を擦り誤魔化す。

 振り向くと、眠っていた少女が琥珀色の目をこちらに向けている。暗闇で見えないがその瞳だけは獣のように光っているので更に心臓に悪い。


「……脚は大丈夫なのか」


 治癒の魔術を施しているが化膿しないようにしているだけで痛みは引かないだろう。脚は激痛に満ちているはずだ。

 彼女は少し脚を動かすとしかめ面を浮かべる。


「痛い……」

「だろうな」

「おじさんは?どこか痛いんでしょう?」


 泣き叫んでもおかしくないのにこの子供は相当我慢強いらしい。痛みを我慢してまでこんな見ず知らずの他人にまで気にかける必要もないだろうに。


「それはお前の方が」

「私はお腹の中にお父さんもお母さんもいるから大丈夫。ウォルもいるから私は寂しくないよ。脚が痛いのもいつか治るのも私知ってる。痛いのは最初だけだって、お母さん言ってた」


 痛みは無くなっても脚が治る見込みがないなんて言えなかった。それに彼女はつい先程両親が死んだばかりだ。ある意味気味悪さを感じるが現実逃避か。


「きっと悲しいんだね……私も、ウォルがいなくなったら悲しいから…」

「俺は……」


 子供相手に何を悟られているのだろう。いや、こういう時だけ何故か子供の方がやたら何かを悟っていることは自分が良く知っているではないか。

 少女は眠たそうにぱちぱちと瞬きをする。その彼女の姿が妻の最期が重なり思わず彼女の手を握った。脈はきちんと動いている。


「ここまで、助けてくれたのおじさん?」

「……あぁ」

「ありがとう……ウォルは私の弟だから……」


 彼女の隣で少年はぐっすり眠っている。少女はかけられていたマントを持って少年に寄り添い、少年にもマントをかけた。


「弟か……」

「本当の弟じゃないよ。でも大好きなの。おじさんはいないの?大好きなひと」

「いや……」


 どうしてか頭によぎったのは亡くした妻の顔だった。自分の顔を見て何を思ったのか少女は手を握り返した。


「……助けてくれたお礼に……私とウォルがおじさんと一緒にいてあげる」


 そう言うと彼女は寝息を立ててそのまま眠ってしまった。彼女の穏やかに眠る姿を見て心底安堵していた。少年は無意識なのか少女の服の袖を掴み彼女の名前を呼ぶように寝言をつぶやく。本当の姉弟のようなその光景に頬が少し緩む。


 自分はかつて彼女の体質を克服できないか模索していた。学院で医学を学んでまで妻をどうにかして延命できないかと考えた。だが自分はそれくらい。


「愛していたのか……俺は……アイツを……!」


 今まで認めたくなかったはずなのに、すんなりと受け入れてしまっている。

 ただの幼馴染だったはずなのに、結婚して七年も経てば兄妹愛も妻に向ける愛情に変わってしまうのだろうか。

 今更気付いた所で彼女はもうここにはいないのに、ろくに愛せなかった自分の愚かさがとても憎かった。



―――



 次の日自らの腹をくくり自分の家でもある孤児院に帰ることにした。数日かかると思っていたが半日でたどり着いた。今までの放浪では気が動転して方向感覚まで狂っていたのだろうか。


 計二週間に及ぶ放浪は使用人のマーガレットにこっぴどく叱られるも、妻の死に耐えられなかったこと、子供達への精神のケアで疲れていたことで泣く暇すらなかったということでお咎めなしとなった。

 まだ癒えていない子供がいる中で無理をさせてしまったのは申し訳なかったが、わざわざ数年も会っていない旧友にまで連絡する必要はなかったと思う。


 念のため旧友には手紙を届けると返事は早く来た。内容は我が妻が亡くなったことに対する気にかけと、もうじき帝都に収集がかかるので内乱は収まるだろうという内容であった。(お互いの約束で届いた手紙は読むとすぐに焼却処分した)


 子供達は泣きながら自分に抱き着いてきた。自分はこの子らとまた向き合えるだろうか。


「アンタが貴族だなんて知らなかったんだけど」

「きぞくって何?」

「俺たちよりも偉い人」

「間違いではないが」


 王都にいた頃を思い出して内心舌打ちする。

 自分が言えたことではないがこの国の貴族は腐っている。自分は経営のほとんどを協会で勤めている平民らに任せ報告だけ聞いているが、そんな平民のことを考えている貴族はごく一握りだ。特に王都に住まう貴族は酷く、自分の知る限り平民らの評判は良くない。

 しかしウルがそんなこと知っているなんて余程その土地の領主も酷かったのだろうか。隣の領地だがほとんど交流がないので噂程度にしか知らないが粛清の波に合わせて処分されたはずだ。二人が住んでいた場所が襲われたのも領主がいない隙に襲った可能性もある。


 孤児院から帰ってきたとき子供を二人も連れてくるなんて急な話だったので、初日だけは二人は医務室に寝かせたが次の日以降はウルだけ男子の部屋に入れた。人間関係では問題ないようで安心した。

 そして今はフィアの脚にリナリアが治癒の魔法をかけている。自分も見てみたいと言っていたのでウルもそばにいた。

 傷が酷いのでリナリアには目隠しをさせてやることも考えたが、本人がやりにくいということで痛々しい傷を見せざる得なくなった。リナリアは傷を見て顔をしかめたが問題なく治癒に当たっている。


 改めてフィアの顔を見る。身綺麗になった姿を改めてみると、その顔は竜人族であることを除けば女神の顔によく似ていた。

 妻への愛を自覚させたのが今まで求めていた女神に似た少女だなんて皮肉なことだ。しかも比較的発育は良いがウルと同じまだ九歳の幼女で記憶もなさそうだし女神本人かも分からない。


「言ってなかったからな。因みに、名前に『フォン』が付く奴は古い家の出が殆どだ。自己紹介の時は気を付けるんだな」

「……貴族って贅沢してる悪い奴らだと思ってたけど、アンタみたいな人もいるんだな」

「そうなの?」


 フィアに余計な知識を入れるな。

 しかし同郷のくせにフィアは何も知らないのだろうか。


「否定したくないが違う。政治のことは読み書きができるようになったら教えてやる。いずれ意味もなさなくなるだろうが、知識として学んでおいて損はない」

「勉強」

「そうだ。字の書き方や読み方、足し算に引き算、掛け算、割り算。あとテーブルマナーに」

「よくわかんないけど、大変なのは分かる!」


 フィーの反応に「じっとして」とリナリアが咎めるとフィーも大人しくなる。リナリアの魔力量とフィアの体力には限界がある。この様子ではフィアが歩けるようになるまでには少々時間がかかりそうだ。

 街にいる医者を呼んで診てもらえば、毎日リナリアの魔法をかければ治るだろうとのことだ。切断するまでに至らなかったのはよかった。


「と、父さんは贅沢もしないし、悪い人じゃない……」

「ロイはいいけど、アンタは信用できない」

「――っ…」


 ウルの言葉に一瞬、リナリアの水色の瞳が灰色に揺らぐ。彼女の変化に一瞬自分は身構えるも、先に動いたのはフィアだった。

 「ウォル!」と彼の方を見るが未だ傷が完治していない状態で床に足をつけるのですぐに悶絶してしまった。


「ったぁっ!?」

「フィア、落ち着け。それと今のはウルが悪い。後で俺の部屋に来い」

「なんで!!」


 ウルは納得してないらしい。正当化しないと気が済まないタイプの人間なのだろうか。理由は後で聞くつもりだが今はウルを医務室から追い出し、使用人に任せておく。

 リナリアは魔力の限界か魔法をやめて医者が作った湿布を張り、新しい包帯に巻きなおした。


「魔法も、包帯を巻くのも上手くなったな」


 リナリアはそれに頷き、包帯の切れ端を専用のピンで止めた。そして巻き終わった彼女の脚に触れる。


「……母さんを助けられなかったから……誰かが死ぬのは怖い」


 自分と妻はリナリアの実の親ではないが彼女からすれば自分と我が妻は育ての親だ。

 フィアをベッドに寝かせると自分はリナリアと共に医務室を出る。フィアは動けない状況に不満をこいたが大人しくベッドに入ってくれた。


「……迷惑かけたな」


 二つの意味で。一番精神的にひどく傷付いたのは孤児院にいる子供達の中で彼女だろう。ここに来る前の境遇もあり彼女は妻にべったりと甘えていた。

 彼女は首を傾げ、少し考えてから首を横に振った。


「……私は、父さんのこと悪くないと思うよ。えっと……その……」


 彼女なりに何かを伝えようと言葉を探している。

 引っ込み思案で自分の言いたいことはあまり言えなかったはずなのに、自分がいない間に成長していた彼女に目を見開く。


「もう戻らないなら、忘れなきゃいいんだよ。――いろんなこと、忘れちゃったらもっと悲しくなっちゃうから。母さんも、きっと悲しむから……」


 リナリアは水色の瞳をこちらに向ける。思い出すことが悲しくてもほんの数年共にいてくれた育ての母を忘れたくないのだろう。

 そして彼女の瞳は灰色に変わる。


「ここに連れ来てくれてありがとう。お父さん」


 自分は『愛してる』をようやく思い出した。


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