第32話 思い出の味

 二時限目から授業に参加し、午前の授業をすべて終えお昼休みになった。

 鞄からお弁当を二つ取り出し、美咲と一緒に誠一達のクラスを目指す。


「それがお弁当かぁー。サイズが違うんだね」

「うん。私と同じ量だと物足りないと思うから」

「よくわかってるねー。武人も沢山食べるから私も大きいの作ってるよー」


 男の人はよく食べるね! といった他愛もない話をしながら歩いていると、あっという間に誠一達のクラスに着いた。


(今更だけど、緊張してきた。ちゃんと食べてくれるかな?)



 美咲がいつものように元気良く挨拶しながら教室へ入っていく。そんな美咲の後を控えめな挨拶をして私も教室に入る。

 

「お、早かったな」

「早くアタシに会いたいと思って」

「ああ、腹減ったからな」

「お弁当目当てだなんて最低!」

「体目当てみたいに言うな!」


 いつもと変わらないやり取りをしている美咲と海原君を見ていると、誠一が「購買行ってくる」と声を掛けてきたので慌てて呼び止める。


「待って、誠一!」

「ん? どうした」

「どうした? じゃなくて、なに購買行こうとしてんのよ」

「購買行かないと昼飯が無いんだよ」

「まったく、昨日言ったでしょ? お弁当作ってきてあげるって」

「え、本当に作ってきたの?」


 信じられないといった表情をする誠一に少しイラッとしたが、今は怒ってる場合ではないとイラつきを抑え込む。

 そして誠一をいつもの席に座らせた後、目の前にお弁当を置いてやった。

 すると、「おお、マジか」と声を漏らしながら、怪訝な表情で私に向き直る。


「まさか本当に作って来るとは思わなかった」

「毎日購買じゃ元気出ないでしょ」

「それはありがたいけど……」

「またウジウジしてる! アンタらしくもない。素直に貰って食べなさい!」

「……ああ、ありがとう」


 無理やり納得させて私もいつもの席へ座る。

 私達のやり取りを見ていた海原君が誠一に話しかける。


「お前より真希ちゃんの方が大人だな」

「なんだよ、武人まで」

「俺もずっと思ってたから言わせてもらうけど、マジで最近のお前は暗すぎだ」

「……悪かった」

「確かに真澄さんの事は悲しい出来事だったと思う。だけど悲しいのがお前だけだと思うなよ?」

「……わかってる。一番悲しいのは真希だって。でも……」

「でも?」

「……いや、何でもない、忘れてくれ」

「なんだよそれ。ま、いつでも相談に乗るからそん時は頼ってくれよ」

「ああ、ありがとう」

 

 男同士の友情を目の当たりにして、男はやっぱりクズだけじゃないんだと感じた。

 

 それよりも、誠一が元気がない理由がお姉ちゃんだけじゃないだろうという事が分かった。だけど、それが何なのかが分からない。親友である海原君にも話さないのなら、私なんかには話してくれないだろう。こういう時に力になれない自分を嫌いになりそうになる。


 重い空気を察したのか、美咲が元気に声を上げる。


「とりあえずお弁当食べようよー、お腹空いたー」

「そうだな、飯食おうぜ」

「ええ、そうね」

「ああ」


 それぞれ「いただきます」と言って食べ始める。

 当然といえば当然だが、私と誠一のお弁当の中身が一緒の事を海原君に揶揄われる。


「随分気合入った弁当だな」

「そ、そんな事ないわよ。いつも通りよ」

「そっかぁ? どう思う誠一――」


 海原君が誠一に話を振って誠一に顔を向けると、誠一がお弁当を見つめながら涙を流していた。


「ど、どうしたんだ? 誠一」

「もしかして口に合わなかった?」

「ダイジョブ誠一ー?」


 それぞれ声を掛けるが、返事が返ってこず、誠一は顔を俯かせて身体を震わせている。


 どう声を掛けていいか分からず、しばらく様子を伺っていると、誠一がポツリと声をこぼした。


「……真澄さんの……味だ」

「「?」」


 美咲と武人がなんにことか分からず首を傾げているが、私には理解わかってしまった。

 お姉ちゃんとのデートの時に誠一が食べたお弁当は私が作った物だ。お弁当を食べて、その時の記憶が浮かんだのかもしれない。


「このお弁当……真澄さんのと同じ味がする……」


 (どうしよう、どう答えれるのが正解なの?)


「なぁ真希、このお弁当作ったのはお前なのか?」


 涙が流れ、真っ赤になった瞳を向けて聞いてくる。

 正直に答えるか、それとも――


「私が作ったに決まってるじゃない。もしかしてお姉ちゃんが~とか思ったの?」

「そう……だよな。そんな訳ないよな」


 (ああ、もう! こうなったらヤケだ!)


「っていうか味が一緒なのは当たり前よ。デートの時のお弁当は私が作ったんだから」

「――――え?」


 私がそう言うと、誠一の目が大きく開き驚いていた。


「実はお姉ちゃん料理が出来なかったのよ。それなのにデートにお弁当作って持っていくなんて言い出して……。一応作り方教えたんだけど上手く作れなくて、結局私が代わりに作ったの。……ごめんなさい、お姉ちゃんとの思い出なのに!」


 勢いよく頭を下げる。誠一の反応を見ると、やはりというか、困った表情をしていた。


「あの時食べたお弁当は真希が作ってたのか……。なら同じ味なのも納得だな」

「本当にごめんなさい」

「いいよ。っていうか俺の方こそいきなり泣き出したりして悪かった。武人と美咲もびっくりさせてごめん」


 涙をゴシゴシと拭き取った後、誠一が謝る。美咲達は「気にしないで」と言って、いつも通りに振る舞う。

 私はどう振る舞おうかと考えたが、最初の目的通りに接する事にした。


「それでどう? 私のお弁当は美味しい?」

「ああ、真澄さんにも言ったけど凄く美味しいよ」

「だったら明日以降も作ってきてあげる」

「いや、それは流石に迷惑じゃないか? 俺が自分で作ってくれば済む話だし」

「なら本当にお弁当作って来れるの? 朝は忙しいんじゃなかった?」

「いや、えっと……」

「ほら! どうせウジウジ考えて時間無くなってるんでしょ」

「うっ!」


 やっぱりお姉ちゃんの事考えてウジウジしてただけじゃない。だったら私がそんな事考えられないくらい誠一に構ってあげるんだから!


「出来ない事は口にしない! 明日も私が作って来るから!」


 少し強めに言うと、誠一は観念したのか、「……おねがいします」と言ってお弁当を作って来る事を了承し、約束した。



 夜になり、ベッドへ倒れこむ。

 

(昼間はああ言ったけど、私も人の事言えないのよね)


 習い事から帰ってきて、すぐにベッドにダイブする程に身体が疲労を感じている。

 

(そういえば、お祖父さんの事聞くの忘れちゃったわ……ね)



 そのまま意識を手放し、眠りについてしまった。

 次の日、寝坊した私は、早速誠一との約束を破ってしまった。

 

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