第10話 口調と態度

 橘 美咲たちばなみさき。武人の彼女であり、唯一の女友達だ。「こんなところで珍しいじゃん」と言いながら近づいてくる。見た目は金髪ロングでピンクのシャツに超ミニのスカート、腰にはカーディガンを巻いているといったザ・ギャルの恰好をしている。人当たりも良く物怖じもしない。だが、人が踏み込んでほしくない事には絶対に踏み込んでは来ないという気配りも出来る。

 そんな気配りの出来る美咲が、明らかにデート中の俺に話しかけて来た事に違和感を覚える。


「美咲じゃないか。もしかしてデートか?」

「うんや、今日は普通に友達と遊びに」

「そっか。またな」

「いやいや、逃がさないよ?」


 「じゃあな」と言って踵を返すとがっしりと腕を掴まれた。


「なんで誠一と真希が一緒にいんの? っていうか真希が今日断ったのってそういうこと?」

「いや、これは……えっと……」


 付き合っている事は内緒だし、そもそも美咲が今日の遊びに神宮寺さんを誘ってたというのにも驚いて何て答えればいいか迷っていると、神宮寺さんが俺の前に出て顔の前で手を合わせた。


「ごめん美咲、実は誠一と付き合ってるんだ」


 とあっさりと秘密を暴露した。おまけに口調も変わっている。


「え? マジで!? いつから付き合ってんの?」

「付き合い出したのはつい最近で、今日が初めてのデートなんだよね」

「うっわー、それじゃあアタシ邪魔しちゃったね」

「ううん、気にしないで」


 美咲は俺にも「ごめんね」と言って手を合わせた。


「っていうか、彼氏は作らない宣言してたのにどういう風の吹き回し?」

「まぁ、話せばながくなるんだけど――」


 そう言って神宮司さんは俺達の出会いを語り出した。もちろん、条件などの秘密を除いて。

 しかしこうして口調の変わった神宮寺さんを見ているとまるで別人みたいだ。

 いやいや、口調が変わったからなんだって言うんだ! 俺だって武人と話してる時と神宮寺さんと話してる時の口調は変わるんだ。友人と恋人で口調が変わるのは自然なことなんだろう。


 話を聞き終えた美咲は腕を組み、何故かうんうんと頷いている。


「そっかそっか。真希も乙女だったってことだね~」

「ちょ、乙女とか言わないで!」

「でも初めて会った時の真希からは信じられないよ。まさか運命とか言い出すなんて」

「それは……まぁ」

「でもピンチを助けられたらキュンとキちゃうのは分かるかなぁ」

「でしょでしょ?」

「ま、助けたのが誠一っていうのも誠一らしいし」

「そうなの?」

「コイツは昔っから格闘技バカで曲がった事が大嫌いだったからね」


 言いながら美咲は俺の肩を叩く。

 

「でもやっと誠一にも春がきたんだね~」

「揶揄うなよ」

「だってずっと女の子に興味無い感じだったじゃん」

「え? そうなの?」

「そうそう。ずっと友達紹介してたけど全部「興味ない」って言ってたしね」

「そうなんだ~」

「美咲、余計な事言うなよ。っていうか友達待たせてるんじゃないのか?」


 忘れてた! といった表情でスマホを確認すると、踵を返して「それじゃまたね!」と友人達の元へ戻ろうとする。

 やっと解放されると思いきや、神宮寺さんがそれに待ったをかけた。


「待って美咲! もう少しだけ話しておきたい事があるの」

「でも結構待たせちゃってるから明日学校で聞くよ」

「お願い、美咲」

「…………」


 神宮寺さんの真剣な呼びかけに、美咲はスマホを操作し始めた。

 操作が終わったらしく、スマホを仕舞いながら美咲は近くのベンチを指差した。


「少し遅れるって連絡したから。話すなら落ち着いて話そ」

「ありがとう」


 神宮寺さんを真ん中に俺達はベンチに腰掛けた。


「無理言ってごめんね」

「別にいいって。それに……真希のあんな真剣な表情なんて初めて見たしね」

「ありがと」


 コホンッと一つ咳ばらいをして、神宮寺さんは美咲と向き合う。


「実はお願いがあるの。私達が付き合っている事は内緒にして欲しいの」

「……」

「前に実家が厳しいって話はしたでしょ? それで誠一の事はバレたくないんだ」

「バレるとどうなるの?」

「……多分二度と会えなくなる。学校も辞める事になるだろうし」

「それって家が厳しい事と関係してるってこと?」

「……うん」


 美咲は考える様な仕草をすると、ひとつ頷いた。


「分かった、秘密にするよ。色々疑問はあるけど、そこには目を瞑るよ」

「ありがとう! あっ、でも海原くんには話しても大丈夫だよ」

「えっ! いいの?」

「実は――」


 告白の返事の時、武人が偶然通りかかり、秘密に巻き込んでしまった事を話す。


「そういうことかぁ。まったくアイツはタイミング悪いんだから」

「まぁまぁ、彼氏のこと悪く言っちゃダメだよ」

「……真希がそれでいいなら文句はないケドさ~」

「ごめんね、無理言っちゃって」

「別にいいよ。人間誰しも秘密の一つや二つあるってもんでしょ!」


 そう言って「私も武人に秘密にしてることあるしね」と笑う。


「そうだ! 秘密の共有仲間になった証じゃないけどコレあげる!」

「ココア?」

「そ。アタシの大好物をあげる。後で飲もうと思ってたんだけどね~」

「そっか、ありがと」

「お礼はいいって。他にはなにかある?」

「ううん、話したかった事は話せたかな」

「そっか。安心して、アンタ達の事は誰にも話さないからさ」

「うん、ありがとう」

「んじゃアタシは皆の所に戻るね」


 また学校で! と言って美咲は友人達の元へ走って行った。

 美咲が居なくなった事でやっと二人きりになった。

 これでやっとデートが再開出来ると思い、神宮寺さんを見ると、さっきまでとは打って変わって落ち込んでいるような感じで俯いていた。


「どうしたの?」

「あ……えっと」


 手をモジモジさせながら、恐る恐るといった感じで口を開く。


「……驚かれましたよね」

「あぁ、口調のこと?」

「はい……それに態度も」

「最初は驚いたけどさ、俺だって神宮寺さんのまえと武人のまえじゃ口調とか変わるし、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」

「ほ、本当ですか?」

「俺は嘘は言わないよ」

「幻滅されたらどうしようかと不安でしたから、凄く嬉しいです」


 安堵したのか、ふぅっと息を吐いている姿が可愛い。

 

「誠一さんはどちらの私が好みですか?」

「ん~、好みというか、どっちでもいいかな」

「それって……」

「あ、勘違いしないで! 美咲と話してる時と、俺と話してる時の口調や態度こそ違うけど、神宮寺さんは神宮寺さんじゃない? だからどっちが好きという括りではないかな。強いて言えばどちらの神宮寺さんも好きです」


 口調や態度が変わろうが、俺が運命を感じたのは神宮寺さんという一人の女の子なんだ。外側じゃなくて内側が神宮寺さんであれば外側なんて気にしない。


「……凄く嬉しいです。私もそう言ってくれる誠一さんが大好きですよ」

「あ、ありがとう」

「…………」

「…………」


 見つめ合い、沈黙が流れ、お互い顔が紅潮していく。何気に面と向かって『好き』と伝えあったのは今のが初めてだ。付き合う時、神宮寺さんから『好き』とは聞いていなかったし、今日まではメッセージの中だけのやり取りだったので、面と向かって言われると気恥ずかしい。

 恥ずかしさを誤魔化すために辺りを見回しながら立ち上がる。


「つ、次は何をしましょうか? 何かやりたい事はありますか?」

「……えっと、申し訳ないのですが、今日はもう帰りませんか?」

「っ!?」


 何か不機嫌にさせてしまったかと狼狽えていると、「違うんです」と説明を始めた。


「ここは結構メジャーな様なので、美咲みたいに他の友人や知り合いに見つからない様にしたいなって」

「そ、そういう事ですか。確かに美咲達以外にも同じ学校の奴等が居ても不思議じゃないですからね」

「はい、なので今日は……」

「分かりました。今日はもう帰りましょう。結構楽しめたし、何より手作り弁当食べられたので俺としては大満足です」

「ふふ、ありがとうございます」


 施設を出て朝の集合場所まで戻り、そこで今日のデートは終了となり解散した。

 また襲われたら大変だから送っていくと申し出たが、「タクシーを使うので大丈夫ですよ」と断られてしまった。


 その日の夜、昼のデートを思い出して幸福感を感じているとスマホにメッセージが届いた。差出人は美咲からで、「明日話があるから」とだけ書かれていた。

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