無料ガチャ023回目:義母達の談笑

「はぁ、今日も大変だったわ……」


 ミキは自室のソファーに倒れ込むと、盛大にため息を吐いた。

 目を閉じて浮かび上がるのは、『初心者ダンジョン』全域に通達された告知で、協会がパニックになった事件だ。

 告知自体は二度目という事もあって、一度目のように蜂の巣をつついたような大騒ぎにはならなかったけれど、第三層で起きるとは誰も想定していなかったのと、『山の神討伐』というパワーワードに情報が錯綜し、初動が遅れてしまった。

 更には、情報の収集と事態の収拾に動き出した矢先、想定以上の速さで戻ってきた彼らの手には、『秘宝』というこれまたとんでもない爆弾もあって……。詳細の聞き取りと動画の公開、更には当日中に各協会への連絡に後始末と奔走し、協会とダンジョンの両方を落ち着けるのに2日も掛かってしまった。


「ふう、思い出すだけで頭痛が……」

『……!』

「あら、アクアちゃん。ありがとう」

『!』


 ミキのおでこをひんやりとした手でそっと撫でるのは、義理の息子から貰った水ゴーレム。

 アクアと名付けたそのゴーレムは、今ではミキにとってなくてはならない存在となっていた。娘たち同様、仕事柄ペットを飼う時間的余裕がなく、家に帰っても一人という孤独な生活だったが、アクアの存在で彼女の生活は一気に華やいだ。娘達に彼らのお世話や教育の仕方を教えてもらい、すぐにアクアには家事や掃除などを学ばせた。

 今では、昔の趣味だったガーデニングもアクアのお世話により復活し、瑞々しい輝きと香りが部屋を彩っている。


「あ、そうだわ。アクアちゃん、これにお酒を注いでくれる?」


 ミキは娘が絶賛していたお土産をテーブルに置いた。


「いつものやつで良いわ」

『!』


 娘曰く、この器に注いだ酒は、いつもより美味しくなるのだとか。アキのお酒好きは、間違いなく私に似たのだろうが、耐性面までは引き継がれなかったらしい。その為アキとはお酒を飲み交わそうにも、すぐに潰れてしまうのを残念に感じていた。


「そこに来て『酒耐性』ねぇ……。お土産は盃だけで十分と言ったら、結局あの子が余ってたスキルも使って……『酒耐性Lv4』になったのだったかしら? スキルの力を借りれば、長時間の飲みにも付き合ってくれそうね」

『!』


 アクアが安物のワインを杯に注ぐ。


「ありがとう。……確かに、いつもより味わい深くて、美味しく感じるわね」


 娘のハイテンションっぷりを思い出し、頬を緩める。


「……あ、そうだったわ。連絡しなきゃ」


 お土産の件で大事な用事があったことを思い出した。

 そのまま盃とお酒を持って連絡用端末の前に座ると、アクアが鞄を持って来てくれる。そして手慣れた操作で電話を掛けると、数コールのあとモニターには一人の美女の姿が浮かんだ。友人であり後輩であり、気の抜けない取引相手でもある、通称『極東の魔女』サクヤだ。


『こんばんは、ミキ姉さん。お疲れみたいですね』

「ごめんなさいサクヤ、待たせちゃったかしら」

『ふふ、事情は把握しています。私達の息子が頑張ってくれたんですもの。面倒ごとは私達が喜んで処理するべきでしょう?』


 サクヤとは昨日、緊急の支部長会議で顔を合わせたばかりだ。

 支部長会議とは本来、事前に集合する日程を決めて計画的に行うものである。だが、息子がダンジョンに潜るたび何かしらの事件や事象を引き起こすため、最近では4日ごとに開催されるようになっていた。更には、息子達がダンジョンに入る期間を共有しあい、いつ何が起きても良いように、即座に会議を開けるよう連携を密にしていた。

 そして今日は、会議とは別の……同じ息子を持つ義理の母として話があるということでサクヤを誘っていたのだ。


「私たち支部長を振り回すなんて、とんでもない息子がいたものよ」

『ふふ、元気なのは良い事ではないですか。あの子が成果を出してくれているだけで、私はとても幸せな気持ちになれます』

「……彼が色々と発見してくれるのは嬉しいけど、規格外すぎる成長スピードのせいで行動範囲が読めないのは難点だわ。次は何をしでかすやら……」


 いつもの凛とした姿勢ではなく、砕けた口調で愚痴を零す。サクヤが昔ながらの友人関係であるからこその態度だった。

 もちろん、気の抜けない部分はある為、そこは気を付けているが。


『もう、ミキ姉さんったら。そんなの決まってるではないですか。残るは第五層だけですよ』

「それもそうね。今度はあの、レベル上げには不向きな終の層か……。ねえサクヤ、あの階層が最後で間違いないのよね? うちの子達で調べた限りでは、奥へ続く階層は見つかってないのだけど」

『ええ、私も秘密裏に部下を遣わせましたが、第五層が終点なのは間違いないそうです』

「……やっぱり独自に調べてたのね。そんなの派遣してたなんて聞いてないんだけど」

『ふふ、言ってませんでしたから』

「前に聞いた時ははぐらかしてたじゃない」

『今は同じ息子を持つ仲ですから』


 画面の中のサクヤが微笑んだ。


「今だから聞くけど、サクヤあなた、スキルの重ね掛けで生まれる『Ⅱ』や『Ⅲ』の存在は知っていたでしょう」

『ええ』

「『レアⅡ』や強化体も」

『そちらについては、今年に入ってようやく確証が得られたところでした』

「……はぁ。そもそも、『レアⅡ』などの上位モンスターは、軒並みスキルの『Ⅱ』や『Ⅲ』なんかの上位互換をもってるものね」

『ああ、ミキ姉さん。そこは少し勘違いがあります』

「え?」

『おかしいと思いませんでしたか? 『モンスターブレイク』……今で言うところの『スタンピード』で、『上級ダンジョン』の深層から溢れ出た、数百レベルのモンスター達。私達が倒した時、彼らが持っていたスキルは無印だったでしょう?』


 ミキは過去の出来事と、その時に対面したモンスターのデータを思い出す。

 確かにサクヤの言うように、あのモンスター達のスキルは無印ばかりだった。


「……確かにそうだわ。どういうこと?」

『実は、彼ら深層のモンスターもスキルの『Ⅱ』や『Ⅲ』などの上位互換を本当は持っているのです。ただ厄介な事に、『鑑定』で覗いた術者が『Ⅱ』や『Ⅲ』などの重ね掛け知識を持っていなければ、ただの無印に見えてしまうし、ドロップも無印になる。そういう困ったカラクリがあるようなのです』

「なんですって!? じゃあ、今データベースにあるレベル100オーバーのモンスター達のデータは……!」

『ええ。ほとんど、再チェックが必要でしょう』

「とんでもなく重要な情報じゃない……!」


 その情報の重要度と、黙っていたサクヤに文句の一つでもと思った所で、ミキは自身の思考に待ったをかけた。どうやって、その事実に気付いたのか。


「……もしかしてだけど、今の情報、つい最近発見したの?」

『ふふ、その通りです。これはつい数日前に確証を得たばかりの新事実なんです。私達の息子が重ね掛けの秘密を公開して1ヵ月と少し経過しましたよね。それよりも以前に、重ね掛けの秘密を知らない者に調べさせたレアモンスターのステータス情報がありました。そしてつい最近になって同じ者がそのレアモンスターと再戦した際に、スキルが明らかに異なっている事に気付いたようなのです。あとはその情報を元に他のレアモンスターや他のダンジョンにも人を送って調べてみれば、新規情報が出るわ出るわで……。本当に大変でした』


 サクヤが疲労感を湛えた仕草でため息を吐く。

 その仕草だけで、一体何人の男を魅了してきたのやら。


「なるほどね……。なら、その件で私から言うべきことは一つよ。よく調べてくれたわね」

『ふふ。ありがとうございます、ミキ姉さん』


 これはまた別件で忙しくなるわ……。

 ミキは頭を抱えた。


「はぁ……。でもサクヤ、あんまり陰でコソコソと動いていると、彼に愛想をつかされるかもしれないわよ。気を付けてね」

『勿論です。あの子の扱いには細心の注意を払っていますから』

「そう? なら良いんだけど」

『!』

「ああ、アクアちゃんありがとう」


 新たに注がれたワインを飲みつつ、ミキは彼に初めて会った日の事を思い出していた。

 傍から見れば親バカな行為で最初は邪険に扱ってしまったけれど、あの時の自分の行いは問題なかっただろうか。今はそれなりに良好な関係を築けているはずだけれど……と、お酒が入った事で、ミキは少し不安を感じてしまっていた。


『あら、ミキ姉さん。変わったグラスを使われていますね』

「ああ、これ? ……んー、まあ良いか。これは息子からのお土産なの。種別はアーティファクトで、品格はレガシー。注いだお酒の味がワンランクアップするそうよ」


 サクヤの目がピクリと動いたのをミキは見逃さなかった。

 彼女は、こういった珍しい品をなにより好むのだ。


『まあ、素晴らしい逸品ですね!』

「でしょ。それであの子ったら、私に渡す以上サクヤにもプレゼントをあげたいと言ってたわ」

『まあまあ。なんて良い子なんでしょう……!』


 サクヤが画面の中でうっとりとしていた。


「今回呼び出したそもそもの理由も、そこにあるのよ。サクヤが何を喜ぶか分からないからって、彼からはプレゼントの候補になりそうなリストを2つ渡してもらったわ。まずは余ってるというスキル一覧のデータね。これは今から端末に送るわ」

『ありがとうございます』

「もう1つのリストには、オーク種の高級お肉などの食品を始め、雑多に武器やらなにやらが並んでるけど……。一応、その中に非常識だけど、貴女が喜びそうなものがあるわ」

『非常識ですか? ふふ、気になりますね。教えてください、ミキ姉さん』


 その日、妖しい笑みを浮かべたサクヤは、2つの『固有ユニーク』ランクのを、息子からのプレゼントとして受け取ったのだった。

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