ガチャ205回目:初めての

「……!!」

「……! ……!!」


 声が、聞こえる。

 その声に耳を傾けていると、暗闇へと落ちた思考に光が差し込み、次第にその声の主の姿が見えてくる。


「……ああっ、旦那様!」

「ショウタさんっ! よかった、目が覚めて……」

「……?」


 なんだ? 何がどうなっている。なぜ二人は泣いているんだ。

 それに……身体もうまく動かせない。俺の胸で泣く二人を慰めたいのに、満足に腕一つも動かせやしない。呼吸も辛いし、頭に靄がかかったようで……。ハッキリとしない、妙な感覚だ。


「俺、は……」

『ゴゴ!』

「エン、キ……?」


 見るからにボロボロの姿となったエンキの姿に、更に心が騒めく。身長もかなり縮んだように思えるし、一体何が……。


「ショウタ君。これ、飲める?」


 視界に小瓶が映る。これは確か、以前に回収した宝箱から出た回復ポーションだったか。使う機会はないと思われてたが、これを使わなければならないほどの事態なのか?


「アキ……」


 ポーションを持つ手を辿ると、そこにはアキの姿があった。泣いてはいないが、気丈に振舞う彼女の姿に、再び心を揺さぶられる。こんな顔をさせているのは、間違いなく自分なのだろう。不甲斐なさに嫌気がさすが、まずは俺が元通りにならなければいけない。

 だが、起き上がることすら出来ないこの身体では、満足に薬一つ飲む事すら難しかった。


「飲ませて、くれる?」

「もう、しょうがないんだから……んっ」

「ん……ごくっ」


 口移しで薬を飲ませてもらう。

 すると次第に、霧がかった思考が晴れていく。


 俺は確か……。


「そうだ、あのレアモンスター。『ラミア』は?」

「倒したわ。あたし達全員で」

「倒し、た?」


 俺は奴の攻撃を受けて、一瞬気を失ったのだと思っていたのだが、違った。

 戦闘が終了してもなお、目を覚まさなかったのか。


「俺は……いや待て、アイラはどこだ」

「……こちらです」


 隣に視線を向けると、疲労困憊といった様子のアイラが横たわっていた。幸いにも外傷らしきものは見当たらないが、ここまで疲弊している彼女を見るのは初めてだ。『エンペラーゴブリン』戦でも、ここまで辛そうにはしていなかったはずだ。


「よかった、無事で」

「ご主人様……。帰ったら、お説教ですから」

「……わかった、甘んじて受けるよ。一体、俺に何があったんだ」


 意識ははっきりとしたが、まだ体に力が入らない。首を動かす事すらままならないが、俺の身体は本当に無事なのか?


「アイラさんは疲れてるから、あたしが代わりに伝えるわ。ショウタ君は『ラミア』の『邪眼』を受けたの」

「そこまでは記憶にある。一体何の『邪眼』を受けたんだ?」

「『石化の邪眼』よ」

「『石化』!? じゃあ、俺は」

「そう、全身が石になってたの。唯一の救いは、術者が死ぬと解けるか、効果時間のある類の術だったんでしょうね。そうでなければ、ずーっと石のままだったかもしれないわ」


 なんだよ『石化』って。『オロチ』の『麻痺』に続いて初見殺しにもほどがあるだろ。蛇こわ……。

 アキが手鏡を取り出して見せてくれる。すると、俺の首筋から肩までは正常だが、その先が全て灰褐色に染まっていた。地肌も、服も、鎧も。何もかもだ。

 すすり泣くマキとアヤネが鏡に映るが、彼女達は俺の胸の上にいるはずなのに、重みも温もりも何も感じないのだ。……これは、相当やばい状態だな。


「ショウタ君、安心して。アヤネの治療の甲斐あって、徐々に治って来てるから」


 そういってアキが示した先。石と生身の境界線が、徐々に……。本当に徐々に変動していっていた。この速度だと、完全治療に30分くらいかかりそうだな。でも、回復してくれて良かった。

 頑張ってくれたアヤネには感謝してもしきれないな。


「もしも、『石化』が治らなかったらどうなってた?」

「石像となったショウタ君を抱えてダンジョンの外に脱出して、完全治療の出来る高位の魔法使いを呼んで治療してもらうしかなかったわ。もしくは、『回復魔法』のスキルを搔き集めてアヤネに覚えさせるとかかな……。こっちの方がまだ現実的かも」


 それは……下手すると数ヶ月単位で石化し続ける事になってたってことか。本当にやばかったんだな、俺。


「……状況はわかった。俺が石になった後の事を教えてくれ」

「うん。ショウタ君が戦闘不能になってすぐ、エンキがカバーに入ってくれたわ。そのおかげであたし達も立て直すことが出来たの。エンキが動いてくれてる以上、ショウタ君は死んでないってことを意味するからね。それにこの子は元々石だからか、状態異常系の『邪眼』は通用しなかったようね。ただ、魔法を連発されてエンキだけじゃ接近できなかったから、アイラさんと挟み込んでなんとか討伐したの」


 少しばかり回復したのか、アイラが起き上がる。


「ご主人様不在の戦いは、苛烈を極めました。奴も『邪眼』の使い手だけあって、幾度となく戦闘中に視線を合わそうとして来ました。それを回避するには、奴の姿を捉えないよう戦う必要があるのですが、そうすると今度は魔法が目視不可となり避けられません。そこで奥方様のスキルが役に立ちました」

「あたしは『気配感知』。マキは『生体感知』のスキルがあるからね。目を閉じてても敵や味方の位置、それから魔法によるエネルギーの動きまで読めるの」

「おお」

「危ない場面も多々ありましたが、なんとか凌ぐことが出来ました。……ふぅ」


 アイラは本気で疲れているらしく、声に力が入っていない。普段は疲れてることすら隠そうとするのに、そんな余裕すらないみたいだ。


「そっか、お疲れ様……。聞く限り、俺が石化をしなくても苦戦は免れなかったと思うけど、次に備えて何を準備すればいいのかな?」

「まずは、『魅了』の状態異常は異性にしか効果が無い為、このチームなら無視しても問題ないでしょう。ですが『石化』の状態異常があると分かった以上、『石化』を即座に完全治療する手段が欲しい所です。ダンジョン産の回復薬であればレベル4以上の赤ポーション。魔法であれば『回復魔法Lv4』が必要になります」

「アヤネは今2だから、スキルレベルが足りていなかったのか……。『回復魔法』ってなかなか出回らないんだよね? ここ最近のオークションは出品物全部見てたけど、一度も見た事が無い」

「はい、非常に稀です。ですので、ご主人様に出して頂く必要がございます」

「……となると、『上級ダンジョン』か」

「いえ。このダンジョンの第四層にも対象のモンスターがいます。特殊なモンスターのようですが」

「そうなの? じゃあ、第三層はすっ飛ばして次は第四層だな」

「あとは、この階層の宝箱からも、赤のLv4は見つかってるわ」

「へぇ。それも良いね」

「……さて、方針は決まりましたが、ご主人様。分かっていますね?」

「ああ。……今日はもう帰って休むし、明日も休みを入れるよ」


 流石に、これ以上醜態は晒したくないし、心配もかけたくない。

 それにしても……。ああ、これが初めての敗北か。興奮して気が回らなかったとはいえ、悔しいな。

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