無料ガチャ014回目:宝条院家1【閑話】
「おかえりなさいアヤネちゃん」
「ただいま戻りましたわ、お母様」
アヤネは実家に戻ると、すぐに正装へと着替え、母の執務室を訪ねていた。
中には、母の他に1人の兄と、2人の姉。更には彼らを主とする、戦闘メイドの姿もあった。
「お兄様も、お姉様も。お久しぶりですわ」
「ああ」
「久しぶりねアヤネ、良い子にしてましたか?」
「アヤネ、聞いたわよ。いい男を捕まえたってー? お姉ちゃんに紹介しなさいよー」
「はうっ!」
宝条院家次女、
ユキネからのハグをそっと守ってくれるアイラは、今はいないのだ。
「おー! 久しぶりのアヤネだー! うりうりうり」
「はうぅ、や、やめてくださいまし、ユキ姉様」
アヤネは、この家族が苦手だった。そこには当然、ユキネも含まれている。
出会い頭にハグをしてくるところが、ではない。見た目はただ、妹を可愛がる姉の構図だが、ユキネの目の奥には、常に得体の知れない感情が宿っていたのだ。
アヤネは、昔からその目がとても怖かった。
宝条院家長女、
だからアヤネが、サクヤに迷惑を掛けるようなことを仕出かしてしまっていないかと、心配をしているのだ。
そして兄であるこの男、宝条院家長男、
彼は、サクヤからまだ何も期待されていないアヤネに、あまり興味が無かった。その為、今まで会話らしい会話をしたことがない。
最後に母であり、宝条院家当主、
そんな中、アヤネは上の3人とは違い、近接戦闘訓練についていけない落ちこぼれだった。
その為、回復魔法と炎魔法を取得し、アイラを護衛につけてもらい、細々とダンジョンを巡っては経験とレベルを積み重ねるよう指示を受けていた。少しでもサクヤの役に立てるようにと。
アヤネは、この家の人間全てが、苦手だった。
『パチンッ』
サクヤが扇子を閉じる音が響くと、部屋は静まり返った。
「今日あなた達を呼んだのは、アヤネちゃんを褒めてあげるためよ。アヤネったら、すごい逸材を捕まえてみせたの」
ここ数年、まともにアヤネが褒められる事がなかった事もあり、姉2人は心底驚いたような反応を見せた。
「お母様よりも早くですか? やりますねアヤネ」
「すごいじゃなーい」
「ええ、そうなの。私はまだ確証が持てなくて情報収集している途中だったんだけど、この子はいち早く捕まえに行ったみたいなの。その時はまだ、多少の注目を集めていたくらいで、Fランクだったから、アヤネちゃんに先を越されちゃったわ」
「ほぉ、母上を出し抜くとはな」
「それで、その人はどんな逸材なの?」
上の3人は口々に母に追従するようにアヤネの事を褒め称えるが、10年以上共に生活をしてきた兄弟姉妹だ。その声色には、さしてあまり興味がない事はアヤネもすぐに感じ取っていた。
サクヤが、その続きを告げるまでは。
「天然の、
彼らの視線が、アヤネに集まる。
「……っ」
その重圧に、アヤネは悲鳴が漏れそうになった。明らかに、全員の目の色が変わった。
「……お母様は、その者の推定値はいかほどとお考えですか?」
「私が以前チェックしたときは100にも満たなかったはずだけど、今では最低でも500あるわね。以前タカネちゃんの部隊で確認した強化体。それからユズルくんの部隊が見つけた、第二種の出現もさせたそうよ」
「……ほぅ」
第二種。それは、ショウタが昨日初めて目撃したばかりの『ジェネラルゴブリン』の事を指していた。
昨日の今日で、その情報を知り得ている事に、アヤネは改めて身震いした。
「それは脅威ですね、お母様。国外に繋がる前に確保できたのは大きい……。本当によくやりましたね、アヤネ」
「そんな逸材を見つけて、射止めるにまで至るなんて。ねえアヤネ、その人は幼女趣味なの?」
アヤネは最初、何を言われたのか理解出来なかった。
言葉の意味を考え、ワンテンポ遅れて反応した彼女は、顔を真っ赤にして反論した。
「……だ、旦那様はそんな人ではありませんわっ!」
「えー? だってアヤネ、胸もお尻も身長も、ぜーんぶ子供体型だし。こんなちんちくりんを手元に置く理由なんて、それくらいしか……。あ、そっかー。そういえば、あんたのとこにお色気たっぷりの戦闘メイドがいたわね。あの子を抱かせたんでしょ?」
「違いますわ! わたくしの事はまだしも、アイラや旦那様を、馬鹿にしないでくださいまし!」
「……へぇ。落ちこぼれのあんたが、あたしに楯突くんだ? 第七特化を手にしたからって調子に――」
『パチンッ』
再び場が静まり返った。
サクヤはとても楽しそうに笑う。
「そうね。アヤネちゃんは彼から好かれてはいるみたいだけど、まだ懐いてくる子犬くらいにしか思われていないわね。女としては、まだ見られていないみたい。これでユキネちゃんも安心かしら」
「ええ、お母様。安心したわ」
子犬として。
ショウタから向けられる好意の種類を、アヤネも薄々感じ取っていた。けれど、それは仕方がないと考えていた。
元々好き合って、惹かれ合っていた早乙女姉妹の間に割って入ったのだ。むしろ、そのくらい好意的に思われているのは幸運でしかなかった。
「それでね、あなた達を呼んだのは、アヤネを褒めるついでに、その彼を中級ダンジョンの禁止区域への通行許可を出すべきか否か。あなた達に是非を問いたかったの」
「俺は賛成です。『初心者ダンジョン』の上層というぬるま湯であったとしても、第二種を呼び出し討伐したことは凄まじい功績でしょう。母上も、その者が気になっているようですし、将来我が家に迎え入れるのであれば、早めに顔を合わせた方が良いかと」
「私も会ってみたいです。もしアヤネが見限られたとしても、私が手玉に取ってみせるわ」
「あたしも気になるかなー。タカ姉と一緒に、保険はかけておきたいし」
「決まりね。では近いうちに彼を招待しましょう。アヤネちゃんも今日は来てくれてありがとう。今日はもう遅いから、部屋で休みなさい」
「は、はいですわ」
何かしらの要求が来ると読んでいたアヤネは、何事もなく終わったことにほっと胸を撫で下ろした。頭を下げ、ゆっくりと退出する。
続けて、ユキネ、タカネ、ユズルの順で、メイドと共に部屋を出て行き、残ったのはサクヤだけとなった。
「さて。彼は一体、どれくらいの逸材になってくれるのかしら……」
先刻配下から届けられた、彼が『上級ダンジョン』に向かったという情報を見て、サクヤは笑みを深めるのだった。
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