第6話 死ぬほど甘くて、死ぬほど辛い
馬車から降りると、俺の目の前を別の馬車が騒々しく走り抜けていった。
周りを見ると、そこは町の入り口手前にある広場で、いつも多くの馬車が集まっている場所だが、その日は人間が歩く隙間を探すのが大変なほど馬車が並び、激しく行き交っていた。
「気をつけてください」
カイルは気遣わしげな言葉を俺にかけながらも、グイグイと俺を押し、馬車の隙間を縫うように進み、そのまま俺を露天の茶屋へと連れていった。
道端で焚き火をたき、その周りに椅子を置いただけの店だ。
「ここでお待ちください。ご用意が出来ましたらお呼びいたします」
カイルはグイグイと俺を椅子に座らせると、店の主人らしき男に何かを注文して、にこやかに言った。
「ここで?」
天井のない、ただの空を見上げると、雪が俺に向かって降ってきた。
「はい。準備が出来るまでの間です。すぐですよ」
にこやかに走り去るカイルを捨てられた子犬の気持ちで眺めていると、店の主人が湯気の立つ飲み物を俺に「はいよ」と押し付けた。
「いくらだ?」
「カイルさんの客ならカイルさんの奢りだよ。後でカイルさんの店に集金に行くから、好きなだけ飲んでくれ」
「そりゃいいな」
この辺りの人達が好んでよく飲んでいるこの飲み物は、甘酸っぱい果実酒にたっぷりの蜜と赤い粒の香辛料をいれて温めるという、他所の土地では飲む気にもなれない代物だが、寒いこの地で飲むと喉を焼く甘さと刺激がいいのだ。しみじみ旨いなと思うのだ。これを飲んでいればこの寒さでも死なない気がするのだ。
半年前まではよく飲んでいた。久しぶりだな、と一口飲む。甘っ!そして辛っ!
咳き込んでこんいると店主がニヤニヤしはじめた。
「兄ちゃん、この辺りの人間じゃないだろ。他所の人間にはちょっとキツいよな。無理するなよ。ほら、湯を足してやるよ。そしたら他所の人には飲みやすくなるよ。ほら、それをこっちに寄越しな」
小さなヤカンを差し出した店主がニヤニヤしながら言ってくる。
「いや、いいよ。むしろこの赤い粒と蜜を足してくれ」
俺がそう言うと、周りで飲んでいた他の客達がこちらを向いた。
「いいのか?キツいぞ」
「ああ。カイルの奢りだ。たっぷり入れてくれ」
「入れるぞ。本当にいいんだな!」
「おう!」
甘っっっ!!!辛っっっ!!!
むせながらもチビチビと飲み続ける俺を見て、「それは俺たちの飲み方だよ」と、すっかり嬉しそうな顔になって集まってきた地元民らしき店主や客達に、カイルの奢りだと酒を振る舞った。
「いいのか?」
「もちろんだ!ただし一人一杯までだぞ」
俺は自信たっぷりに答えた。それぐらいならカイルは許してくれるだろう。たぶん。知らんけど。
地元民が嬉しそうに飲み始め、皆で甘っ!辛っ!でホカホカしている最中に、俺は皆から怪しい商人カイルについて、何もかもすっかりと聞き出した。
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