第5話 フィルのお願い♡とカレーラーメン

 

「『一生のお願い!』なんて言うから、何事かと思ったよ」


「あ、あはは……ごめんなさい」


 ノベルエデンのVR空間にダイブした僕が見たのは、いつもと変わらないフィルの姿だった。


「早く続きを読みたかったんだもんっ……」


「うっ……!」


 頬を染め、もじもじと体を揺らすフィル。

 続きを早く読みたいと言われるなんて、小説書きとして最高の誉め言葉だろう。

 しかも、それをかわいい女の子が言ってくれるのだ。


(可愛すぎるだろ……)


 幸せな気分のまま、フィルの姿を見つめる。


 ノベルエデンが使っているVR用3Dエンジンは業界最高峰らしいけど

(小説投稿アプリがなぜそこまでおまけのVR機能にこだわっているかは謎)

 フィルが使っているアバターのクオリティは特に段違いだ。

 目の前に本当に犬耳美少女のフィルが立っているような錯覚を覚える。


 汎用モデルの顔だけ変えて使っている僕なんて、ぎこちない動きしかできないのに。

 これで彼女の正体が冴えないおっさんとかだったら、僕は一生人間不信に陥るだろう。


「だから、おねがいっ」


 ぎゅっ!


 仮想空間とはいえ、大胆にも抱きついてくるフィル。


 ふにゅ、ふにゅん!


(え、ええええっ!?)


 ありえないことに、明らかに柔らかな感触があった。

 まるでたくさんのマシュマロに押し付けられたような……気のせいか甘い香りもする。


 触感と嗅覚を再現したVR空間なんて聞いたこともない。

 僕の妄想力が限界突破したのかノベルエデンに未知の機能が実装されたのか。


(ご、ごくっ)


 リアルだったら色々大変なことになってぶっ倒れるところだが、

 ここが仮想空間で助かった。

 超高速で脳内に希土組成式を思い浮かべ煩悩を制御する。


「しょ、しょしょしょ、しょうがないなぁ……と、特別だぞ?」


 主人の調教にまったく従わない舌にムチを入れ、リアルでも大きく深呼吸する。

 そう、今はイストピア・サーガの話である。


 どでかいチート展開を入れてしまったので、正直この先の展開をどうするか迷っていた。

 イストピア・サーガの大ファンであるフィルに意見を貰うのもいいかも知れない。


 僕は少し勿体ぶると、下書きフォルダに入れておいた23話のプロットを呼び出す。


 シュ、シュンッ


 僅かな効果音と共に、鮮やかな色彩で文章が空中に投影される。

 ……本当に無駄に凝った造りだよな、これ。


 僕が考えている23話の展開候補は以下のようになる。


 案1:目覚めた強大な力をまだうまく使いこなせないヒロインだが、魔王軍の侵攻におびえる人々に勇気を与えるため、あえて魔王軍の中枢に奇襲攻撃を掛ける。

 混乱する魔王軍だが、連係ミスで敵中に孤立するヒロイン。絶体絶命のピンチに陥る彼女だが……。


 案2:魔王軍の侵攻で食料が不足する王都。ヒロインは莫大な魔力を食料錬成につぎ込む。積極攻勢を主張する王国上層部からは失望の声が上がるが、国力の回復を優先し、彼女は辺境地域の救助に向かう……。


 案3:彼女に目覚めた強力な力、実は魔王と対立する悪魔の仕業だった。全身に現れる悪魔の紋様……彼女は毎夜、心を蝕むΔ破壊衝動Δにもだえ苦しむ。


(あっ……)


 マズい……ボツにした厨二全開のプロットまで呼び出してしまった。


 思わず冷や汗をかくが、フィルはダーク♂崩し文字(有償フォント、1500円)で書かれた案3は読めなかったようだ。


(フィルはド派手な展開が好きだからね)


 初めて彼女に会い、イストピア・サーガの感想を聞いた日の事を思い出す。

 あまりに可愛い子(注:アバター)が現れたことに動揺しまくる僕の反応を見てなぜかずっこけた彼女は(VR空間に来るのが初めてだったので、アバターの操作が上手くいなかったのだろう)


『す、すっごく面白いんですけど、もっとすっきりどか~ん! ぼか~ん!みたいな展開がいいですっ!』


 ウルウルと涙目でリクエストをしてくる可愛いフィルの姿にすっかりやられてしまった。


 ヒロインは最初魔法を使えず格闘で戦う設定で、もっと追い詰めてから絶望の中で少しずつ力を覚醒させる予定だったのだけど……旅立ちの前に村に訪れた吟遊詩人(ただのモブキャラ)が魔王軍を討伐する才能を探している賢者で、彼女の隠された才能を見抜いていた!

 というかなり無理やりな設定を追加した過去編を挟むことで、ヒロインの無双展開に繋げたのだ。


『展開が無理やりすぎますね、ネタ切れですか笑』


 という感想がついて凹んだことをよく覚えている。


 ……ともかく、フィルは1番目の派手なバトル展開(でもピンチな展開は控えめでっ)を希望すると思ってたんだけど……。


「二番目の展開が面白そうですねっ!

 ……ごはんは大事ですし」


 ぐぅ!


 意外な彼女の選択にびっくりする間もなく、仮想空間にフィルの可愛いお腹の音が鳴り響く。


「……ぷっ」


 アバターのお腹を鳴らすとか、あまりの器用さに吹き出してしまう。


「ふ、ふええええええええっ!?

 いやその、これはですねっ……シュンさんの持ってるソレがあまりに美味しそうなのでっ!!」


 顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振り回したと思ったら、僕の右手を指さしてくる。


「お?」


 なんの事かと思い右手を見れば、いつの間にか食べごろになったカップラーメン(カレー味)が握られていた。


 そういえば、VRゴーグルのセンサーを通じてプレイヤーが持っているアイテムを自動で3Dモデル化するという謎機能が追加された、とノベルエデンの公式サイトで見た気がする。

 相変わらずここの運営は何を目指しているのだろう……。


「ご、ごくっ!」


 ホカホカと湯気を上げるカレーラーメンに、釘付けのフィル。

 ……もしかすると、彼女もクラーラさんと同じ外国人で、カレーラーメン自体が珍しいのかもしれない。


「……あげようか?」


 VR空間内でカレーラーメンを手渡しても食べられるわけじゃないけど、あまりにフィルが物欲しそうだったので思わず提案してみる。


「まままままま、マジですかっ!?

 でしたら、ぜひレシピも教えてくださいっ!!」


「??」


 なぜか大感激する彼女に、ネットで調べたカレーラーメンのレシピとついでにラーメンを美味しく食べる光景をSS(ショート・ショート)にして手渡してあげる。


「今日は朝から何も食べてなかったので……すっごくすっごく嬉しいですっ!!」


 むぎゅっ!


(ふおっ!?)


 より強く抱きついてきたフィルから、今度は確かなぬくもりを感じた。


「これで……これでみんなのごはんがっ」


「…………」


 ……こんなので喜んでくれるなんて、彼女はとても苦労人なのかもしれない。

 こっそり彼女のアカウントにエデンポイント(課金することで手に入る仮想通貨。一部のネットショップで使うことが出来る)を贈る。

 や、やましい気持ちじゃないよ?


 僕は明日中に第23話を手直しして投稿する事を伝えると、ニコニコと手を振る彼女と別れ、すっかり伸び切ったリアルのカレーラーメンをすするのだった。



 ***  ***


 パアアアアアアッ……


 彼に教えてもらった術式レシピが魔力と反応し、テーブルの上に具現化していく。


「ご、ごくっ……」


 彼に会うために、残った魔力の大半を使って秘術を使ったのだけれど、思わぬ副産物をゲットですっ!


 息をのむフィルライゼの目の前で術式はマナから物質を生み出していき……。


 ほかほか


 フィルライゼが見たこともない、暖かそうなスープ料理に変化するのだった。


「ふおっ!?

 で、でわっ……失礼して」


 部屋に充満するすぱいすの香り。

 超絶おいしいことは確定的に明らかなのだけれど……フィルライゼは震える右手に持ったフォークで茶色のスープに沈む小麦で出来た短冊状の物体をすくう。


「はむっ」


「!?!?!?!?」


 パクリと口に入れた途端、暴力的なうま味が彼女を襲った。


「お、美味しすぎますっ!

 ありがとう、シュンッ!」


 ぱたり


 朝から働きづめだった彼女の身体に、優しくしみこんでいく栄養素。

 思わずベッドに倒れ込んだ彼女は、避難民の皆さんにも錬成して食べさせてあげようと心に誓うのだった。

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