第6話 クラーラの思惑
「ふむ……」
極度に照明が落とされた薄暗い部屋で、ドイツからの留学生である
クラーラ・アイヒベルガーは”すまほ”を弄っていた。
10畳ほどの洋室にはパイプベッドと量産品の机と戸棚が一つずつ。
誰もが振り向く美貌とスタイルを併せ持つ彼女からは、想像もできないほど殺風景な部屋なのだが、
どうせ一時の住処なのだ。
まったく問題無い。
「おお」
クラーラが開いているのは”のべるえでん”なる、叙述詩をでんし的に紡ぐという”あぷり”。
部下……もとい後輩の”アレ”とは違い、我はでんしききの扱いに疎いのだ。
クラーラのしなやかな指がスマホの画面を撫でる。
そんな彼女だが、最近ようやく”すくろーる”と”たっぷ”が出来るようになったので、”あぷり”を使いこなせるようになってきた。
『ぶふっ、クラ様ぁ? こっちに来て1か月以上に経つのにそのレベルですかぁ? あーしが介護してあげますよぉ……ぶふぉお!?』
脳内に私を小馬鹿にしたにやけ顔の後輩が浮かんできたので、全力のグーパンで黙らせておく。
「ほぅ……」
彼女が読んでいるのはターゲットの”あの男”が紡ぐ「いすとぴあ・さーが」なる叙述詩。
その第20話までを読み終えた彼女は、頬を染め、感嘆のため息を漏らす。
「なるほどな、これは……」
叔父上が執着なさるのも分かる。
彼女の実家が理想とする、冷厳で重厚な世界感。
希望も絶望もすべて塗りつぶす灰色の世界。
家の跡継ぎとなる私が派遣されたのも道理であろう。
必ずあの男を手に入れねばな、アイヒベルガー家と私の理想のために。
ぶるり。
感激のあまり、その豊満な身体を震わせるクラーラ。
「……む」
だが、次の21話を読もうとしてクラーラの指が止まる。
第20話本文の下に書かれた感想欄が目に入ったからだ。
『この先、無双展開あり! 苦手な人は注意です!!』
無双展開……なにやら不快感を覚えるキーワードである。
クラーラは”いんたーねっと”を使い、該当のキーワードを検索する。
この国の言葉は難しいのだ。
「むぅ」
スマホに表示された検索結果には、”チートレベルの超常的な力を使い、大逆転するストーリー展開の事”と表示された。
「これは……」
良くない、良くないぞ。
叙述詩にドラマなどいらない。
第21話の冒頭に目を通し、感想の正しさを確認するクラーラ。
だがしかし。
どうやって展開を変えさせるべきか。
我とあの男は、特に親しいわけではない。
がくしょく、なる給糧所で一度言葉を交わしただけだ。
ピコピコピコ
物思いに沈んでいると、右手に持ったすまほが珍妙な呼び出し音を立てる。
「あわあわっ!?」
これは後輩である、あ奴からの通信の合図だ。
クールな見た目には似つかわしくない、可愛い悲鳴を上げたクラーラは、思わずスマホを取り落としそうになるがなんとか通話ボタンをタップする事に成功する。
『にははっ、なんすか今の可愛い声wwwwwwぶふぉおっ!?』
にやけ面のアイコンと共に聞こえた後輩の声。
ばきっ!
イラっとしたクラーラは思わずスマホの画面をぶん殴る。
みしり、と抗議の音を立てるスマホ。
はっ!?
この”きかい”はなかなかに高価なのだった。
机の上に置いていたジュースをひとくち、気持ちを落ち着かせる。
うむ、美味い。
「……で、なんのようだ?」
『いててて、暴力はんたーい』
「確かに貴様の言う通りイストピア・サーガの新章は不快な展開のようだが」
『あー、クラ様も読んだっしょ? テンション爆サゲのアレ?』
ディート……クラーラの後輩で、大学付属の高等学校に通っている……の言葉に頷く。
こ奴の使う言葉は時々よく分からないが、レベルドレインを食らった時の気持ちに近い、という事だろう。
『もーメンドくなったんでハ○エースして直ゲット試してみたんですけどぉ、だめだめぴえんっすわぁ』
『あいつチー牛のクセに鼻だけは効くみたいな!』
「お、おう」
訂正……ほぼ全てがわからない。
『やっぱクラ様』
とりあえず、ディートの奴が企んでいた作戦が失敗したことだけは理解したクラーラ。
頭痛がしてきたので、電話を切ろうとしたのだが。
『色仕掛けで行くしかないっしょ♡』
ぴっ
ディートはそれだけ言うと、電話を切った。
「私が……色仕掛けだと?」
ガタッ
最後に聞こえたディートの言葉に、思わずその場から立ち上がり、ぴしりと石化するクラーラなのだった。
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