運転しやすい道だった





 偉大都市の入り口。

 十四番街は、かねてよりそう呼ばれている場所だ。偉大都市が大陸の東海岸に位置する関係上、よそ者の多くは自然と西からおとずれるからだ。

 初めて偉大都市に入る観光客、移住希望者、商売人たちは、十四番街にそびえ立つ〝ウエストゲート〟と呼ばれる大門をくぐったあと、十四番街の名所である旧文明の遺した鉄塔、荘厳なイチヨンタワーを見上げて、マスクのなかであんぐりと口を開けるのがお決まりだ。

 しかし訪問者たちが初めて偉大都市の地を踏むのは、あくまで定義上はべつの場所となる。

 それは、ゲートよりも先の地点に設けられた、偉大都市から少しだけ離れた居留地だ。

 スペシャル・セツルメント――通称<SS>と呼ばれる、この都市の関門である。


「別人になりかわりながらも、それが連盟に疑われない。まったく新しい市民として中央街を利用しても、おびやかされることがない。ニーガルタスの理想は、まさしくそれだった。だが実際には、それはむずかしい。だからやつは、抜け道を探したわけだ」


 ウエストゲートからSSまで伸びる道。

 通称〝偉大への道トゥグラン・ロード〟と称される、偉大都市に至るための舗装道を車で駆けながら、エノチカはそう口にした。


「ヘクトル・メーンは、SSにある大きな賭場の元締めだ。やつはそこで資金繰りをはじめて、事業の幅を広げていったらしい。そして今でもヘクトルは、SSにおいては莫大な影響力を持っている。そうなると、ヘクトルのやっていたこととしてなにが考えられる?」


 助手席のキャナリアはすぐには返事をしなかった。


「いろいろなことができそうですわね。あたくしでしたら、せっかく都市外にある居留地なのだから、その特性を活かしたことをやりたいものですが」

「そうだよな。アタシだってそうだ。じゃあ、その特性ってのは? これはもう、答えはみえている。SSは、都市外の人間がかならず降り立たなきゃいけないクッション地帯だ。バイフシティから歩くしかない貧乏人も、あるいは護衛キャラバンといっしょに装甲車でゆうゆうと来られる都市外の金持ちも、一様にだ。それなら、その特性を使わない手はない」


 バイフシティとは、偉大都市からもっとも近い位置にある小都市の名だ。偉大都市を目指す者の大半は、バイフをはじめとした周辺都市で、都度休憩を挟みながら道を進むことになる。


「ヘクトルは人脈が自慢の投資家だったが、その人脈はSSからはじまっていたに違いない。これじたいは、勘ってよりも確信だな」

「つまり、ヘクトルは優秀な砂塵能力を持つ移民とコネクションを作っていた、と」

「そのはずだ。そして、ニーガルタスはそのことを知っていた。もしくはアタシと同じように考えて、ヘクトルに接触したわけだ」

「……たとえ別人になっても、連盟に疑われない……」


 キャナリアは思案するようにつぶやいた。


「なるほど、たしかにありえますわね。いえ、ともすればそれしかないのかも」

「そうだ――やつがなろうとしているのは、新しく偉大都市に住もうとする移民だ」


 金を持つ移住者。偉大都市にぽっと出であらわれても、連盟があまり構うことのない存在。もちろん、そこにも条件はいくつか求められるが、ニーガルタスは突破したはずだ。

 少なくとも、その自信があるから動いたはずだ。

 背格好が自分と似ており、砂塵能力を使わずとも満足な生活が送れる、稀有な移民。条件に合致する人間があらわれるタイミングを待って、今回ようやく動いたのだろう。

 まだなにも確定してはいないが、それでもエノチカはその可能性に賭けて移動していた。


 フロントガラスの向こう側にみえる、半球状の屋根を持つ建物――SSに古くからあるドーム式の賭場が、徐々に近づいてくる。


 あの街に、ニーガルタスの野郎がいるかもしれない。

 いや、きっといるはずだ。

 エノチカは固唾を飲むと、アクセルを踏む力を最大限に強めた。

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