いやな死に顔だった
六番街があるのは、偉大都市の西方である。
じつは一番街に接触している区画であり、中央街のブランドにこだわりを持たないならば、ここに居を構える富裕層は多い。
エノチカは、その六番街の住宅地帯にある、ひと際大きな邸宅と向き合っていた。
「ここが、ニーガルタス・アルヘンの向かったというお宅ですのね」
となりでは、キャナリアが白いカラスのマスク越しに、同じように屋敷を見上げている。
時刻は正午をまわっている。きょうは天気もよく、どうみても平和な一帯だ。
それでも、ここに住んでいるのはクリーンな人物とは言い難かった。
投資家ヘクトル・メーンは、ほうぼうから金を集める男だ。
とくにかれが優れているのは人脈だ。各分野の権力者と仲良くしており、うまい投資の話にはかならず一枚噛むようにしているのだという。
立派に市民権を持つヘクトルだが、裏社会の人間と深い繋がりがあるのは間違いないとされていた。いわゆる叩けば埃が出るタイプであり、中央連盟があらかじめマークしている、アイ(情報提供者)の候補者でもあった。
そのヘクトルとニーガルタスが、ここで接触した可能性が濃厚だという。この接触を事前に察知できなかったのは痛手だったが、それでもかれの足取りを掴めたのは零幸いだ。
「調べによると、かれらは従兄弟関係なのですってね」とキャナリアが言った。「さすがですのね、連盟諜報員の調査は。なにせ、人間関係はほとんど丸裸でしたもの」
キャナリアの言うとおりだ。ニーガルタスにかんしては、すでに多くの調べがついている。だからこそ、エノチカには思うものがあった。
(だったら、はやく粛清してくれりゃあよかったんだ……)
今となっては後の祭りだ。自分で手を下せるという状況を、喜んでいいのかもわからない。
「ここまでお膳立てをしてもらえているのなら、話は簡単ですわね。まずはヘクトル・メーンにお話を聞くことにしましょうか」
キャナリアが門のほうへと向かっていく。エノチカの了解を得ることもなく、さっさとチャイムを押してしまった。
「ごめんくださいませ。中央連盟の者ですが」
まるで宅配業者かなにかのように、キャナリアがあっさりと言った。
「おい、ストレートすぎねぇか? 裏口から逃げられたらどうすんだよ」
「大丈夫ですわ。どうせ逃げませんし、どのみち逃がしませんもの」
小声でふたりがやりとりしているあいだも、インターホンからの返事はなかった。しばらく待っても、やはり音沙汰がない。
いささか不自然だ。これほどの屋敷である以上、使用人がだれもいないということはまずないだろう。ふたりはマスク越しに顔を見合わせると、キャナリアが門につく扉に手をかけた。
鍵は開いていた。玄関先までのみじかい石畳を進み、ふたたび扉に触れる。
こちらも開いている。
いよいよ決定的だった。
エノチカは生唾を呑んだ。車を降りるまえにも確認したにもかかわらず、インジェクタ―装置が万全かどうかをたしかめてしまう。
「入りますわよ」
「いきなりか? もう少し外の様子を確認してからのほうがよくねぇか」
「なぜ? 手遅れだとしたら手遅れですもの。それにもし手遅れだとしたら、はやく次のフェーズに進まないといけないですわ。時は金なりですわよ」
それはそのとおりかもしれない。
事由はすぐに明かされた。玄関先では、使用人が倒れていた。
エノチカがすぐさま駆け寄った。呼吸はしていなかった。首元の大動脈が斬り裂かれている。よほど犯行に慣れた者たちの殺しのようだ。
「あ、エノチカさん!」
仮パートナーの制止を聞かずに、エノチカは疾駆した。長い廊下の先、応接間と思しき両開きの扉は半分ほど開いていた。
「……ちっ」どん、とエノチカは拳で壁を殴った。「遅かったかよ、くそったれ」
マスクをはずされたヘクトル・メーンが、椅子にくくりつけられて死んでいた。
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