楽園殺し外典: The Walk-off Game

呂暇 郁夫

Home Base: Practice Game

ちゃんとミルクのやつな





 緊張するときだけはチョコレートを食べてもいい。

 そういうルールだった。

 エノチカが意識的に守ろうとする規範があるとしたら、それは例外なくの言いつけだけだった。

 エノチカが人生のモデルにしたいと思うのもばあちゃんだけだったし、この歳になるまで格好いいと思えたおとなも、ばあちゃんくらいのものだった。


「甘味と毒味は表裏一体ってね」エノチカの頭にごつごつした手を置いて、ばあちゃんはよくそう言った。「砂糖ってのはね、毒も薬になるんだ。だから摂りすぎたらいけないが、まったく摂らないのも悪手だ。つまり、ここぞってときだけにするんだ」

「ここぞっていうのは? ばあちゃん」

「そりゃあ、エノチカ、決まっているだろう。――試合のときだけだ」


 ばあちゃんはバフォメ社の定番、マスコットキャラのビフィー・ラビットが表面に描かれた板チョコをカリッとかじると、いつものマスクを颯爽と被り、試合に出かけていった。

 キャップと一体化したマスク。

 ベースボールチームのユニフォームとしてのマスクだ。

 チョコレートをかじったばあちゃんは、もう百発百中だった。甘い投球はけして見逃さずに、しっかりと芯を捉えてヒットを飛ばした。

 ばあちゃんが出場したときのチームは常勝だった。

 カキーン、と小気味いい音を立てて球が飛んでいくのを、エノチカはベンチで眺めていた。スタジアムには、まあまあの人間が集まっていた。ぎりぎり興行として成り立っているか、いないか、それくらいの客数だが、それでもエノチカがもっと小さかったころよりは多かった。


「おまえのばあちゃんすごすぎ」


 すぐとなりで同じように観戦していた幼馴染のレッツが言った。

 レッツはほとんど毎回のようにそう感想したが、ばあちゃんが自慢だったから、エノチカもマスクのなかで、いつも同じ答えを返した。


「だろ。うちのばあちゃんは最強なんだ」


 ほんとうにそう信じていた。

 その最強というのは、単純な腕っぷしや、あるいはバッターとしての実力の話ではなく、なんといえばいいのか、もっと包括的な話だった。

 当時からエノチカは、あまり言葉はうまくなかった。だから、今でもうまくは説明できないが、ばあちゃんに感じる生命のきらめきのようなものに対して、敬意を払っていたのだった。


 もちろん、それはかのじょが亡くなった今でも同様に思っている。

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