第47話 奴隷商、鍛冶師を手にする

オーレック領、最大の鉱山にやってきていた。


「ここが有名なプレミア鉱山か……」


といっても、ただの坑道にしか見えないから有り難みはほとんどない。


強いて言うなら……


狭い坑道で美女に囲まれた、この状態こそが有り難いと言える。


でも、なんで、こんな人選なんだ?


採掘隊を編成しようと仲間の下に言ったが、野盗共が言ったんだ。


「あっしらは暗いところと狭いところが苦手なんですわ」


信じられなかった。


結局、手を上げたのはヨル達だけだった。


マギーを入れて、12人だけの掘削隊。


しかも、僕以外が女性……。


「童貞をお捨てになったのですね」

「……ああ。それがどうした?」


「いえ、素敵ですよ」


……よく分からないやつだな。


まぁ、ヨルの事を理解できたことは一度もないから、気にしないでおこう。


僕達は坑道をどんどん突き進んでいく。


もちろん、先頭はマギーだ。


この坑道は熟知している……はずだ。


「マギー。今はどこに向かっているんだ?」

「ちょっと、黙ってて! えっと……ここにいるのよね?」


地図を食い入るように見つめ、ブツブツと話すマギー……。


なんだか、不安になってきたな。


とはいえ、今のところ、一本途。


迷うはずがないよな。


「マギー、一旦休憩しよう」

「……そうね。一回、頭を整理しましょう」


いちいち、怖いことを言うなよ。


といっても、鉱山のことを一番詳しいのはマギーだ。


信じよう……


「マギー、一つ聞いてもいいかな?」

「なにかしら?」


今回の目的はアダマンタイトの採掘だ。


この鉱山かどうかは分からないが、オーレック領ではかつて数度、採掘されている。


だが、そのアダマンタイトそのものを見たことがないのだ。


元王族ですら見たことがない幻の金属。


それを採掘するのは困難極まることは間違いない。


だが、可能性があるとしたら、マギーの土魔法だ。


彼女の魔法でアダマンタイトだけを抽出する。


金を採掘したときのように……


「どうやって、採掘するつもりなんだい?」

「アダマンタイトを知らないから……直接は無理なのよね」


それが大きな問題。


結局、アダマンタイトの情報を手に入れられぬまま、ここにやってきているのだ。


未知の金属をどうやって探すか……


「だから、普通のやり方をしましょう」


それって……


「これよ!」


マギーの手に握られているのはツルハシだった。


これで掘る……のか?


僕は戦慄が走った。


こんなツルハシでちまちまと掘って……


長い王国史で数度しかお目見えしてこなかった金属を見つけろ、と?


その瞬間、不可能を覚悟してしまった。


でも、引き返すわけにはいかない。


あのドワーフは領地経営になくてはならない存在。


引き入れるためには、どうしてもアダマンタイトを手に入れなければならないのだ。


「ヨル!! 覚悟は出来ているな?」

「もちろんです」


……結局、見つからなかった。


やはり、ツルハシで掘り進めながら見つけるとのは不可能だ。


いや、もっと掘れば……あったかもしれない。


僕達の間に得体のしれない連帯感が生まれ、ヨルとは友情を感じ始めていた。


それが今回の収穫だったのだろう。


「ごめんなさい! 私、簡単に採れると思っていたの」

「いいんだ。僕の方こそ、無理を言って。今回は無理だったけど、いつかは……」


僕は誓ったんだ。


必ず、アダマンタイトを……いや、ツルハシを極める男になると……


だが、ドワーフはどうする?


諦めるしかないか?


「もう一度、お酒を持っていったらどうかしら?」


それはいい考えだが、難しいだろうな。


話を聞いた限りでは、ギガンスというドワーフは酒飲み放題で勧誘されたらしい。


その酒がイルス領にはない。


未だに物流もないので、他から入手することも事実上不可能だ。


酒で勧誘は無理があるだろう。


だからこそのアダマンタイトだったのだが……


「ごめんなさい」

「本当に気にしないでくれ。別の方法を考えればいいんだ」


別の方法……


そんなものがあればいいんだけど。


いや、待て。


僕は奴隷商となって、金で人を買うことに慣れ過ぎてしまっていた。


なぜ、物で人を釣ろうとしていたのだ。


僕はすっかり心まで奴隷商に成り下がっていた。


そう……前までの僕だったら……


「ギガンス! どうか、僕の領地に来てくれないか!!? あなたの能力がどうしても欲しいんです!!」


僕はギガンスに頭を下げていた。


これでダメなら、諦めがつく。


「ダメじゃな」

「なぜ!? 理由を教えて下さい!」


「分かりきったことを聞くな。この地には酒がある。それも無限の。それだけだ」


くっ……やっぱりダメか。


「石狂いのドワーフ!」


シェラがなんで、ここに。


出来るだけ会わせたくなかったのに。


「おまえは……エルフか?」

「腐った目。エルフ以外にどうして見える?」


ダメだ。


これでは交渉は決裂してしまう。


「おお! 懐かしいなぁ。その言い方」


ん? なんだか、険悪な雰囲気とは程遠い感じが……


「ところで、お前さんはここで何をしているんだ? まさか、こんな坊主の尻を追っかけているわけであるまい?」

「尻、いらない。種が欲しい」


「ガッハッハ。エルフらしいのぉ。だが、お前さんが認めた男か。そんないい男か?」


ジロジロと見られて、鼻で笑われることに若干イラッとした……


今は我慢だ。


「彼はイルス。それで十分」

「ちょっと待て。今、なんと言った?」


「彼はイルス。ロッシュ=イルス」


「お主がイルス……じゃと?」


あれ? 名乗っていなかったか?


「ああ。僕はイルス領当主だ。もっとも、今は名ばかりだけどな」


領地に一歩も足を踏み入れたことがない領主など聞いたこともない。


それに領地は未開の地。


頭が痛い問題だ……。


「坊主」

「はい?」


なんだろう。


ギガンスの雰囲気が変わった?


「お前は儂を望むのか?」

「もちろんだ。あなたの力がどうしても欲しい」


じっと目を瞑り、観念したかのように首を振った。


「酒のない暮らしか。少々……いや、かなり辛いが坊主に従おう。これが……古からの掟なのだから」


掟……?


何を言っているんだ?


イルス……その名前を聞いて、ギガンスは態度を変えた。


この名前に何の意味があるというのだろうか……。

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