side エリス

私はエリス。


エリス=グレンジャと名乗っていた時期がありました。


それも昔の話。


生まれてすぐに父の浪費癖のせいで、男爵位を手放した。


親戚の子爵が次男に男爵位を譲りたいという理由で。


私達家族は、子爵からもらったお金でなんとか生活を続けていました。


だけど、父の浪費癖がまた始まってしまった。


生活費も底をつき、一家は離散。


幸い、私は勉強も出来たし、魔法の才能だってあったから親戚の子爵の家の預かりになった。


それから十年……。


王立学園に入学することが叶ったのです。


身分を失った私が、再び地位を戻す……


この学園を主席で卒業し、軍に入って、功績を積み上げていけば……。


そう思っていました。


だけど、王立学園は私にとっては辛い場所でした。


身分のない私は上級生や同級生に執拗なイジメを受けていました。


それでも卒業すれば……


「おい、脱げよ。下民」

「イヤです。なんで、こんなことをするんですか!」


学校裏で数人の上級生に囲まれていました。


今まではからかいの言葉や物を隠されたり……。


その程度は我慢できた。


だけど……


「金が欲しいんだろ? やるよ。だから、脱げって言ってんだ」

「イヤ! そんなのおかしいです!」


「うっせぇ奴だな。お前は黙って、俺らに抱かれていればいいんだよ。それが下民の当然の奉仕ってやつだろ?」

「イヤ……」


学校裏は常に人気のない場所。


私は諦め始めていました。


どうせ……誰も助けてくれない。


そんな時でした。


「お前たち、そこで何をしているんだ?」

「ああ!!? お前は……いえ、失礼しました。王太子殿下」


それがロッシュ様との出会いでした。


同じクラスだったのに、まさに高嶺の花だった王太子殿下。


話しかけることも恐れ多い相手。


それが向こうから……


でも、これ以上ない、最悪な出会い。


私の服は半ば脱がされ、ロッシュ様に全て見られてしまった。


「きゃあああ」


私はパニックになって、逃げ出してしまいました。


それから、その上級生たちはどうなったかは分かりません。


風のうわさで退学したと聞いたのは、それからずっと後でした。


「……あの、ありがとうございました」


意を決して、王太子殿下に話しかけることにしました。


考えてみれば、私を助けてくれたんだ。


そのお礼を……。


「君は……エリスさんだよね? 僕はロッシュだ。よろしく」


王太子が私の名前を覚えてくれていた。


それだけで雲にも届くほど浮かれてしまいました。


それから……


私とロッシュ様は時々、話すようになりました。


もちろん、身分差はよく分かっています。


相手は王国でもっとも偉いお方。


私はただの平民。


しかも、あとで知ったのですが、王太子殿下にはすでに約束されたお相手がいたのです。


マーガレット=オーレック。


オーレック公爵家の一人娘。


家格で言えば、王家についで二番目に強い。


とても太刀打ちできない……


そんな思いが過るようになっていました。


そう……私はいつの間にかロッシュ様をお慕いするようになっていました。


一度だけ、マーガレット様から話しかけられたことがありました。


「ねぇ、あなた」

「え? 私のことですか?」


それが初めての会話。


声は凛として、とても美しい方でした。


上級貴族としての品位もあり、萎縮してしまうほどに……


それに取り巻きの方の視線がとても怖かったです。


「ええ。最近、ロッシュと仲がよろしいみたいですけど……どういうつもりかしら?」

「どうって……」


なんて、答えればいいのか。


彼女の目は本当に真っ直ぐで……


「私、ロッシュ様に助けられたんです……その……」


言葉が続かなかった。


だけど、マーガレット様は何かを察してくれたのか……


「そう……貴女の気持ちはよく分かるわ。だけど、分かっているわね?」


私は所詮は平民。


王太子殿下と対等に話せるのは、同じ学園にいるから……


それだけの理由。


一歩、外を出れば、平伏する相手なんだと……


「はい。申し訳ありませんでした」

「分かっているなら、いいの。いい? 努力しなさい。誰にも負けないほど」


どう言う意味なんだろう?


だけど、とても包容力のある女性だと思いました。


マーガレット様が仰ったことの意味が全くわからないまま、時が流れていきました。


私はその時、必死になっていました。


数カ月後、王太子殿下主催の夜会が行われることを知ったのです。


その日は王宮に招待され、様々な方と交流できる日。


私の人生で一番大切な日です。


その日のために、主席を維持しなければならない。


そして、王太子殿下と少しの時間でも一緒に……


そんな淡い期待を胸に頑張っていました。


「お前が平民のエリスか?」


そう言う言葉は久しぶりに聞きました。


イジメてきた人たちが最初に言う言葉。


身構えながら、話しかけてきた人を見ると……


王太子殿下?


いえ、この人は……


「俺はガトートス=アウーディアだ。お前に頼みがあるんだが」


それが悪夢の始まりだったのかもしれません。


ですが、その時の私には……悪魔の囁きのように聞こえました。

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