第7話 奴隷商、爺との遭遇
奴隷商として仕事は昼前に終わってしまった。
本日の報酬は銀貨3枚。それと特別収入が金貨10枚だ。
特別収入のほうが圧倒的に多いが、初日としては上出来だろう。
しかし、特別収入は毎回はいるとは思えない。
一回限りと思っていたほうがいい。
そうなると大切なのは銀貨3枚という収入だ。
これは全て僕のものになるが、銀貨3枚でどれくらいの買い物が出来るのだろうか?
特に食料だ。
せめて数日分が買えるといいのだが……。
王都には商業エリアというのがある。
そこに行けば、大抵のものが手に入る。
僕はそっちに足を運んだが……。
そのエリアの入り口に大きく書いてあった。
『奴隷商貴族の立ち入りを禁止する』
という真新しい看板が設置されていた。
……これも奴隷商の立場というものなのだろうか。
まだ新しい看板にはくそ、バカ、死ねといった言葉が隙間なく書かれていた。
王都の人たち、ちょっと心が歪み過ぎじゃないか?
もはや、色々な経験しているせいで、これくらいでは何も感じなくなっている自分がいることに驚く。
僕って意外と順応性が高いのかも知れない。
……それはないか。
心が痛む。
だが、エリスの顔を思い出し、歩み始める。
しかし、困ったことだ。
王都での買い物はここでしか出来ないはずだ……。
どこで買い物を……。
「済まんが、金を恵んでくれんか? もう何日も食べていないんじゃ」
なんだ、こいつは……。物乞いか?
身なりは世辞にも綺麗とは言えない。
無様に伸ばしている白髪が特徴の爺さんだった。
王都はたしかに貧富の差が激しい。
しかし、こういう輩が住むのは王都外れのスラム街だ。
こんな場所にいるはずはないのだが……
僕はふと気付いた。
「いいだろう。だが、一つ聞きたいことがある。それと交換でどうだ?」
「ふぉふぉ。ええよ。何が聞きたい? と言ってもなんとなく察するがな。店だろ?」
なかなか食えない爺だ。
「ああ。食料を売っている店を探している。それといくつか雑貨も買いたい」
「おや? 奴隷は買わんのか?」
何を言っているんだ?
「奴隷は王宮で手に入る。それとも、それ以外で手に入るのか?」
「それは言えんのぉ。まだ、銀貨一枚だってもらっておらんからなぁ」
……こいつ……さり気なく、銀貨一枚を要求してきたな。
銀貨はアロンから持ったものと合わせると13枚……。
「ほら。銀貨一枚だ。これで爺さんの知っていることを教えてくれ」
どうかしている。
こんな爺さんから聞いた話なんて鵜呑みに出来るものではない。
なけなしの銀貨を溝に捨ててしまったかも知れない。
しかし、投げ出した銀貨は思わぬ話になっていく……
「ふぉふぉ。ありがとうよ。これで酒が飲めるな」
……ん?
「ちょっと待て。食事をするのではないのか?」
「ふぉふぉ。儂は酒しか飲めぬ体でのぉ」
嘘を付け。
だいぶ胡散臭くなってきたな。
銀貨一枚、無駄になったか……
「ふぉふぉ。さてと、行くとするか」
どこに……。
爺さんの後についていくと、そこは王都の中心からずっと離れた場所だった。
スラム街……王族なら絶対に足を踏み入れない場所。
だが、奴隷商貴族となったからにはこういう場所にも足を運ばねばならないのか?
「ここじゃよ。さあ、中に入っておくれ」
なんだ、ここは……。
黒く煤けたような色をしたレンガの建物。
考えてみれば、ここはかつての王都の中心地だった。
その名残がこの建物なのだろう。
……中に一歩入ると、かつては人が多く出入りしていたであろうエントランスが広がる。
こんな場所に何があるんだ?
とても食料が手に入るとは思えない。
「こっちじゃ。早く来るんじゃ」
……。
暗い建物内を歩いていくと……
ここは……なんだ?
大きな部屋に小さく仕切りが大量にある。
まるで……動物園だ。
だが、動物園ならば愛らしい動物や獰猛な動物がいるだろう。
しかし、ここにいるのは……
「おい、爺。ここは……」
「ふぉふぉ。ここは奴隷市。奴隷を売買する場所じゃよ」
やはり……。
人が数名、中にいたのだ。
衰弱しているのか、覇気もなく。
ただ、そこに座っているだけの人。
人形と見間違えるほど、微動だにしなかった。
「奴隷市ってなんだ?」
「なんじゃ、奴隷商のくせにそんな事も……まぁ無理もないか。よいか……これから様々なことを教えよう。じゃから、ここで奴隷を買ってくれ。そうでないと、儂らは……」
爺さんからの話は実に為になる話だった。
奴隷商貴族が復活する……。
それを嫌がる貴族や国民しかいないと思っていた。
しかし、そうではなかったんだ。
奴隷を扱いたい人は大勢いる。
この爺さんもそうだった。
借金で身を売る人がいるが、奴隷商でなければ売り先も作れない。
つまり、今までは人の体が借金の代わりになったが、奴隷商がいなければそれも叶わない。
闇でそれをやろうとすれば、厳罰を課せられる。
それにこの王国は異常なほど奴隷に対しては神経を尖らせている。
なにはともあれ、奴隷商が再び出てきたことで、奴隷業界はにわかに活気を取り戻そうとしている。
あの商会が手渡してきたお金もそう言う意味なのだろう。
旅費を大きく稼ぐチャンスが出てきた……そう思ったがそれは出来ないようだ。
「この男は金貨7枚じゃ。そこの娘は金貨10枚……そういうことじゃ」
王都での取引は全て額が決まっている。
それを超えての取引は犯罪となる。
奴隷商はそうやっていなくなっていったのだ。
結局、稼ぎにならないのだ。
一日、奴隷を売買しても手数料程度しか稼ぐことが出来ず、結局金貨一枚の稼ぎにもならない。
だからこそ、爺さんは別の方法を教えてくれた。
奴隷商ならではの商売……
奴隷を使うということ……。
「どう言う事だ?」
「ほれ、そこの娘……どう見る?」
どう見るって言われてもな……ただの娘にしか見えない。
「彼女はミディールの里の出身じゃ。そこの里出身のものは薬草の知識に長けておる。言っている意味が分かるか?」
つまり、奴隷として売るのではなく、薬草の知識を使えと?
「意味は分かるが、どうやって……。薬草を採取して、売れと?」
「いんや。それをやれば、ギルドが黙ってはいまい。だが、ギルドに所属したら、どうじゃ?」
それって、奴隷をギルド員にして稼がせるってことか?
話は分かるが疑問が残る。
「だったら、爺さんがやればいいんじゃないか? 稼がせて、借金でも何でも解消すればいい」
「ふぉふぉ。それが出来れば苦労はせん。我らは奴隷を雇うことは出来ても所有はできん」
どう言う事だ?
……そうか……なんとなく分かってきたぞ。
王国では労働者はそれなりに保障されている。
労働に見合うだけの対価を要求する権利がある。
それは当然だ。
だからこそ、雇い主は労働者を使って荒稼ぎ……なんてことはできない。
だが奴隷商ならば、そうではない。
奴隷が稼いだものはすべて奴隷商のものなのだ……。
どうして、今までそれに気付かなかったのだろう……。
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