第6話 奴隷商、やっぱり儲からないみたいです
頬と肩にある刻印がズキンと痛む。
アロンに教えてもらった小屋で一晩を明かした。
買ってきてもらった食料もほどほどに、僕とエリスはすぐに眠りについてしまった。
昨日は色々とありすぎた。
どれもが信じられないような出来事で夢であってほしいと願った……。
だが、朝起きれば、痛々しいばかりの包帯姿のエリスがゆっくりとした寝息で寝ていた。
「これからどうすればいいんだ?」
エリスの調子は全くと言っていいほど、良くはなっていない。
毒を飲んだと言ったが、あれは一体何だったのか……。
分からないことだらけだ。
だが、分かっていることは僕が奴隷商貴族になったこと。
そして、奴隷商として働かなければ……
残るお金を数えると金貨一枚と銀貨10枚、銅貨5枚だ。
これでどれくらい生きられる?
しかし、そうは長くはないだろう。
しかも、イルス領への旅費を稼がねばならない。
領地に行けば、すこしは落ち着ける。
家を作って、農業をする。
それに狩りをすれば、生きることが出来る。
生活が安定したら……人を呼び込み、経済を作る。
……僕はこの王国をぶっ壊す。
それだけを心に誓う。
この絶望的な世界で明日を生きるために……。
「……」
「エリス。目覚めたか?」
コクリとだけ頷いた。
これだけで少しホッとした気分になる。
一人ではない……それだけが僕が幸運だったと思える瞬間だ。
「食事をしようか。昨晩はちょっとした摂れなかったから」
「……」
エリスは首を振る。
「どうしてだい? ああ……大丈夫だ。食料はまだあるから。それに今日から奴隷商をするつもりだ。そうすれば、今日のご飯に困ることだったないんだ」
エリスはどうやら遠慮をしているようだ。
無理もない……。
この小屋は元は屯所ということもあってか、一応の生活道具は揃っている。
煮炊きだって出来る。
裏に乾いた薪があったのも実についている。
「今から麦粥を作ってやるからな。それと……」
一通りのご飯を用意し、エリスを席につかせる。
だが、一人で食べるのは難しいみたいだ。
満足に手を動かすことできず、スプーンを何度も落としてしまう。
「大丈夫だ。僕が食べさせてあげよう」
エリスの横に座り、熱い麦粥を冷まして、ゆっくりと彼女の口に運ぶ。
「美味しい?」
エリスはもっと欲しいのか、口を少し開けた。
「気に入ってもらえたようだな。冷ますからちょっと待ってくれ」
スプーンに掬っては、息で冷まして口に運ぶ。
それを何度も繰り返した。
僕にとっては幸せな時間だった。
今だけが……
食事を終え、彼女をベッドに横たえる。
「これから王都に戻る。奴隷を買ってくる。帰りはきっと夜になるだろうから待っていてくれるかい?」
エリスは頷くだけだった。
ただ、僕の手を弱々しい力でぎゅっと握ってきた。
「……必ず戻るよ。じゃあ、行ってくる」
……僕は奴隷商をやることへの不安とエリスを一人にすることの不安が外を出るとどっと押し寄せてきた。
これからやっていけるんだろうか……
僕は昨日まではただの学生だ。
王族としての地位があったが、他の学生と違う点を探せば、王宮に住んでいるか否かだ。
それくらいの違いしかない。
あとは王宮と学園の往復だけ。
商売なんてどうやればいいんだ……。
とにかく、王都の東門に向かわなければ。
王都の門にはアロンはいなかった。
衛兵は頬の印だけを見て、扉を開けてくれた。
無味無臭な態度がこんなに嬉しいと感じる日があるとは……。
今までの生活は賛辞の嵐だったのに……。
王都の中を歩くと、意外と嫌な思いをすることはなかった。
街中の人たちの視線はどことなく冷たいものがあったが、石を投げられることは殆どなかった。
親子が前から歩いてきた。
僕は何気なく歩いていたが、母親は子供を庇うように立ち止まった。
……これが僕の立場なのだろう。
子供に危害を加えるつもりなんて毛頭ないが、疑われる存在。
だが、今は気にしない。
これもいつかは変わっていくはずだ。
東門にたどり着くと、昨日の衛兵はいなくなっていた。
別の者が対応していく。
「あの……奴隷を……」
すっと差し出された書類には、奴隷を受け取る契約書だった。
そこには奴隷の引き渡し先も記載されていた。
とりあえず、奴隷を受け取ったら、ここに連れていけば良いんだろうか。
引き渡し先はどれも王都内にあった。
今日は商会が相手のようだ。
衛兵に指図されるまま、処刑場まで足を運んだ。
意外と清潔な空間で驚いた。
……僕も奴隷商にならなければ、ここに来ていたかも知れないんだな……。
「なんだ、お前は……ああ、噂の奴隷商か」
あまり話したくはないな。
「奴隷を受け取りに来ました」
「ああ。あっちだ。全員で……3人だな」
……あれ? 意外と普通だ。
どうなっている?
昨日のはもしかしてガトートスが仕組んだことなのか?
ルドベックはともかく、他の衛兵も……。
だとするとアロンはどうなる?
よく分からない。
奴隷はやせ細った人と筋肉がすごい人、あと老人だった。
鎖で手と足を繋がれていた。
「ほらよ。もってけ」
まるで物のように鎖を手渡してきた。
「……たしかに受け取りました。では……」
「おう、ちょっと待て。お前、新顔だからな、儀式をするぜ」
そういって、頬を思いっきり殴られた。
「……ふいぃ。スッキリしたぜ。これから来る度に殴らせてもらうぜ。本当に最高だよな。奴隷商ってやつはよ」
どこが最高なんだ……。
痛む頬をさすりながら、奴隷をつなげた鎖を引っ張っていく。
奴隷達は全く抵抗する様子もなく、ゆっくりとした歩調で進んでいく。
目的の商会にはすぐに到着してしまった。
時間的には早かったが、気分的にはずっと遅かった。
奴隷を引き連れて歩く僕に罵詈雑言の嵐があったからだ。
人でなしとも言われた。
人の売り買いが素晴らしい行為だとは思わない……。
しかし、一方で経済に貢献していることは間違いない。
安価な労働力があるというのは人々にも大きな恩恵があるはずだ。
だからこそ、奴隷商は必要なのだ。
これがなければ、大きな歯車がなくなったように経済は歪なものになってしまうだろう。
もっとも奴隷商貴族はしばらく空席だったため、歪な経済はずっと前から起こっている。
物の値段が異常に上がり始めているのだ。
それが王都民の不満を大きくさせている。
僕へのそれも八つ当たりみたいなものかも知れない。
「これが商会か……」
商会の人は満面の笑みで奴隷を受け取っていた。
彼らほど、奴隷の価値をよく知っている人はいない。
もちろん、奴隷商の価値も。
「ささ、これを……」
奴隷を受け渡すとお金を受け取ることになっている。
ちょっと、多い?
「規定の額ではないと思うのですが?」
「それはただのご挨拶と思っていただければ……これからも当商会をご贔屓にして下さい」
それだけを言って、商人は奥に行ってしまった。
3人の奴隷を売ったことで得られる利益は銀貨3枚。
そして、別の袋に入っていたのは……金貨10枚だった。
このお金は一体、どう言う意味なのだろうか?
僕はまだまだ奴隷商のことをよく理解していなかった。
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