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『やがて教祖様が教団の金を持って海外に逃亡した時、私の疑念は確信に変わりました。信者たちには、表向きは「海外へ布教活動をするため」と説明がありましたが、実際には道楝が仕掛けた内紛であり、道楝は教祖様の娘を人質に取り、臓器移植ビジネスの罪を全て教祖様に押し付け、自分が教団の実質権力を握ることに成功したのです。
この世には神も仏もありません。
代わりに在ったのは、鬼でした。
私の中の鬼は、日に日に血を欲しがるようになりました。
初めの標的は、教祖様でした。
しかし決意を固めてからも、実行に至るまではしらばく時間がかかりました。やると言っても、一体何をやれば良いのだろう? 若い頃の私は、まだ海外旅行さえしたことがなかったのです。やがて私は大学教授になり、海外へのフィールドワークを利用して、ようやく教祖様の身柄をこっそり探し始めました。
砂漠の中から一粒の砂を探し出すような作業でしたが、時々教団に送られてくる教祖様直撮りの極秘ビデオレター、その動画を解析したり、宛先を調べたりして、徐々に居場所を特定して行きました。
彼は東南アジアの一角に潜んでいました。
彼は今でも国際指名手配され、行方不明という扱いになっていますが、ジャングルの奥地で人喰いトラの餌食になったことを私だけが知っています。彼は死後、あれほど行きたがっていた天国に辿り着けたのでしょうか? 少なくとも彼の最後の言葉は、「逝きたくない」でした。教祖様を殺すまでに、私は相当な労力と精神力を使いました。気がつけば長い年月が経っていました。
ですが私の中の鬼はまだ満足していませんでした。残るは一人です。
私は周到な計画を立て、そして今日、道楝を殺すことにしました。
その頃には道楝は教祖代行として実質権力を掌握し、教団内で多大な影響力を持ち、そして密かに臓器移植ビジネスを復活させようとしていました。教団内では教祖様の娘を神の子として祭り上げ、心臓を捧げる儀式が再び復活しようとしていました。私はすぐさま計画を実行しなければならない、と感じました。
彼を六門天主堂に呼び出すのはさほど難しくありませんでした。昔から、彼はいつも私を此処に呼び出していたのです。その日の夜、私は道楝と共に山に登り、それからタイミングを見計らって彼に刃を突き立てました。
初め驚きと混乱の表情を浮かべていた彼の顔も、やがてすぐに赤くなり、そして青くなり、最後には怒りと失意の色を浮かべて死んで行きました。まだ終わりではない。道楝が絶命してからも、鬼は私に囁き続けました。まだ終わりではない。コヤツの心臓を抉り出し、磔にし、天国の門をコヤツの血で彩らねばならぬ。
……そこから先は、良く覚えていません。
私は何かに取り憑かれたように、一心不乱に、何度も何度も死体に刃を突きつけ、神に捧げる小さな供物を取り出しました。全ての作業が終わる頃、気がつけば辺り一面真っ赤に染まっていました。
呆然としたまま、とにかく天主堂の外に出て山を降りようとした時、こちらに向かってくる影が目に入りました。それが『阿修羅』と呼ばれる男でした。木陰に隠れ、しばらく様子を見ていると、彼は建物の中に入って行きました。恐らく道楝の死体の第一発見者になったであろう彼は、咆哮のような悲鳴を上げ、慌てて山を転がるように降りて行きました』
「あの時『阿修羅』が現場にいたんだ」
配られた文章から顔を上げ、羊は興奮気味に囁いた。
「密室を作ったのは、やっぱり『阿修羅』だったんだよ」
『……私としては、既に復讐は成し遂げている訳ですから、後はどうにでもなれという心境でしたが、しかし『阿修羅』は下山する時私の姿を目撃したかも知れませんでした。それに、あれは生まれつきの殺人狂とでも言うべき外道であり、あろうことか島の子供たちを襲っているのを知りました。
もう二度と私のような悲劇を繰り返す訳には行かぬ。
もう二度と鬼を産む訳には行かぬ。
どうせ堕ちるところまで堕ちた身、『阿修羅』を地獄へ道連れにしようと、私は導かれるように再び刃を握りました。相手は巨漢でしたが、酔っ払っているのか、彼を殺すのにそれほど苦労は要りませんでした。血行が良くなっていたのでしょう。軽く動脈を斬るだけで、彼は噴水のように鮮血を撒き散らし、数分後には絶命しました。それから彼の腕を切り落とし、見せしめとして天主堂に掲げました。
鍵の施錠は動画サイトに上がっているテープと紐の方法を参照しました。少しでも発見が遅れた方が良いと思ったからです。』
「釣り糸のトリックじゃなかったのかな?」
「シッ。待って、まだ続きがあるわ……」
『私は……私のした事が正しかったとは決して思いません。彼らをこの手で殺めても、当然子供たちは帰って来ません。私の心が晴れることは一度もありませんでした。
復讐を成し遂げてからも、私の心に鬼は棲み続けました。鬼は、何かと理由を付け、私に再び刃を握らせようと耳元で囁き続けました。『阿修羅』を殺した時……私は復讐のためではなく、自分の保身のために人を殺めたのです。
確かに彼は外道だった。義憤や、社会正義など、いくらでも言い訳は出来るでしょう。しかし私がこの手で、命ある者に刃を突き立てた事実は変わりません。
このままでは数日経たないうちに、私は私で無くなってしまうでしょう。もうどうすることもできぬ。そう悟った私は、穢れたこの身を海に投げ捨てることに致しました。それでこうして、最後にこの文を
全ては私が行ったことです。お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
許しを乞おうとは決して思いません。ただ、もう二度と、このような悲劇が繰り返されぬよう、祈るばかりでございます。 敬具 由高環』
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