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山を降りると、電気が復旧していた。羊は胸を撫で下ろした。わずかでも明かりがあると、こんなにも安心できるものなのか。電波も届くようになり、それぞれ分かれて調査していた面々と連絡を取り、結果を話し合った。
『じゃあ、死体はまだあそこにあったのね?』
「うん。だけど、野犬に食べられたりしたら危ないから、残りの門も封鎖して来たの」
麻里の質問に風音が答えた。すでに鼠や烏に相当やられていた……とは言わなかった。証拠写真も取っていたが、こんなものを見せたりしたら、恐らく卒倒してしまうだろう。
鍵のない門にしろ、小型の烏がその身をねじ込む程度の隙間はあったのである。それで、極門、死門、鬼門には、念のため外側から板を打ち付け、補強しておいた。隙間なく補強したので、もし此処から入れるとしたら、毛虫くらいのものだろう。
これで出入り口は2つに絞られた。
生門と神門。
天門は、死体と固まった血で既に封鎖されている。スペアの鍵はそのまま管理人室に置き、残りの鍵は駐在さんが肌身離さず持っている。
『被害者は殺される直前、現場で誰かと会っていた……これはもう間違いないでしょうね。そっちは? 何か分かった?』
便利なもので、今は電話でも一対一じゃなく複数人と顔を突き合わせながら同時に会話できる。風音の質問にまず答えたのは、沖田・麻里組だった。
『それがもう大変よ! 俺たち、犯人分かっちゃったかもしれない』
「え?」
『本当?』
『まぁまぁまぁ、まずはこれを見てくれ……』
鼻息荒く、沖田はスマホで撮った動画を再生した。画面が共有され、6人全員に同じ動画が流れ始める。
羊は長方形の液晶に目を凝らした。動画は、草むらの中から隠し撮りされたものだった。雑音や手ブレが酷く、画面が大きく揺れている。やがて画面はゆっくりとズームしていき、3人の男たちの背中を捉えた。
「これって……村長? もう1人は……誰かしら?」
『隠し撮りしたの? 此処どこ?』
『シッ! ここからだよ。例の会話は。民宿の裏庭で、村長がコソコソ誰かと話してるのを偶然発見したんだ。相手は誰だと思う……?』
【……本当にお前じゃないんじゃろうな!?】
そう叫び声を上げているのは、沼上村長である。その横の男に、羊は見覚えがあった。
【俺じゃねえ! お前らこそ、ふざけんな。この俺を嵌めやがったな!】
【知りません! 知りませんよ、やめてください、やめ……ひぃっ!?】
悲鳴を上げているのは、管理人だった。
六門天主堂の管理人が、胸元を掴まれ、締め上げられていた。顔はよく見えないが、紅花染の、橙色の袴……山伏だ。事件当時風呂を覗いていたというあの山伏が、怒りの咆哮を上げていた。
【俺を殺人犯に仕立てようと……そういう腹だろう!?】
【確かに、少し痛めつけてやれとは言ったが、まさか殺すなんて……】
【だから俺じゃねえって言ってんだろ!? お前らだ、お前らが殺して、俺をあそこに呼び出したんだ】
【冗談言うな。ワシらはずっと宴会場にいたわい。第一、鍵を持っていたのはお前さんじゃろう】
【はい。確かに私、あの時鍵を預けましたよね。それでその後、貴方に返してもらった……】
【俺じゃねぇ! だが、俺が覗いた時ァ、確かに中でガサゴソ音がしてた気がしたな。そうだ、人影も見たかもしんねぇ。背の低い……確か女だったような……今思えば、アイツが殺ったのかもな】
【今の話、本当だろうな……?】
再び画面が激しく動き、動画は此処で終わっていた。
『此処から3人が部屋に戻っちまったんだ』
沖田が残念そうに唸った。
『なぁ、これって決定的な証拠だよなぁ!? 村長と管理人、それからあの不審者! 3人とも裏で繋がってやがったんだ。しかも、教祖を殺す計画も立ててた』
『殺す計画じゃなくて、痛めつける計画でしょ。犯人らしき影も目撃したって言ってるじゃない』
『その話、そのまんま信じるのかよ?』
麻里の反論に、沖田が捲し立てた。
『ぜってー嘘じゃん。アイツは完全に、殺しのプロだね』
『何で分かるの?』
『見ろよあの顔。それに、あの身のこなし……』
『顔見えてなくない? それに動いてないし』
『とにかく! 山伏は村長に雇われて、この島に来たプロの殺し屋だ。村長と管理人はグルだった。管理人がこっそり山伏に鍵を渡し、教祖代行を呼び出して始末したんだ。謎は全て解けた!』
自分が事件を解決したとあって、沖田は軽い興奮状態だった。
「遺体に残された、体液の件はどうなるの?」
『それは……教祖はあの天主堂で、信者の女とおっぱじめてたんだよ』
『何でわざわざそんな山奥で?』
『それは……そっちの方が興奮するだろうが! 背徳感あるだろうが! 天主堂だぞ! カルト宗教の目的なんて、結局金かセックスだろ!? なぁ!?』
『最低……』
「沖田くん、ちょっと黙ってて」
『だけど天罰が当たった。その瞬間を山伏に狙われたんだ』
「だったら普通、お相手の女性も殺されるんじゃないかしら?」
沖田は黙らなかった。風音はと言うと、彼の推理に不満げだった。
「どうして山伏は教祖代行だけを殺したの? それもあんな残酷な方法で、見せしめのようにして」
『……
「顔見られてるかもしれないのに? それで捕まったら本末転倒じゃない」
どうも山伏がプロの殺し屋という程で話が進んでいるが。動画を見る限り、かなりの危険人物には間違いないだろう。羊は嘆息した。村長と管理人の繋がりもこれで分かった。村長が山伏に物騒な依頼をし、管理人が鍵を貸したのだ。標的が天主堂に向かうことを、3人は予め知っていた。
『これは沖田の補足みたいで、何かムカつくんだけど……』
麻里がそう言って心底嫌そうに切り出した。
『被害者が夜な夜な信者を天主堂に呼び出しているというのは、この島じゃ有名な話だったみたい。引き出しの中に、スペアの鍵があったって言ってたでしょ? アレはきっと、被害者が借りていた鍵。管理人は、被害者に何か弱みでも握られてたんじゃないかしら? それで毎回彼に鍵を貸していた。けれど、疎ましくなって殺しの依頼に乗った……とか』
『ほれ見ろ!』
一方沖田は嬉しそうに破顔した。
『やっぱりアイツらが犯人だったんだ。この動画は全世界に公開され、俺は事件を解決した謝礼に1億円もらう事になる! 謎は全て解けた! ワーッハッハッハッハッハ!』
「荒草くんはどう思う?」
踊り狂う沖田を無視して、風音が隣にいる羊に尋ねた。
「そうだね……でも大筋はさっきので間違ってないんじゃないかと思う。村長が計画し、管理人が鍵を貸し、山伏が実行した……問題は、山伏が天主堂に辿り着いた時には、被害者はすでに殺されていたらしいけど」
「その山伏が本当のことを言っていると思う?」
怪しい人物が嘘をついているとも限らない。だが、
「分からない……だけど、まだこれが事件の全部って訳じゃない気がする」
「私もお相手のことが気になってたのよ」
風音が目を細めた。
「山伏の話が本当なら、そのお相手こそ真犯人じゃないかしら。ねえ荒草くん、私、この事件は宗教的対立とか政治的対立とかそんなものじゃなく……単純に、男女関係のもつれ、のような気がするわ」
「どうして?」
「女のカン……よ」
『謎は全て解けたが、そっちはどうだったんだ?』
踊り疲れた沖田が、まだ発表していなかった一条英里奈・井手蓮組に問いかけた。
『俺たちにも新発見はあったんだけど……流石にあの動画の後じゃ見劣りしちゃうな』
英里奈は少し申し訳なさそうに、博物館に言って調べたこと、六門島が禁教令解除後、大体3つの派閥に別れたこと……それから館長にしつこく話を聞き、村長一派と教団が対立していたこと……などを報告した。大筋は、登山の時教授が話してくれた内容と同じだった。
『……それから、残りの俳句も見つけたの』
「残りの俳句?」
『ええ。見て……』
蓮が画像を共有する。1枚目は、
『風神と
手足交わる
十六夜』
『……風神っていうのは、ガラサ様のことね。『十六夜の句』、『手足の句』と呼ばれているわ』
「手足の句……」
『それからこっちは』
『荒海や
割れた頭と
踊る月』
2枚目は『月の句』、『頭の句』とも呼ばれているらしい。『心臓の句』と併せて、この3つがガラサ様を詠った句になるようだ。
「ねえ荒草くん」
風音が羊の方を見て囁いた。
「もう一つ可能性があったわ。『そのお相手は、すでに犯人によって殺されている』」
羊たちはもう一度俳句に目を落とした。
『風神と
手足交わる
十六夜』
『荒海や
割れた頭と
踊る月』
その俳句の意味を、羊たちが目撃する事になるのは、それから数日後だった。
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