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 雨戸の締め切られた部屋に、太い蝋燭が一本。


 時折ひゅうひゅうと隙間風が吹き込み、その度に狭い部屋は小刻みに揺れた。一夜明けさらに勢力を増した台風は、五島列島から玄界灘方面に向けて、のろのろと北上を続けていた。気まぐれにやって来た風の神は、もう2〜3日この付近を観光していく予定なのだろう。


 島に来てから4日目の夜。

 停電が続いていた。ちらちらと揺れる火が羊たちの輪郭を舐め、壁に天井に、歪んだ黒い影を踊らせている。暗がりの部屋の中では密談が行われていた。6人の学生たちは肩を寄せ合い、声を潜め合う。百物語……ではない。だが、人目を憚る話には違いなかった。


「それで……」

「本当なの? この宿に犯人がいる、って」


 畳の上で膝を抱え、怯えた表情を見せるのは、英里奈と蓮だった。羊は小さく頷いた。


「間違いないと思う。あの事件の後、犯人は鍵を返しにきたはずなんだ。それで密室が成立した。だから犯人は、あの晩宿にいた人ってことになる……」

「犯人はどうして密室なんか作ったのかしらね?」


 羊の隣で風音が小首を傾げた。皆の視線が一斉にそちらの方に移動する。白い肌が橙色に染まる様子は、炎の中で焼かれる日本人形を思わせた。闇の中で風音の目が光った。


「だってそうでしょう? 普通、密室って言ったら、事故とか自殺に見せかけるはずでしょう。だけどあんな殺され方……絶対に自殺じゃありえないじゃない」

「だから犯人ソイツがイかれてんだよ」


 沖田が声を震わせた。楽しいはずの旅行が一転、凄惨な殺人事件へと変わり、心底参ったと言った具合である。


「まともな奴が人間を磔になんかするか? 戦国時代じゃないんだぞ。ましてや心臓を……気が違ってるとしか思えねえよ」

「ねえ、もしかしてあの時の俳句なんじゃない?」

「俳句?」


 今度は麻里の方に視線が集まる。麻里の小さなシルエットはうちわを扇ぎながら、全員を見渡した。


「ホラ、博物館にあったでしょ? 『心臓が〜』って書かれた、意味不明のグロテス句。きっとアレのことなのよ」

「あぁ……」


 その俳句なら羊も覚えている。博物館の屏風に書かれていた奇怪な句は、島の伝説・ガラサ神を詠ったものだった。確か


 『心の臓

   猛きその味

     神のみぞ』


 だったか。実際は人身御供について詠んだ句らしいのだが。犯人はガラサ様を思い起こさせるため、句に準えて被害者を殺した……?


「きっとそうよ。悪い神様がこの島にはいるんだぞーって、あの教団の人たちを脅してるのね」

「脅すどころか、教団のトップが殺られちゃってるんですけど」

「でも、俳句ってあれだけだったのかな?」


 蓮がぼそりと呟いた。それで皆ハッとなった。


「確かあれ、『心臓の句』って教授言ってなかった?」

「あぁ、そういえば……」

「伝説じゃ、心臓はガラサ神に捧げたんだよな。それで手足は村人が食し、胴体は……え〜っと、確か……」

「じゃあ……もしかしたら他にもあるってこと?」


 全員が押し黙った。

 蝋燭の火が激しく揺れ、古びた窓がガタガタ鳴る。雨戸を叩く音は先ほどから風に合わせて強くなったり弱くなったり、不規則なリズムが羊たちの不安を駆り立てた。


「……犯人は推理小説の愛好家かしら?」

 風音が皮肉交じりに笑った。

「わざわざ俳句に準えて人を殺すなんて、現実じゃ有り得ない、尋常じゃないわ。まさか本当に、幽霊の仕業だなんて信じる人いないでしょうし」

「……もしかしたらこっちが勝手に思い込んでるだけかもしれない」


 羊は口元に手をやった。

 どうも腑に落ちなかった。密室にするなら、あれほど残虐な殺し方をする必要もない。発見を遅らせるため? しかし、あんな目立つところに、あんな格好で死体を飾っておくなど、見つけてくださいと言っている様なものである。犯人の目的は一体何だったのか?


「本当は、見立て殺人でもなんでもなくて……心臓を抉り取る意味が、別にあったのかも」

「心臓を抉り取る意味って何だよ?」

 沖田が呆れた様な声を上げた。


「抉り取って、晩御飯のおかずにでもすんのか? 考えたって無駄なんだよ、こう言うことは。犯人がいつでもに動いているなんて、ミステリー小説の読み過ぎだ、とんだ勘違いだぜ。イかれた奴ってのは何処にでもいるんだ。××××じゃ仕方ねえ。理屈で考えたってダメなんだよ」

「抉り取った心臓は、何処に行ったのかしら?」

「もしかして、本当に昨日の晩御飯の中に入ってたりして」

「いやぁ! ……それって何の映画だったっけ?」

「確かアンソニー・ホプキンスの……」

「とにかく!」

 騒がしくなってきた部屋の中で風音の一喝が轟き、羊たちは沈黙した。


「一旦全員で、不審な部分や疑問点をまとめましょう。何か分かるかもしれない」


 それでそれぞれ、自分の気になるところを紙に書き出して行った。それを纏めたのが次の一覧である。


・疑問点

①なぜ殺したのか?(犯行動機)

②なぜ密室にしたのか?

③なぜ死体を磔にしたのか?

④なぜ心臓を抉ったのか?(心臓の行方)

⑤俳句は他にもあるのか?(殺人はこれで終わりなのか?)


・不審な点

⑥事件当日風呂を覗いていた山伏

⑦羊と風音が見かけた少年少女

⑧管理人の不在証明アリバイ

⑨村長と天主堂(管理人)の関係


 ……など、様々な項目が挙げられた。


「とりあえず」


 集まった項目を共有シェアしながら、羊が唸った。他にも見落としている項目があるかもしれないが、あまり多過ぎても推理が進まない。何を考えるかをまず考えなくてはいけない。


「手分けして調べてみよう。犯人特定まではいかなくても、何か分かるかもしれない」

「いやぁ……でも、危険じゃないか? そう言うのは警察に任せた方が……」

「警察なんて、しばらく島に来れないじゃない。その間に次の殺人が起きたらどうするの? 私たちは殺人鬼と一緒に、この島に閉じ込められてるのよ!」


 賛否両論あったが、結局皆で協力して捜査する事になった。どうせこの台風じゃ他にやる事もなく、話題に上がるのは、専ら今回の殺人事件についてである。


 それぞれペアになり、


 一つは、

 管理人や村長、村の人間関係について調べる組


 一つは、

 ガラサ様について、他の俳句を探す組


 一つは、

 もう一度現場や死体を検証する組


 に分かれた。


「なんか……探偵みたいだな」


(じゃんけんの結果、麻里とペアを組む事になり)ようやくやる気を取り戻した沖田が、ぼそりと呟いた。麻里ががっかりしていたのは言うまでもない。


「少年探偵団。なんかカッコよくね?」

「もう少年って歳でもないでしょ。だったら美少女探偵団じゃない?」

「自分で美少女って言うのかよ」

「うっさい! 二刀流!」

「じゃあ行きましょう。皆、気をつけて」


 風音が最後に締めて、全員が頷く。


 こうして『もう少年って歳でもなく、自分で自分のことを美少女と言う探偵団』、通称MJTが動き始めた。

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