6

「白状しろ! お前が犯人なんだろう!?」


 民宿の大広間で。

 急遽取り調べが行われていた。

 白髪の駐在さんの前で、六門天主堂の管理人・相内宗ががっくりと項垂れている。駐在さんは自分の推理に幾分か自信があるようだった。駐在さん曰く、


『犯人は管理人である』。


 そう断言した。駐在さんの意見もまぁ一理ある。何故なら、犯行当時メインの鍵を持っていたのが管理人なのだ。他には誰もいない。彼だけが自由に天主堂に出入りできた。となれば、おのずと犯人も絞り出せるというものだ。しかし……


「ですから……私はその夜、村長と此処で宴会をしておりまして」

「何だとぉ!?」


 こちらは管理人の言い分である。夜中の1時過ぎまで、民宿で酒を飲んでいたというのだ。


「フン。大方トイレに行くとでも言って、途中こっそり抜け出したんだろう? その間に殺したんだ」

「まさか。頂上まで往復2時間はかかりますよ!」


 彼が1時過ぎまで宴会場にいたことは、村長他、井出蓮も目撃していた。

「下の階がうるさくて……眠れなかったの。だから何度か起きて下の自販機に行ったりして……それで、覚えてる」


 ちなみに殺された道楝を最後に目撃したのは、村長他、羊や風音たちだった。廊下で言い争いしていた、あの時。うろ覚えだが、あの時確か22時前だった、と誰かが証言した。羊は腕を組んだ。


 つまり、犯行時の行動を整理すると、


【22時ごろ】 

 被害者と村長が廊下で言い争う。被害者はその後、「用事があるから」と何処かに姿を消す。恐らく天主堂に向かった。


【1時ごろ】 

 宴会が終了。その間、メインの鍵は管理人のカバンに下がっていた。


 羊たちが民宿に戻って来たのも1時ごろである。これは鳩時計が鳴ったので覚えていた。22時手前から日を跨いで午前1時。約3時間の間に、犯行が行われたと見て間違いない。


「本当に鍵はあったんだろうなあ!?」

「それは……酒も入っていたし……」

 管理人はしどろもどろになった。露骨に目を逸らす相内に、駐在さんがぐっ、と顔を近づけた。

「怪しいな……隠し立てしても碌なことがありませんぞ」

「私は……だけど……」


 こんな具合で、さっきから押し問答が続いている。

「隣、いい?」

 羊がそのやりとりを広間の片隅から遠目で見つめていると、風音が彼のそばに寄って来た。羊の隣に腰を下ろすと、囁くような声で羊に問いかけた。


「……どう思う?」


 羊は死体発見時のことを思い出し、小さく身震いした。まだ血の臭いが、その惨たらしい姿が鮮明に焼きついている。

「いくら何でも……非道過ぎる。犯人は何故あそこまでしなくちゃいけなかったのか……」

「密室の件は確かなの?」

「……うん。確かに天主堂の門は全部閉まってた。だけど……」

「けど?」

「密室は簡単に解けたよ。つまり犯人は、犯行時管理人のカバンから鍵を盗み、終わってから元の場所に戻した」

 風音が目を丸くした。


「そんなこと……できるの!?」

「出来ると思う。皆お酒も入ってたし、それに乱闘騒ぎまであっただろ? あれに乗じれば、気づかれずに盗むくらい簡単じゃないかな」

「だけど、往復2時間もかかるって……あ!」

 黒髪の少女は何かに気がついたように口元を手で覆った。


「分かった! 共犯者がいるのね!」

 羊が頷いた。

「だと思う。誰かが鍵を盗み、外にいる実行犯に渡した。もしくは、あの管理人もグルなのかもしれない。共犯者にこっそり鍵だけ渡せば、容疑者が宴会場にいたとしても犯行は可能だよ」

「あの時の覗き魔!」

 弾かれるように風音が羊を見た。

「怪しい奴が彷徨いてたって……其奴が実行犯だったのかも!」


 覗き魔が現れたのは確か、2時から3時前後。

 あの時、彼奴が犯行後に鍵を返しに来たのだとしたら、辻褄が合う。英里奈は図らずもそれを目撃していたのだとしたら?


! つまり、あの管理人は限りなく黒に近いグレー……なるほど。何だか歯車が噛み合い出してきたわね」

 風音が興奮気味に言った。

「だけど、まだ何かある気がするよ。僕らの見えない部分で、見えない歯車が動き続けている……」


 羊は取り調べを受ける管理人を見つめた。天主堂の管理人……相内宗は脂汗を浮かべ、やたらと挙動不審に陥っていた。


 単純な事件……果たしてそうだろうか? 


 死体の心臓を抉り出し、磔にするなど、相当な労力を必要とするに違いない。犯人はどうしてそこまでする必要があったのか? 単なる見せしめか? ガラサ神の伝説になぞらえたというのか? 一体何のために? まさか、本当に幽霊の仕業じゃあるまいし……。


「そういえば、あの子たちはどうなったのかしら?」

 あの子たち、というのは羊らがあの夜茂みの中であった小さな少年少女である。


「ウチの孫もいなくなっとるんですよ!」


 そう叫んだのは、民宿の方の管理人・沼上丈吾だった。髭ダルマ……沼上丈吾は、昨日まで見たこともないような青白い顔をしていた。顔中の皺という皺を寄せ、しきりに狼狽えている。その時羊はハッと気が付いた。


 あの少年。どっかで見たことがあると思ったら、顔つきが沼上丈吾にそっくりなのだ。


のやつ、昨日の夜からフラ〜っとどっかに行っちまって……!」

「それなら、もおられませんぞ!」


 側から見ていた白装束が、此処ぞとばかりに声を張り上げた。縮こまっていた管理人に食ってかかる。


「貴様! よくも教祖代行を! 神の子は、レオナ様は何処だ!? 貴様が隠したんだろう!?」

「知りません! 私はそんな……!」

「しらばっくれるな!」


 羊と風音は目配せした。もしかして、あの晩出会った少年少女こそ、ではなかろうか?


「あんな幼い子を誘拐するなんて!」

「知りませんったら!」

「まぁまぁ、まだ犯人と決まった訳じゃないんですから」

「貴方もさっきそう言ってたじゃないですか」

「アレは昔テレビドラマでやっていた、取り調べの決まり文句みたいなモンです。とにかく、もうすぐ本土から応援が来ますので。そうしたら検死も出来ますし、キチンとした証拠も見つかるでしょう」

「しかし、この台風じゃあ……」


 不意に全員が沈黙し、その視線が自然と外に吸い寄せられて行った。窓の外では、大粒の雨がガラスを殴るように叩き続けている。時折稲光が暗がりを照らした。

「ジョージ!」

 沼上丈吾が怒りを噛み殺したように低い唸り声を上げた。すると、彼の隣に座っていた30代くらいの男が、物憂げに反応した。


「何だい、父さん」

「お前、医者なんじゃろ。ちょいと奴さん見てこいや」

「だけど、僕ァ医者と言っても内科だよ。検死なんてとても……」

「ごちゃごちゃ言わんと行きゃあ良いんじゃ! 息子が心配なのは分かるが、犯人がはっきりすりゃ、そっだけ見つかりやすかろうが」


 丈治、と呼ばれたのはどうやら丈吾の息子のようだった。髭ダルマと違い、丈治の方は痩せぎすで、神経質そうな顔つきをしていた。


 羊は頭の中で人物相関図を描き出した。

 沼上村長の一族。

 村長の丈一郎が一番上で、もうひ孫までいることになる。

 丈一郎→丈吾→丈治……と三世代続き、今現在姿が見えないのが丈治の息子・沼上麗央。


 そして対立する新興宗教の神の子が白ずくめの少女・レオナ、という訳か。

 しかし、2人が一緒にいたのはどういう訳だろう? それに、行方不明というよりあれはまるで自分から逃げているようであった。


 羊は声をひそめた。

「あの……沼上一家だっけ? 何か裏がありそうだと思わないか?」

「そうね……特に、直前に被害者と言い争いしてた村長。あの人にも殺す動機は十分にあった。でも村長は最後まで宴会にいた……か」

「村長と天主堂の関係も、一度詳しく調べてみる価値はあると思う」

「私、2人を見たこと駐在さんに話してくるわ」


 風音が颯爽と立ち上がったのを見て、羊もこっそり席を外した。


 裏庭に続く扉を開け、スマホを取り出す。16時44分。雨は再び勢いを増してきていた。悪天候の影響で、電波が著しく損なわれていたが、きっと圏外でも繋がるだろう。羊は電話をかけた。


『もしもし?』

「もしもし? おりょうさん?」

『あ! 羊さん!』


 たちまち華やぐような声が、耳元から聞こえてきた。


 おりょうさん、というのは羊の高校時代の友人だった。


 実は彼女、元々幽霊で、今は訳あって男になっている。話せば長くなるのだが(※この辺りは前作『一分間彼女』をご覧下さい)、羊にとっては、自分に霊感が芽生えたというのがひどく憂鬱だった。だって、もし将来ミステリー作家になったとしたら、足枷にしかならないじゃないか! 実は幽霊が犯人でした、なんて恥ずかしくて書けやしない。


『そんなことないですよ。幽霊が出てくる、とびっきり素敵な推理小説もたくさんありますよ。たとえば……』

「その話はまた今度ね。それより、聞きたいことがあるんだけど」


 羊は出来るだけ掻い摘んで、刺激が少ないように事件のあらましを説明した。話しながら、おりょうさんはすすり泣き始めてしまった。おりょうさんは幽霊でありながら、怖い話が大の苦手という、実に不可思議な存在だった。


「……という訳なんだけど。おりょうさん、これって幽霊の仕業だと思う?」

 羊は尋ねた。これだけは確かめて起きたかった。もし本当に悪霊がこの島に住んでいて、暴れ回っているというのなら、話がまるで変わってくる。幽霊のことは、幽霊に聞くのが一番だ。

 

 ぐすん、と鼻をすすりながら、おりょうさんが涙声を出した。


『確証はできませんが……鍵をわざわざ開けたり閉めたりするというのは、幽霊っぽくないなと」

「なるほど……」


 確かに幽霊なら、鍵なんて必要ない。壁を素通りすれば良いだけなんだから。しかし、死体には実態がある。死体を天主堂の中に運ぶために、鍵を開けたのだとしたらどうだろう? タチの悪い幽霊が皆を驚かすために、あんなに手の込んだことをしたのだとしたら?


『……だとしても、その場合館の外にすると思いますよ。わざわざ中に入れるのが、人間らしいと思います』

 その通りだ。そもそも密室、なんて考え方が実に人間染みている。


「ありがとう! おかげで助かったよ」

『あの……』


 羊がおりょうさんにお礼を言い、通話を終了しようとすると、おりょうさんはおずおずと切り出した。


『気をつけてくださいね? 本当に、悪霊が潜んでいるかもしれないんですから。羊さんの身に何かあったら、私は、私は……!』

「誰と話してるの?」


 その時、突然後ろから声をかけられて、羊は慌てて電話を切った。いつの間にかやって来た風音が、訝しげな顔をして、羊を覗き込んでいた。


「え? いや、その……高校時代の友人と」

「フゥン……? 圏外なのに、よく通じたわね?」

「圏外?」

「さっき、島のこっち側も停電したの。しばらくは電話も使えないみたい。皆蝋燭立ててるわ。こっちの人って、停電慣れしてるのね」

「そうなんだ……じゃあギリギリだったかな? ハハ……」

「それからやっぱり明日、天候次第で丈治さんが検死に行くみたいよ」

 風音がそう言った。

「島に一つだけある診療所はもう満杯で、お医者さんももうお爺ちゃんだから、山登りは無理だって。それから他の人は麗央くんとレオナちゃんの捜索。ね、どっちに行く?」


 何とか誤魔化しつつ、羊は背中に冷や汗を感じながら室内に戻った。危なかった。幽霊と喋っているだなんて、真面まともな人に知られたら神経を疑われてしまう。


 しかし、これではっきりした。

 この事件は、幽霊の仕業ではない。


 そして……犯人は。


 スペアキーは事務室の中にあった。

 鍵は事件直後の午前1時には、管理人のカバンに下がっていたという。


 あの管理人が共犯であってもなくても……少なくとも犯人は、犯行後メインの鍵を一度カバンに返しに来ている。


 羊は改めて大広間を見渡した。広間ではまだ管理人への追求が続き、大勢の関係者が集まったままだった。あの時間帯、民宿にいた人物……そう。


 

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