女子会で彼氏の自慢を言い合ってたら、実は全員の彼氏が同じ人だった話

卵の人

第1話

 繁華街から少し外れた通りにひっそりと隠れるように営業している店がある。外観は木などの温かみのある材質を使用しており、ふらっと休憩するのには丁度良く落ち着いている。SNSでバズりそうな派手さはないものの、店全体にこれはこれで良いと思わせるセンスがあった。

『喫茶店 閑古鳥』

 なんとも自虐に富んだ悲しい名前である。自虐に反して店の外観がそこそこ凝っているせいで、SNSでバズらなかったのが悔しくて後から店名を変えたのだろうと邪推してしまうのは愛嬌だろうか。しかし、その店は名前に反してそこそこのリピーターを抱えていた。

 今日はそんなリピーターの二人の少女と店員一人の女性が集って『閑古鳥』を貸し切っている。


 平日の夕方。仕事や学業を終えた三人の女性が『閑古鳥』に集っていた。目的は普段の生活で抑圧された女子特有の悩みや喜びを共感するためである。所謂女子会と言う奴だ。三人の女性たちは久しぶりに誰も欠けることなく集まれたとあって、何やら楽し気な話をしていた。

 …………訳でもなかった。

 ドンッとテーブルが叩かれる。顔を真っ赤に染めたツインテールの少女が、はぁぁと大きな溜息を吐いた。

「最近さぁ、彼氏がねぇ。いや厳密にはまだ彼氏じゃないんだけどぉ。でも既に彼氏? みたいな感じにはなってる感じの彼氏がぁ。酷くてぇ」

 まだ夜にはなっていないと言うのに随分と泥酔しているようだ。口調がちょっとおかしい上に話す言葉に纏まりが無い。

 少女にあるまじき醜態を見て、隣に座っていたポニーテールの少女がカウンターの内側にいる女性に尋ねた。

すみれさん、英華えいかちゃんが飲んでるのってノンアルですよね? なんか英華ちゃんガッツリ酔ってるんですけど」

「ええっと、念のため確認したけど大丈夫。ノンアルだった。そもそも私の店にノンアル以外にお酒はないから、英華ちゃんが酔ってるのはつまり……」

「雰囲気で酔っちゃってるってことですか……。はぁ、まだ中学生なのにこんなにべろべろになっちゃって」

 べろべろに酔ってるツインテールの少女──英華えいかはこの三人の中で最年少の中学生だ。普段は自分に少し自信を持てないところがチャームポイントな少女なのだが、今はノンアルコールカクテルで何故か強気になっていた。

 こんなことになるとは思わず、英華の馴染みである二人も戸惑いを隠せないでいる。

 再びドンッとテーブルが叩かれた。

「聞いてますぅ~!?」

 可愛い顔をしてる癖に、完全に酔っ払いのウザがらみそのものだった。しかし、隣に座る少女はそんな英華の頭を優しく包んだ。

「はいはい、聞いてるよ英華ちゃん。それで、その彼氏君? じゃないんだっけ。その彼がどうかしたの?」

 ポニーテールの少女──四海しうみは高校生である。英華と比べると若干お姉さんであり、英華の可愛らしい我が儘を受けるのはこれが初めてではない。

 お姉ちゃんとしての対応は慣れたものであった。

 英華がぐすんと目尻に涙をにじませながらぽつぽつと零す。

「最近ね、えいかの彼氏がぁ、じゃなくて彼がぁ。その、浮気……というか彼女が出来たみたいで……。会うといつも女の影が見えてくるの……。実際に彼女が居るのか聞いたわけじゃないからわかんないんだけどぉ、でもぉ、何だかそんな気がして、怖くって……」

 今にも泣き出しそうな顔で意中の彼のことを吐露していく。

 ポニーテールのお姉ちゃんこと四海はそんな英華が可愛くて仕方がなかった。英華の顔を両腕と大きな胸で包み込む。

「それは困った彼君だね。でも大丈夫だよ。英華ちゃんは可愛いから、きっと可愛い英華ちゃんを放って他に彼女なんて作らないよ」

「ほんとにぃ?」

「本当だよ。現にその彼君は英華ちゃんと会わなくなったわけじゃないんだよね? それは彼君が英華ちゃんとの縁を切りたくないって思ってくれてるからだよ」

「…………うん。ありがと」

 四海の意見に納得したようだ。英華はぎゅーっと四海の身体にしがみつくように抱き着いた。二人は血は繋がっていないし育ちも違うが、まるで本当の姉妹のように互いを大事に思っているのが見て分かる。

 それを傍から見てた女性──この店のバリスタであるすみれがぼそっと呟いた。

「英華ちゃんを悲しませる男なんて捨てちゃえば良いのに。英華ちゃんならもっと良い男を捕まえられるよ」

 至極真っ当な意見ではあるが、この女は少々空気を読むべきだろう。悩みを吐露した妹を姉が慰めたところなのだ。野暮なことを言うのは良くない。

 四海お姉ちゃんは乙女心に無頓着な菫にメッと指をさした。

「恋って言うのは理屈じゃないんです。本能が訴えてくると言うか、理性が捻じ曲げられると言うか、そういう特別な感情なんです。それに彼君にだって悪い所だけじゃなくてちゃんと良い所もあるだろうし。英華ちゃんは彼君の良い所に惹かれて好きになったんですから」

 なるほどその通りだ。どんなクソッたれた男にも良い所の一つぐらいあるだろう。その一つがとてつもなく英華を惹き付けている可能性は高い。……というか、四海お姉ちゃんはその一つを知っているようだ。

 是非とも聞いてみたい。そう思った菫は英華に尋ねてみた。

「で、どうなの英華ちゃん? その男のどんな所にグッと惹かれたの?」

 菫がカウンターに肘を乗せて身を乗り出す。

 英華は四海の大きな胸に顔をうずめたまま、されど真っ赤に染まった耳を隠さないまま囁くように呟いた。

「…………夜とか、ぎゅーってしてくれて。悩みとか相談とか、そういうお話をしたり。えっと……。うん……。そんな感じ……です……」

 貸し切りの店が静寂に包まれた。

「……ケッ。……ごほごほ」

 菫の吐き捨てるような言葉。次いで、それを誤魔化すような咳が漏れた。

 それを更に誤魔化すように四海が切り出す。

「あはは、まあ、英華ちゃんの彼君にも良い所があるなら良かったんじゃないかな。彼女が居るかもっていうのは心配だけど、良い彼君だと思うよ。菫さんもそう思いますよね? あっ、そうだ。確か菫さんにも良い感じの殿方が居るって仰ってましたし、その殿方に甘えたりとかは……」

 何を隠そう、菫には現在良い感じのボーイフレンドが居る。未だ恋仲には至っていないものの、菫的にはかなり良い感じのボーイフレンドだ。先程から英華の恋路に不快感を示しているように見えるが、決して菫にボーイフレンドがいないから突っかかっているわけではない。

 その証拠に、菫はぐっと胸を張って誇らしげにボーイフレンドについて語り始めた。

「私の彼は、どちらかと言うと私が甘えさせてあげる方かな。彼が年下って言うのもあるけど、最初に会った時に私が彼の悩みを聞いちゃったのもあるのかな。彼は私に会うと結構甘えてくるの。最初の出会いって大切ね」

「意外です。菫さんって年下好きなんですね。私はてっきり相手は年上なのかと思ってました。菫さんってしっかりしてるから、相手にもしっかりした方を求めてそうでしたし」

 四海の指摘に菫がクスクスと笑みを浮かべる。

「中々慧眼ね。実際私は自分よりもしっかりした人の方が好みかな」

「じゃあ、どうして今の彼を?」

 素の問いかけに、菫は頬に手を当てて頬杖をつく。記憶を辿るように、気持ちを纏めるように虚空へと視線をやった。「そうねぇ」と語る。

「彼って年下で私に悩みばっかり持ってくるんだけど、頑張り屋でいつも何かにせわしなくしてるの。何かに頑張ってるからこその悩みって奴。頑張ってる時の男の子ってカッコいいでしょ? 悩みの多い彼だけど、そういうところも私的に彼の魅力だと思う」

「へぇ、私の彼と遠いようで近いですね」

「あ、そう言えば四海さんにも意中の彼が居るって前に言ってたね。折角なんだし教えてよ」

「えー、どうしよっかなぁ」

 二人の会話に興味があったのか、英華が四海の胸からムクッと顔を上げる。酔いは落ち着いたようで、真っ赤だった顔は桃色ぐらいまで引いていた。

「四海おねーちゃんにも良い人いるの? えいか知らなかったかも。教えて教えて」

 可愛い妹からの催促である。四海お姉ちゃんは自慢げに胸を叩いた。その大きな胸が揺れる。

「わかりました! 良いでしょう! 私の彼についてちょっとお話ししましょう!」

 ドヤッと調子の良い笑みを浮かべる様はノリに乗っていた。随分とその彼氏のことを気に入っているようだ。尋ねた二人でさえ若干圧倒されている。

 四海はそんな二人の様子にも気付かず、戦果を誇る子供のように無邪気に語り始めた。

「私の彼はですね~。優しくて~、カッコよくて~、頭が良くて~、強くて~、凄いカッコいいんですよ~。優しいだけじゃなくて、時には厳しくもなるところもあって、カッコいいっていうのも、ただカッコいいだけじゃなくていつもシャキッとしてて、見た目が良いってのもあるんだけど、ただ見た目だけが良いってだけじゃなくて、優しさと厳しさを兼ね揃えた内面のカッコよさもあって、頭の良さとか力の強さもそれだけじゃなくて精神面も兼ね揃えてて────」

「あー、その辺でもういいかな……」

 耳が痛くなってきた菫が話を中断させる。

 四海は不満そうだった。

「え? もういいの? 彼のカッコいい所はもっとあるのに。彼の話を聞いたら絶対二人も彼のこと好きになっちゃうのに」

「いや、私達が好きになっちゃったら四海に迷惑がかかるから……。ね? 私達がその彼に興味を持たないうちに終わらせとこ?」

 一人の男がどれだけよくできた男だとしても、その隣に置かれている椅子は一つしかない。もし、菫と英華が四海の彼氏に興味を抱いてしまったら、椅子の奪い合いになるのは見えている。

 喧嘩をしたくはない。菫は暗にそう告げた。

 四海がキョトンと首をかしげる。数秒して、気付いたように手をポンと叩いた。

「大丈夫! 彼は結構モテるけど、どれだけモテても私が一番だから!」

 よっぽど自分に自信があるようだ。しかし、そういう過信が最も危うい。

「……ほんとにそうなの? 実は浮気してました何てもあったりとか……」

 菫の指摘に対し、四海は一切ひるむことなく堂々としていた。ニコニコの笑みが歪むことなく、逆に、にへらぁと更に緩む。

「私だけに見せてくれる顔とかもあってぇ、そういう顔を見ると私だけを好きなんだなって思う。あんな顔私以外に見せるわけないもん。私も、その、結構可愛いし、彼とはお似合いなんじゃないかなって」

「…………へー、そうなんだ」

「四海お姉ちゃんとその彼さんはよっぽどラブラブなんだね! 羨ましいなぁ!」

 四海に対する反応は菫と英華でまちまちだった。

 四海に狂気的な物を感じた菫は苦笑いしているが、四海のことを慕っている英華は彼氏と上手くやっている四海に更に強い好感を抱いている。この年頃の少女は恋バナが大好物なのもあるだろう。英華は四海のテンションに負けないぐらい興奮気味である。

 怪訝な顔をする菫を他所に、英華は四海に再度彼氏について尋ねていた。

「ねっ、四海お姉ちゃんは彼氏さんとはどんな感じなの? こう、甘えたりとか甘えてきたりとか。あとあとっ、デートとかも教えて欲しいな。お姉ちゃんのちょっと大人なデートを参考にしたいのっ」

 四海が「え~、どうしようかな~」っと、困ったように首を傾げた。ように見えたが、口元は緩んでいる。

 可愛い妹分に彼氏とのイチャイチャを話せるのが嬉しいと言わんばかりである。四海は「しょうがないな~」と姿勢を正すと語り始めた。

「私と彼はあんまり甘えたりとかはないかな。同級生だしね。彼も私も互いに頼ったり頼られたりって感じで、一方的なのはあんまりない感じ。頼る内容も悩みとかよりも勉強とかちょっとした仕事? みたいな奴とかで。何て言うのかな~、大人のパートナー? みたいな感じかな~。私と彼は支え合ってることが多いね。そう言った関係もあって、デートってなると英華ちゃんの参考になるようなものはあんまりないかな。どちらかというとデートよりは仕事って感じになりがちで、二人で一緒にしてもイチャイチャとかはそんなになくてね」

 イチャイチャはないと言う四海は何だか嬉しそうだった。中高生のカップルによくある浮ついた関係じゃないところもまた四海の好みの関係のようだ。

 英華が目をキラキラと輝かせる。

「互いに支え合うって素敵! 大人の関係って感じがする! もっと他にも聞かせて! もっとキュンキュンするような乙女な話とか!」

 他人の恋愛事情だというのにずかずかと踏み込んでいくのは流石は女子中学生と言うべきか。その姿には自慢げに語っていた四海も僅かに身じろぎした。

 だが、可愛い妹分の期待には答えてあげたいのがお姉ちゃんの本懐だ。要望通りのキュンキュンのエピソードを思い出すように顎に手を当て、髪を指先で弄る。長くて綺麗なポニーテールだ。

 そう言えば、とばかりに頭に浮かび上がってきた。弄っていたポニーテールを英華に見せながら話す。

「じゃあ、このポニテについて話をしようかな。私は前はロングだったんだけど、彼がポニテが好きって言うからポニテにしてね。それからは彼がちょくちょく私の髪を触ってくるようになって。そうそう、髪を触ってくるだけじゃなくて、髪を触るときに囁いてきたりするのがすっごく、可愛いって言うかカッコいいって言うか。とにかく、すっごく良くて!」

 顔を真っ赤にしてぶんぶんと腕を振りながら話している。その時のことを思い出しているのだろう。とても乙女だった。

 が、直後、雨に降られたようにしょんぼりと大人しくなった。

「でも、最近は何故か触ってくれなくなったの。私、彼に触ってもらうために毎日けっこう髪のケアとかしてたのにね。それで、長いこと触ってくれなかったから、この前勇気を出して『どうして』って聞いたんだけど、申し訳なさそうな感じで『今まで無遠慮に触ってごめん』って謝られちゃって。別に私は気にしてないのに。寧ろ触ってくれて嬉しかったのに」

 一般的に、女性の髪を男性が触るのは良くないことだろう。だが、恋仲であれば許されるような気はするが、どうやら彼は恋仲であっても許されないと判断したのだろう。

 英華が「あー!!」っと声を上げた。

「お姉ちゃんのもそうなの!? えいかの彼も最近そうなの!!」

 この四海の悩みは英華の彼も同様らしい。

「え!? 英華ちゃんも彼君から触ってもらえなくなったの!?」

「えいかもだよ。彼が浮気してるかもって思い始めたのもこれが原因なの。理由を聞いたら、なんか他の女に女性の髪を触るのは良くないって言われたみたいで。そのせいでえいかの髪も触ってくれなくなったの。頭も撫でてくれなくなっちゃった。……ぎゅってしながら頭をなでなでされたり、髪を触ってくれるの好きだったのに」

 同時期に似たような事例が確認されたということは何らかの原因がありそうである。例えば、雑誌やSNSなどで女性の髪を触るのは良くないという情報が広まったとか。

 急に冷静になった四海は大人な女性である菫に協力を求めた。

「菫さんの彼氏さんはそういうのありますか?」

 菫はカウンターの裏で料理を作っていた。この店『閑古鳥』の名物であるマカロニグラタンだ。女性に好評で英華と四海の好物でもある。

「そうねえ、そう言えば私の彼も髪を触るのが好きだったかな。……ここにいる三人の彼で共通してるなんて、世の男性は女性の髪が好きなのね」

「で、最近はどうなりました?」

 英華と四海が詰め寄る。他人の彼氏には興味はないが、これは自分の彼氏にも共通する話題だ。真剣にもなろう。

「私の場合は注意したから、二人の場合とは違うかな。女性は髪を大事にしてるんだから雑に扱ったら失礼でしょって」

 答えを聞いた二人は唸った。

 英華も四海も自分の髪を見る。丁寧にケアされている綺麗な髪だ。下手に触ると状態が悪くなるだろう。

 菫の話を聞いて四海は分析した。

「どこかで今菫さんが言ったようなことを言いふらしてる奴が居て、そいつの言うことを彼が真に受けてしまった……と」

「許せない奴……」

「いや、女性の気持ちを代弁してくれてるわけだから、そこまで言わなくても良いんじゃないの?」

「「良くない!!」」

 お気に召さないらしい。

 よほど意中の彼に髪を触られなくなったのがストレスになっているようだ。

 思いがけない二人の反応に菫は苦笑する。

「ま、まあ、そこまで彼に髪を触ってもらいたいのなら、頼んでみれば良いんじゃない? 彼の勘違いを正してあげれば、彼も前みたいにしてくれると思うわ。例えば……」

 こほんと一つ咳をしてから、菫が可愛らしい声を作った。

「他の人なら嫌だけど……、あなたには私の髪を触ってほしいの///。あなたに触ってもらうだけで気持ち良くて。…………って感じで」

 二人は露骨に顔を逸らした。

 言い訳をこぼす。

「でも、彼のそういう行動は私を大切にしてるからこその行動なんだなって思うと、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ嬉しいような気もするし?」

「そう……ですね。菫さんの提案はその通りですけど、今も今で満たされてる感は十分ありますから……。だから、えいかはそこまでしなくても良いかなって」

 さっきまで髪をどうだと強気に言ってた二人だったが、流石に彼にアピールするのは恥ずかしいようだ。

「はぁ。そうやって直ぐに日和って彼に何も言わないから、彼と上手くコミュニケーションが取れてないんでしょ」

 英華がしょぼんと肩を落とす。特に英華は彼に彼女が居る疑惑もあるのに、それを言葉で確認することすら出来ていない。ぐうの音もでないとはこのことだ。

 だが、英華に比べて四海は強気に出た。

 ドンッとテーブルが叩かれる。

「私の彼は私が言わなくても分かってくれるの! だから私が言う必要はないの!」

「いやぁ、四海さんの彼氏が凄い人ってのは聞いたけど、乙女心の理解は難しいんじゃないかな」

「いけます! だって私の彼氏は凄いんですから! 私のことも大好きだし! 他の女子の気持ちは分からなくても私の気持ちは分かるんです!」

「あ、ああ……。うん、そう……だね」

 四海はよっぽど彼氏のことを高く評価しているらしい。菫のアドバイスを意にも介していなかった。

「四海お姉ちゃんがそこまで言うなんて彼氏さんはよっぽど凄いんだね。えいかも会って見たくなっちゃった」

「でしょ!? 私の彼氏は本当に凄くカッコいいんだから!!」

 チーン……。

 オーブントースターのタイマーの音だ。先程から菫が作っていたマカロニグラタンを過熱していたようだ。

 菫が中からマカロニグラタンの皿を四つとりだす。その内三つをテーブルに置いて、一つを自分の座っている厨房側に置いた。

「できたよ。彼氏の話も良いけど、熱いうちに食べてね」

「わぁ、ありがとうございます。『閑古鳥』のマカロニグラタン大好きなんですよ。『閑古鳥』を教えてくれた英華ちゃんには感謝です」

「ふぅん、英華ちゃんがそんなことをね。そのおかげで私と四海さんは出会えたわけだ。それは感謝しないとね」

 二人に感謝されていると言うのに、とうの英華は二人の会話を聞いておらず、ニヒヒと笑みを浮かべながらスプーンを手に取っていた。英華は大のマカロニグラタン好きで、今日も『閑古鳥』に来る楽しみの半分以上がこのマカロニグラタンを食べられることだった。

 そんな大好物を目の前にして他の人と楽しむ余裕はない。が、そのわりに大好物のマカロニグラタンが三つではなく四つあるのには気付いた。

「いただきまーす……。ってあれ? 一つ多いですね。えいかのために作ってくれたんですか?」

 今日は貸し切り状態のため店内には三人しかいない。四人分なのは妙だ。

 菫が思い出したように頭をぺこぺこと下げた。

「あー、えっとね。皆には言ってなかったけど、今日はさっき言ってた私の彼が来るの。なんか彼がさっき急に来るって言い出して。でも大丈夫、これ渡したら直ぐに追い返すから」

 どうやら菫の例の彼が来るらしい。

 二人はパッと顔を合わせてニッと笑った。

「きっと楽しいと思いますよ。菫さんの彼さんと話すの。えいか達も興味ありますし」

「何で追い返すんですか? いいじゃないですか。折角の機会ですし一緒にお話しましょうよ」

「えぇ、ほんとに? んー、じゃあ、彼が良いって言ったら……」

 多少嫌な顔をするも、渋るように承諾した。何だかんだ菫は彼のことを良く思っている。自慢したい気持ちもあるのだろう。

「やったー。菫さんの彼さんかぁ。どんな人なんだろう」

「菫さんの彼さんだから、やっぱり良い人なんでしょうね。まあ、私の彼氏には敵わないと思いますが」

「それはどうかな。ちょっと頼りない時もあるけど、彼は良い人だよ」

 バチバチと火花が散る。

 英華もそれに乗って彼氏争いに参戦した。

「えいかも、えいかもー」

 戦とはかくや。誰の彼氏が良いかと争う姿は凄まじかった。三人は仲が良く、かつ己を律することができるため、ガチ争いには至っていないが、それでも店内が普段以上に騒いでいるのには違いない。

 これを喧騒と呼ぶか、繁盛と呼ぶかは見る人によって異なるだろう。

 そんな貸し切りの店に立ち寄る男は、その騒がしさを喧騒と捉えた。

 カランカランと、客の来訪を告げる鐘の音が店内に響く。

「ん? 今日はやけにうるさいな」

 黒い制服を着た高校生である。顔と髪に僅かな汗があるのは彼が部活動を終えたばかりだからだろうか。それにしては体操着などの道具がないのが気になるが、そういう部活動なのだろう。

 顔立ちはイケメンと呼ぶにはやや足りない程度で身長は平均辺り。パッと見の印象を言うなら、彼氏にするには悪くは無いが、できるならもう少し上がベストと言った感じだ。

 彼の登場に菫がパッと表情を明るくする。

「あっ、いらっしゃい智治ともはる君。グラタンは丁度出来たところだよ。それでちょっと彼女たちと話をしてたところで……」


「「あーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」


 英華と四海がバッと、智治へと指をさしていた。

「え?」

 一人だけ理解できていない菫がぱっくりと口を開けて呆け顔になる。

 智治は何食わぬ顔でトコトコと三人の方へと歩く。

「お前等知り合いだったのか。へぇ、こんな偶然もあったんだな」

 とんでもない偶然であった。

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女子会で彼氏の自慢を言い合ってたら、実は全員の彼氏が同じ人だった話 卵の人 @mekai

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