第24話 やりました……。やったんですよ! 陰キャが必死に! その結果がこれなんですよ! ③










 それから先は、キナコのヤツも気が動転してたのかな。


『オマエと僕は友達だろ』


 少しだけあった間の後に、今度は悲しそうな顔になってさ。何か言おうとしていたみたいだけど先手必勝。まずは僕の話を聞け。

 昔から強引なのは苦手だけど、この時ばかりは “でも” とか “だって” を聞く気はない。それこそ、いつもの毒舌で過激に言いくるめられたら今回ばかりは後がない。

 僕は膝の当たりそうな距離まで身体を寄せた。

 息を呑んでアイツが距離をとりかけたから、いいから最後まで聞け。押しとどめるように、もっと強く手を握り直す。

 普段はケチョンケチョンに言い負けてチクショウなんて捨て台詞と共に泣き寝入りする、そんなシーンだけどさ。

そうはいっても今日だけは、今だけは絶対に負けられない。――再び何か言いかけたキナコの言葉を遮るようにして、勢いのまま押し切った。


『なにがあっても、一生、死ぬまで友達だ!』


 友達だからなんなんだ。何が出来るんだ。何をしてくれるんだ。

 もし、キナコがそう問うたら、僕はなんと答えたのだろう。

 勢いに任せ後先考えずに言い放った手前、返答なんて欠片ほども考えちゃいない。今よりもっと小さな脳ミソだ、きっとしどろもどろのグダグダになろう事は確か。

 もちろん今の僕でもどう言ったらいいものか、正解なんてこれっぽっちもわからないけれど、ただ、その時のこの言葉に一切のウソはなかった。

 小難しい話はどうであれ、少なくともキナコは一番の親友だ。僕はそう思っていたのだ。

 だから頼れ。相談しろ。遠慮するな。僕はずっとお前の味方だ。

 言いたいことがありすぎて、しかも感情が先走ったせいか、自分でも何言ってるかわかんなかったんだ。

 たぶん、キナコにとっても支離滅裂で何が何だか理解に苦しむ内容だったんじゃないかな。

 でも、キナコは言ったんだ。ハッキリと、しっかりと。


『……そっか』


 諦めにも似た溜息だなと感じた。


 どこまで僕の言いたいことや気持ちが伝わったのは分からないけれど、キナコとしてもその時はまだ、いろいろと釈然としない部分は残っていただろう。

 それでも、僕の目を見て、言ったんだ。


『私とキミは、……やっぱり友達なんだ』


 ボロボロと涙を流しながら、はっきりそう言ったんだ。

 結局は何も解決していない上に半ば勢いで押し切ったんだ、キナコの考えや感情を考慮せずだったから、ヒドいことをしたのかもしれない。

 その時のアイツの泣き顔をいまだに忘れることが出来ない。

 数年経った今でも僕の行動が正しかったのかは分からないけれど、それでも、アイツは今も元気に生きているのだから、やっただけの価値はあったんだろうと思うことにしている。

 本当は、なぜそんな恐ろしい考えに至ったのか、その理由を聞きたかったけど、その時のキナコは泣いて泣いてどうしようもなくなって、どうしてもそれ以上は聞けなかった。

 気にならないかと言われれば当然気になるけれど、聞かなくてもいいのなら聞かない方がいいし、言わなくていいことは言わなくていい。

 何をまかり間違っても僕にそんな権利はないし、もちろんキナコには従う義務もない。

 そういう距離感も大切だし、アイツも言っていたしね。


“キミと僕はやっぱり友達なんだ”


 それまでは、たぶんそうなんじゃないかな。そうだといいなくらいの関係性を、しっかりと言葉に出来たんだ。お互いに友人と認め合えたんだ。確認できたんだ。

 僕としても、あの言葉は嬉しかったし、やっぱりキナコには、一番の友人には、元気でいてほしいとあらためて思った。

 だからかな。僕としてもその一件に関してはついぞ理由が分からないだけに、それからはキナコの言動をいつも以上に気にかけるようにしていたのだけど、――まぁあれだ。男子、三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったもんで、女子も同様なのだろうね。

 何か心情の変化でもあったのか、その後のキナコには、どうやら僕の心配は余計なお節介。無用のお世話だったようだ。

 そもそも、後から思い返してみれば、あの日のアレはもしかしたら僕の早とちりだったのかな、なんて思わなくもない。

 あの時、少しぐらいはキナコも悩んでいるところがあったのかもしれないけれど、死ぬだとかなんだとか、前の日まで変わったところもおかしいところも僕は感じなかったわけで。

 それこそ、前日の夜に電話だってかかってきたんだ。

 ちょうど風呂から上がったタイミングだったから髪なんて濡れたまんまでさ、母さんに頭くらい乾かしなさいってお小言喰らいもしたけれど、だけど、キナコからの電話なんだ断るなんて出来ないよ。

 内容はこれといってたいしたことなんてない、普段どおりな世間話の延長で、


“いろいろ悩んだけど、決めたんだ。緊張するね。本番は明日なのに、困った、今から恥ずかしいや”


 ――明日は、よろしくね。


 最後の言葉に少しだけ疑問符は浮かんだし、遅い時間に珍しいなって思いはしたけれど、明日は卒業式という晴れ舞台。その緊張はわからんでもなかったし、毎日顔を合わせているんだ、それを踏まえてもアイツから特段おかしな所は感じなかった。

 そうなってくると、流石にそれは辻褄が合わないというか、疑問点というか。

 いくら小学生といえど、されど小学生。

 突然思いついたかのように、死ぬだのなんだのと、一晩の間でそういうことを言い出すのはやっぱりおかしいんじゃないだろうか。

 とすれば、非常に恥ずかしいことをしたのではと考えてしまう。

 キナコとしては、そんな大それた悩みではなく、ちょっと相談に乗ってほしかっただけ。それを僕が勝手に先走って、大袈裟に受取って、こちらの剣幕も少し怖い物となっていたきらいはある。

 だって、僕としては大切な親友の生き死にがかかっているのなら必死になって当然だろう。

 でも、言ってもキナコも女の子。あの頃まではちょっと気の弱いところもあったし、僕が突然豹変したように見えたのなら、やっぱり怖がらせたのかもしれない。

 卒業式というその日に、例の桜の木という場所。たくさんの怖いウワサに、そういうのがダメなアイツ。そして、アホでマヌケな僕の勘違い。

 いろいろな偶然が重なって、結果、あんな事になってしまったのでは。

 そう考えをあらためてしまうほど、それからのキナコは強くなった。

 僕が相変わらずのオタクなクソガキだったから、余計にそう感じる部分もあるかもしれないけれど、――やっぱり女子って中学生になると変わるんだな。

 見てくれはもちろん、考え方というか身のこなしというか。

 あれを、大人は成長というのだろう。

 とくに、見た目に気をつかうようになったのは、僕の中でも衝撃だった。

 例えに出すのはちょっと違うような気もするけれど、どっかの女ゴリラも、中学に入った頃から急に変わったのを覚えている。

 ついこの前までは泥だらけになって遊んだり、寝癖なんざ気にもせず登校したりしてたのにさ。中学進学を境に、母さんに化粧を習ったりファッション雑誌読むようになったり、突然だもんな。

 それに、ガー君はあんな感じだから、いちいちベタ褒めするんだよ。

 あんなもん一種の甘やかし。その時にはすでにゴリラはガー君にベタ惚れなわけで、そんな愛しの君に褒められたとあれば有頂天。助長して、よりいっそうオシャレに精を出すようになって。

 それまでとのあまりのギャップ差が引き起こしたことだろうけど、めかし込んだアイツに何度吐き気を催したことか。まぁ、そのたびに取っ組み合いの喧嘩になっては、結局ゴリラはゴリラなんだなと思い知るわけだけど。

 そんなアレと比べたとあってはキナコに申し訳が立たないが――やっぱりキナコも女の子だったんだよな。

 小学校は私服だったから、中学に入ると制服になって。見慣れない、そのセーラー姿にドキリと心が跳ねたときには、その鼓動の意味が分からなくてずいぶん戸惑ったもんだ。

 たぶん、その時はじめて、本当の意味でキナコのことを女の子だと認識したんだろうね。

 癖っ毛もサラサラのストレートになって、メガネも瓶底みたいだったものから随分今風で、それでいて似合うモノへと変わった。

 たぶんうっすらと化粧もしてたのかな、はっきり言って人が変わったかのように可愛くなった。

 どういう心境の変化か、どんどんと社交的にもなって、もともと勉強は出来た方だから、例の毒舌も鳴りを潜めていたようだし、キナコがクラスの中心人物となるのにそう時間はかからなかった。

 友達と笑い合う、その姿にどこか寂しくもあり同じくらい嬉しくなったもんだ。

 僕としても最初のウチはキレイになっていくキナコに鼻が高く、勉学でも、人気でも、周りから一目置かれる自慢の幼馴染みだったわけだけど、――まぁ、あとはどこにでもよくある話。

 小さい頃によく遊んだ友達が、中学、高校とずっと仲良く居るかといえば必ずしもそうではない。

 蓋を開ければ僕もその中の一人だったわけだ。

 オタクのまんま、小学校のまんまで付き合えば、むこうは今やカーストのトップ。ヒエラルキーの最上位。迷惑と感じるのは至極当然な話なんだよな。

 それを分からずに、僕ってヤツはダメなヤツだ。なにを勘違いしちゃったんだろうな。

 バカな小学生の時から変わらない、オタクなクソガキのまま飛び込んで、痛い目に遭って、勝手に思い知って、傷ついて。

 思えば、あの時からか。僕がオタク趣味を表に出すことを控えはじめたのは。

 それまでは、オープンだったオタク趣味も、要はビビったんだよな。はっきりと、親友から拒絶されてさ。

 しかも、そこから恋心に気がついたりで、後悔したんだよな。オタクである事に。

 たった一度の大ケガをガッツリと心に刻まれて、あとは負け犬よろしく、しっかりとカギかけてさ、心の犬小屋に引きこもっちゃったんだ。

 もうそれから数年経って、自分の中では整理を付けた気になってはいるけれど、たぶんまだ、どこかその時の事を引きずっているのだろうね。

 だからこそ当然、今の僕では立ち位置的に、自分の趣味を外界で過剰にアピールすることは出来ない。


「――こう、モエモエ~なポスターとか想像してたんだけど」


 そういえば、学校での持ち物とかもあんまオタクっぽくないよね。


 おさげの先が目の前で揺れる。僕の部屋の入り口で、クラスメイトの少女はそう言って笑った。


「あ、はい、……そっすね」


 彼女はそう言うが、だいたいキナコの件がなかったとしても、考えてもみてくれ。

 イケメンならいいぞ? だけど、こんな見てくれがクリーチャーなキモオタが所構わずオタクアピールしながら歩けば、時間の問題。あっという間に社会から隔離される。

 なんと、滑稽で無様な終わり方だろうか。

 僕はすでに高い授業料を払ってこれでもかと思い知ってるわけだし、もともと、こんな僕でも恥ずかしいという感情くらいはある。周りに迷惑はかけるべきでないという常識も持っているつもりだ。

 となれば、行き着く先は内々の世界。

 そもそも僕の場合、もともと誰かに認められようとオタクを始めたわけじゃない。気がついたその時に、すでにオタクだったのだ。

 そんな自然発生型のモンスターが、他者から理解してもらおうと考えることがすでに間違い。

 同じ志を持った仲間とならいい。出会えたことに感謝しながら、大いに楽しむべきだと思う。

 でも、


“アナタの萌えは、誰かの萎え”


 その大原則を無視して、周りにアピールしようなどとは、まさに愚の骨頂。

 社会からオタクが弾き出される理由。そして、直接の原因ではないにしろ僕がキナコに嫌われた要因のひとつ。それが全てこの言葉には詰まっているのだと僕は考える。

 だから。

 何かの理由がきっかけで、オタクをやめることが出来るならそれでいい。でも、やめることが出来ないのであれば仕方がない。

 外で好きなモノを叫べないのなら部屋で叫べば良い。

 外界でアピールできないのなら、自室を表現の場に使えば良い。

 僕はこれが好きなんだと、部屋を “好き” で武装する。決して外には出さない代わりに、自分自身に向けた全力の自己アピール。

 他の皆もそうなのかな? やっぱり違うのかな? もしかするとこんな理由は僕だけかもしれないけれど、でもさ。

 社会から浮かないように、目立たないように、隠れるように生きるその身の置き所のない毎日で、ほんの少しの時間かもしれないけれど、まわりを好きなモノで囲まれる。それにどれだけの癒やし効果があるのか知っているかい?

 そういう自衛手段ともいうべき、己を慰めるための開放が、僕の中では部屋を自分色に染め上げるという行動に繋がっていくわけだ。

 そして、ポスターやタペストリーはそんなオタク部屋を構築するにあたってのマストアイテムのひとつ。

 手早くかつ効率的に部屋の色を変えることが出来る優れもの。

 彼女の想い人の部屋も、おそらくは相当のサンクチュアリだと僕は睨んだね。

 話からある程度は推測できる。この美少女にこうも好かれるんだ、きっとイケメンで、良いヤツで、僕なんかよりもオタク生活をイージーモードでプレイしてるような、それこそ物語の主人公的存在である可能性は否めないけれど、それはそれで、とても興味深い。

 きっと、 “俺はコレが好きなんだ” と、自己主張バチバチでポスターが貼ってあるのだろう。

 ぜひ一度お呼ばれしたいものだ。他者のオタク部屋は勉強になるし、なにより、イケメンオタクの部屋ってモノがどういう思想で構成されているのか気にならないと言えばウソになる。

 それに僕も、ポスターやタペストリーにはそれなりにうるさくて――


「――なーんだ、残念。オタクはみんな持ってんのかと思ってた」


 彼女には、きっとそういう意図はないのだろうけど、


「まぁ、持ってるのがフツーってのも、どーなのって話か」


 ……なんとなしに呟いたであろうその言葉に、ちょっとだけカチンときた。


 我々オタクにとって、何のアイテムを持っていて、どんなアイテムを持っていないのか。その一点は非常に重要かつ譲れない最重要事項なのだ。

 皆の持っているモノはまさに基本として所持し、他者の持っていないモノを持っていれば、それは名誉。それこそ誉れである。

 物欲の権化と笑いたければ笑え、でもな、これは決して大袈裟ではないんだ。

 今の発言にしても、確かに、今の僕の部屋にはポスター等の掲示物はない。

 でもさ、悲しいかな、部屋には限られたスペース内でという、厳しい制約が課せられているモノなのだ。


「……は? 持ってますけど。……貼ってないだけで」


 だから、いいか? 聞き取れないほどの声量だろうけどこれは言い訳じゃないからな。

 自慢じゃないが、僕の持つポスターやタペストリーはちょっとしたもんなんだぞ。そこのクローゼットを開ければですね、見る人が見れば唸る激レアアイテムがいくつもあるんだ。

 ホントだ。ウソじゃないからな。

 ぼ・く・は、貼るところがないから貼ってないんだ。持ってないからじゃない。これは、非常に重要なところだからよろしく頼む。

 それでも疑うってんなら、……いいぜ、その想い人連れてきな。勝負しようじゃないか。

 オタクの “好き” に優劣はないだろうけど、どうしても負けられない戦いってのはある。それがまさに今。

 ブサイクだからってイケメンに負けてやる道理はない。いや、だからこそコレだけは負けたくない。

 そいつの顔も背丈も年齢も、それこそ守備範囲の何もかもを知らないけれど、かかって来いよ。けちょんけちょんに――


「へぇー」


 自分から話を振ってきたくせに、どこか話半分と言った感じで、とっくに彼女の興味は僕の部屋の中。

 のしのしと遠慮なく足を踏み入れ、目の前の聖域を興味深そうに眺めていく。

 僕の部屋は入ってすぐクローゼットが一畳分張り出している。それと唯一残した窓のある面、それ以外が棚、棚、棚。

 床から天井まで届く、その全てに玩具や模型、美少女フィギュア。もとい僕のコレクションが所狭しと飾られている。

 本当はガラス張りのショーケースでバシッと粋に決めたいけれど、どうにもあれは高校生では手が届かない。

 それでも自分なりに頑張って、既製品をDIY。手製の棚とはいえ、ある程度の見栄えはキープしていると自負している。

 強いて問題点を挙げるとすれば、――いや、これは僕を喜ばせるという点においては決して悪い事ではないのだけど、今現在においてはですね、ええっと、どう言ったらいいのやら、その飾られたコレクションの七割が女の子のフィギュアで、中にはその、あれですよ、


「あ、ちょっと!」


 とっさに声が出た。

 我が物顔でのし歩く彼女の背中に、ステイステイステイ! Stay thereだ!

 マズイマズイ。非常にまずいぞ。そっちはまずい。――なんでキミは、躊躇もせずにそっちの方へとまっしぐらなのかね。


「ちょ待っ――」


 制止しようと試みて、“ちょ、待てよ!” 最後まで言いたかった往年の名台詞が中途半端に出てしまう。なんせ、


「うわっ、この辺りすっげーエロくね?」


「あわわわ!」


 当然、そういう露出の高いキャラクターも多々居るわけで。


 彼女の目の前には、キワドイ衣装の少女達が等間隔に整列。僕こだわりの並びで飾られているのだけど、いっちばん見られたくないエリアがまさか初っぱなから発見されるとは。


「これセーフなの? マジで?」


 ニヤニヤと、彼女の言いたいことはその表情から全て伝わってきた。

 高校生のクセに、とんでもないモン集めやがって。きっとこの部屋を見れば、そういう御意見、ご感想を述べる方は多々居ることでしょう。

 水着姿も居れば、それがホントに普段着なのかなんなのか。見る角度によっては背中やらお尻の一部が丸出しの “びんぼっちゃまスタイル” なキャラまで。こんなヤツらがリアルで町中に居れば、それはただの痴女である。

 そんなのが、思い思いのポージングで並んでいるんだ。

 いや、僕だってちょっと過激だなって閉口してしまう子が何人かはいますよ?

 ですが、言い訳させてもらえば、最近のキャラデザはそういうのがメインでですね。もちろん、僕がメーカーにお願いしたわけではないですよ? 時代がそうさせたと言いますか、流行といいますか。

 今を生きているオタクならば、意図せずとも肌色面積の大きなフィギュアがですね、


「この子エグっ! 胸でっか! スタイルよっ!」


「ちょっ!!」


 この子は、ほんと何を考えているんだ。


「なにやってんですか!」


 曲がりなりにも男子の部屋だぞ。

 それなのに、――何を張り合う必要があるのだろうか。

 大人しくフィギュアを眺めていると思ったら、やおら、服越しではあったが、自分の胸に手を当ててその存在感を強調しはじめたのだ。

 確かに、僕のコレクションはドコがとは言わないけれど控えめな子が多い。その中にスタイルの良い子が居れば目立ちはする。

 しかし、なぜ対抗心を燃やしたのか。

 目の前のフィギュアを眺め、いまだ奇行に走り続ける同級生A。

 もちろん、首を痛めんばかりに全力で、僕の顔は明後日の方向を向いたさ。


「どんくらいなんだろ? GとかHくらい? いや、アタシでこれくらいだから、」


「だから! なにやってんですかっ!!」


 やめろ! 

 ただでさえ、異性の前だぞ。

 せっかくトップスはウインドブレーカー的な少しダボッとしたものを着ているというのに、それなのに、わざわざ大きさや形をアピールしてくるなんて、どういうつもりだ。女子のしていい行動じゃないだろう!

 キミみたいな美人でスタイルの良い子はなおさらダメだ。しかもそれが、混じりっけなしのオーガニック100%、ネイティブ陰キャな僕の部屋でってのがなおさらNG。

 僕らみたいなキモオタはな、常に魔女狩りと隣り合わせなんだよ。万が一にも何か間違いが起これば、陰キャの側に立ってくれる味方なんてたかがしれてる。その後の顛末なんて、考えるだけでも恐ろしい。


「だってさ~。アタシもそこそこ小さいほうじゃないけど、――いや、同じポーズすりゃデカく見えるパターン?」


 だから、やめろ!


 社会的に死ぬぞ! 僕が!!


 だいたい、男子の家に来るのになんだってそんな格好なんだ。

 まず、普段学校にポニテなんてして来ないだろ。困るんだよ、僕の好きな髪型ランキングにおける圧倒的上位なんだやめてくれ。

 そんな子が、僕のお気に入りのキャラと同じポーズなんてとったりしたら、マジでやめてくれ! オタク脳が勘違いを起こし、うっかり好きになっちゃうだろ!!


「いやー、お人形さんの数がスゲ~ね。アタシもちょっとは知ってるけど、こういうのってゴツい金額すんでしょ?」


 そんな僕の葛藤なんてお構いなしに、彼女は興味をそそられる問いを投げかけてくる。

 頭は他所を向いたまま、心臓は破れんばかりに動き、顔は熱線を放射しているわけだけど、この子からその手の話題を振られるとは思ってもみなかったし、なによりもオタクはこの手の話題が大好物。

 レア度と市場価格は比例するからね、入手困難からくる度肝を抜くような金額のモノはいくつかある。

 それを持ってるんだぞって、スゴい事なんだぞって、……ちっちゃいよな。ようは、自慢したいんだよ。


“これは、○年前の○○だけで販売された、しかも○○個限定なんだ”


“え、じゃぁコレってすんごい高いんじゃ……”


“うーん、そうだね。まぁ、今なら○万円じゃきかないかな?”


“すごーい!”


 へへ。よせやい。

 なんて、いささか妄想が過ぎるが、それでもこんな美少女にスゴいと言ってもらえる数少ない機会かもしれないんだ。

 すぐさま話題を変えたいってのもあったから、この彼女の問いかけはしめたもの。僕の自尊心も満たせるしでまさに一石二鳥。

 いや、彼女からこの手の賛辞は引き出せない気もするが、悲しいかな、賞賛を欲する心がどうにも過敏に反応してしまうもので。

 それに、大多数の女子はこの手のアイテムには拒否反応を起こすと考えていた分、……彼女の慣れた感じから、例の想い人はこっちの方にも造詣が深いのかもしれない。

 やっぱり他のオタクの生態を知りたいという知識欲もあるしで、ううむ。なんだか気が合いそうな臭いもするし、いよいよそのイケメンに本気で会ってみたくなってきた。


「アレでしょ、1万円とかフツーみたいなノリだって」


「あ、いや、実はほとんどがプライズ景品で、」


 その想い人が、彼女にフィギュア界のカーストピラミッドをどう説明したのかは知らないけれど、確かに、玩具メーカーの出した純正品なら諭吉がひとりではお話にならないのがザラだ。

 でも、全てのフィギュアがそうとは限らない。


「とりま、写真おっけー?」


 見ると彼女はスマホを取り出して、パシャリ。僕のコレクションを色々な角度からパシャリ。

 オッケーも何も、許可を出す前に撮っているのだから事後承諾もいいところ。


「好みはいまいちわかんないけどさ、とにかくこーいうの、チョー好きなわけ」


 スマホを構え、次から次にパシャパシャとシャッターを切り続ける彼女に、……まぁいいか。軽く出た溜息で許諾を伝えた。

 本当は、あまり写真を撮られるのは好きではない。

 でも、『喜ぶかもじゃん』そう言う彼女の笑顔に負けたのだろうね。どこの誰がどう喜ぶのか。肝心なところは相も変わらず暈かしたままだけど、ヒロインが頑張って想い人の為にってのは実にラブコメチックでキライじゃない。


「個人情報が隠れていれば、なんとか」


 ただし、僕のパーソナルなあれやこれやがネットに流出するのだけはご勘弁を。間違っても映り込まないように、さっさと部屋の隅へと移動するとしよ――


「エッロ。下着まで作ってある」


 ――なんだって?


 妙な言動が気になった。

 視線を向けると、何をやってんだろうねこの子は。盗撮犯も顔負けのとんでもない角度からスマホのカメラを向けておりなさる。


「シンプルな無地ね。遊んでそうな見た目して、お清楚ですかそうですか」


 とかなんとか、行動と言動が女子高生ではない。アナタはどっかのオッサンか。


「あ、スンマセン。そういうのは全部断ってるんで」


 おい、ウチの子を下から覗くのは許可してないぞ。彼女の手慣れたローアングル撮影に、その想い人の性癖を垣間見た気がする。


「持ち主の特権ってヤツ?」


「……断じて違います」


 制止する僕に対し、またもや見せた色々な下世話を含んだ笑みに、こっちは無言を貫くより他ない。


「――で、どれがいっちゃん高いん?」


 ちょっとした撮影会後、会話のはじまりは彼女の純粋な問いだった。


「これとか高そう、キレーだし可愛いし」


 指さしたのは、クリアで成形された水しぶきが美しい、某キャラクターの水着仕様。

 良いところには目を付けていると思う。お値段以上の出来映えなのだから否定はしない。


「それは、そこまでしないですね」


 僕の提示した値段があまりにも安かったからか、少女は唸った。


「うっそ、コスパヤバ」


 当たらなかったのがよっぽど悔しかったのか、数回にわたり、じゃぁコレでしょと彼女は半ば躍起になって高額品を当てにきたが、残念ながらそのことごとくが見事にハズレ。

 よくもまぁここまでハズしにハズし続けてくれるもんだ。

 そのおかげで、なんだかこの部屋には安物しかないのかと、そう取られかねないが、……たしかに相場で言えば安いものが多いのは事実だから大きいことは言えない。

 僕だって、そりゃなかには清水の舞台から飛び降りんばかりに大枚叩いたモノもあるけれど、そうはいっても学生の身分。コレクションの大半が1プレイ数百円で遊べるような、ようはゲームセンターで取れる景品ばかり。

 見た目で言えば、数万円と数百円。メーカー品とは勝負になんてなりはしないし、やはり見栄えは一枚も二枚も劣る。

 だが、ここで声を大にして言わせてもらいたい。

 たかがゲーセン、されどゲーセン。

 プライズ品とはいえ侮ることなかれ。ここ数年で、相当に出来の良いヤツが増えて今ではちょっとしたブランドではあるのだ。


「ちなみに、この部屋で一番高いのはコレです」


 でも、僕にだってプライドはある。安物ばかりと思われるのは癪なので、一応の答え合わせというヤツだ。


「え、ゴメン、よくわかんない」


 でしょうね。――僕の指さした先にあるのは、セーラー服を着たひとりの美少女フィギュア。

 だって、フツーじゃん。その子を見た、今の彼女の表情も気持ちもよくわかる。

 なんせこのフィギュア、見た目は普通だし、スケールもそこまで大きくない。派手なところなんて一切ないのだ。


「はっはーん、ウソついてんでしょ」


 しかしながら、これこそが我が家の秘蔵っ子。


 はじめは、ラノベだった。知る人ぞ知る名作、そして、アニメでいよいよ火が付いた。

 無駄な話なんてひとつもない、主人公の女子高生がおくる日常に、感動を織り交ぜた希代の超名作。素晴らしかった。手放しで褒める事の出来る数少ない一作。

 最終回はこれ以上ないハッピーエンドで、ラストは原作で知っていたはずなのに久しぶりにテレビの前で泣いたほどだ。

 当然、ファンの間ではフィギュア化が待ち望まれたが、――ここから先は大人の事情。

 ウワサでは作者と会社がモメたとかなんとか、ファンに対する説明が一切ないまま作品はある日を境に消滅。すでに予定されていたこのフィギュアだけはなんとか販売へとこぎ着けたが、最初で最後の一品となったわけだ。

 日を待たずして、それからすぐに始まったのは、オタク達の聖戦だった。

 その勢いは凄まじく、発売予定が発表されるやいなや都市部で起きた火種はあっという間に地方へと広がり、これ以上多くは語らないが、僕は誰にもこのフィギュアの所持を明かしていない。それほどまでの熾烈で過酷な争いがあったことだけを伝えておこう。

 最終的にはネットでの抽選販売へと落ち着き、外れたモノ達のヘイトを一身に受けることとなった時代の忌み子、それが彼女である。


「それなら、さっきの安いヤツの方がよっぽど高そうじゃん。さすがに騙されないって」


 確かに、ぱっと見、そこまで派手ではないが、そのフィギュアの纏うオーラの違いが分かるヒトには分かる。

 なんなら、熱烈なファンならば視界へと収めた瞬間に腰を抜かす可能性すらある。

 ただ、それを予備知識すらないヒトに説明するとなれば、いささか骨が折れる。

 売り買いがどうのと、あまりよろしくないが、分かりやすくウソではない証拠にと、相場の分かるサイトをスマホで開いて提示して見せた。


「うっわ……」


 おや?


 ちょっとだけ想像していたリアクションと違う気がするのはなぜだろう。

 どこか引いてるというか、気まずい空気になったというか。彼女は、スマホのページを指さしながらゼロの数をお尻から数えていって、もう一度、さっきの現物をマジマジと眺め、


「うっわぁ……」


 なめ回すようにスマホでパシャリ。その後、なぜか動画でも撮影。


「これが……うっわぁ……」


 一通り取り終えた後、彼女も、そのフィギュアにお金の匂いを感じ取ったのか、プライズとはなんぞや、この高額商品との違いはどこなんだ。あらためて両方を比べるように眺めた。

 そして、訝しげな声色のまま……良くお金が続くね、と。


「がんばってやりくりしてます」


 いやーあのさ。

 少女は、少しだけ言葉を探すような素振りを見せると、


「悪いことは言わないからさ、いちおー貯金もしときなよ」


 まるでダメな弟や子供に言い聞かせるように、姉や母に言われ続け、もはや耳にタコとなったありがた~い一言をくれた。









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