第14話 …知らなかったのか…? 彼女からは逃げられない…!!! ②









 僕としては、しっかりと計画立てたはずだった、……あれは二日前の夜のこと。


 月が浮かび星の輝く夜の空を美しいと感じるのはまだ先のようだ。なんて、どこか詩人のような面持ちでひとり呟いた帰り道。

 日々襲いかかる現実世界の辛さと、自分の浅慮さが連れてきた余計な厄介事に、ささくれ立った今の心では、目に映る全ての事柄が味気ない物になってしまうのだから仕方ない。

 つい今し方起きた、いや、自ら起こしてしまった同級生との面倒事に頭を悩まされながら、いつもの道をとぼとぼと。

 あのコンビニからどうやって帰ったかもわからなかったが、ふと、辿り着いた我が家の玄関先に、――ぽつんと先客が立っていた。

 三段ほど上った扉の前。

 玄関の灯りに照らされていたのは見知った男子だった。

 近所に住む僕からすれば一つ年上の、簡単に言えば幼馴染み。イヤな言い方をすれば、とあるゴリラと同級生。

 小さい頃からことあるごとに一緒なんで、 “ガー君” といったバカみたいな愛称で呼ぶ仲である。

 ガー君。

 これまたアヒルの鳴き声みたいな呼び名だが、本人曰く、小さい頃は線が細く色白で、本を読むか勉強ばかりの引きこもりだったから、そこから “ガリ勉君” が “ガー君” になったとのこと。

 こっちとしては、ことあるごとに理由を付けては僕ら姉弟が外へと連れ出していたからさ、ひきこもりや、ガリ勉といったイメージなんてのは無かったし、その話になると、毎回どっかの女ゴリラが『バカモン。ガー君のガーは、 “頑張り屋” のガーだ!』とウザったらしいほど突っかかってくるもんだから、もう僕とその女ゴリラの二人以外ほとんど誰もが口にしなくなった愛称だからね。じゃぁ語源はそれでということになっている。

 そんな、自称『もと』ガリ勉もやしっ子のガー君だが、今となってはその時の面影なんて残っちゃいない。

 スラリとした体躯に、人当たりも良い。勉学も出来れば運動も苦手ではない。そんな、僕から見ればイケメンで、文句なしのいい男。

 今も、ただ玄関灯に照らされているだけなのに、カッコイイじゃないか。

 まったく、いつ見ても、なにやっても画になるヒトだ。普通の立ち姿が、まるで雑誌の表紙然としている。

 異性から見ればどうなんだろう。

 女子が採点すれば35点の男でも、こっち目線で採点すれば80点を軽く超す場合が多々あるから、よくわからない。

 ただ、清潔かつ知的な感じがあれば高評価と周りの声として聞いたことがあるから、ただでさえ顔の造形にデバフのかかりっぱなしな僕としては、いざ鎌倉となればその辺りで勝負するしかないと常日頃から思っている。

 当の幼馴染はというと、今日は見慣れたブレザー姿だけど、休日ともなればクドすぎずかつイヤミのない格好で、毎回、僕的には高評価。

 いつだったか、どんな高級ブランドを着ているのかと問うた僕に、本人は安い古着しか買えないよと笑っていたが、これがセンスだろうね、このレベルにまで達せるとは思えないが、参考にしたいと常日頃考えている。

 そんな、僕が密かに目標とする上級生は、


「やぁ、今帰りか?」


 遅かったね。と、こちらに気づくや爽やかに笑みをこぼした。


「もうクタクタだよ」


 自分のせいでもあるけれど、精神的に参っているし、この寒空だ。体力的にも今日は打ち止め。


「どうにかして、好きな事だけして生きていけないもんかねぇ」


 そう言って、大げさに肩を落とした僕に、――昔からの気心の知れた中である。

 ほんの少しの知り合い程度なら、頭に二三、枕詞をいろいろと乗っけては来るのだろうけど、彼は「一年生も大変みたいだな」軽いねぎらいの言葉のあと、どこか恥ずかしげに頭を掻いた。

 そして、


「……ちぃちゃん、怒ってた?」


 ズバリと本題を切り出した。

 ちぃちゃん。

 この響きだけなら無駄に可愛らしい名は、恥ずべき我が実姉の愛称である。

 僕から見ればただの女ゴリラに対し、どこからこの愛称が沸いて出たのやら、名前からではどうにも連想できないのだけど、どうやら幼少期に僕が言い出したものらしい。

 姉としても、流石にこの年齢でその呼び名はと少しばかり恥ずかしいとのことだったが、家族や昔からの友人としてはもうクセになってしまっているのでもはや今更案件だ。止めさせられるわけもなく、もう諦めたようだった。

 ちなみに、なぜかそこに引っ張られて、僕の呼び名も『ちぃの弟』からはじまり、今となっては略されて『弟』と、もはや誰の弟なのかわからない状態になっているのは、一端脇に置いておこう。

 同時に、ブルリと震えたるは僕のスマホ。

 こんな時間に珍しいこともあるもんだ。なんのようだといつもなら、画面をチョチョイと確認すれば、ハイもしもしと出るモノだけど、――その聞き慣れた愛称を彼が口に出し、気にしているのだ。

 なるほどねと、僕はポストの裏から郵便物を確認し、


「今さ、姉らしき存在から怒濤の鬼電喰らってるんだけど、それと関係あったりする?」


「ゴメン。……たぶん、そう」


 ……ろくに内容を確かめるわけでもなく、画面を見るなりスマホの着信を切った。


 メール関係ならバニラブさんかもと小躍りしながら開くが、僕のスマホに電話なんてかけてくるヤツは数えるほどしかいない。

 それが、あぁ、あのゴリラとなれば、簡単なダメージコントロールだ。

 煌々と灯りの付いた二階。その誰かさんの自室から、あぁもう! と雄叫びが聞こえたし、この電話の鳴るタイミングの良さと、何よりもガー君がそう言っているのだ。

 出たら最後、どんな無理難題を言ってくるかわからない。それこそ電話を取る価値はない。

 またもやスマホが震えだし、そのしつこさに姉の必死さが滲んでいたが、いよいよ無視。触ることすらしやしない。


「ケンカ?」


「いや、ケンカではない、かな」


 玄関のカギを回しながら、さも世間話のように聞いてはみたが、その、何かあったんですよと言わんばかりの彼の申し訳なさそうな様子から、こちらとしては心当たりなんざ山のごとしだ。

 ただいま。そう小声で言いながら、玄関のたたきに脱ぎ散らかされたバカのローファーを端へと蹴やる。


 ――ドスンと二階から音が鳴った。


 おっと。どこのゴリラかな? 見上げた頭上で、もう一度、ドスン。

 ほう。もしや、これがかの有名な床ドンというヤツか。


「……やっぱ怒ってるよな」


 ガー君のションボリ顔が、いよいよクシャクシャになっていく。

 だけど、この床ドンは十中八九、僕宛だ。姉としてはむざむざと彼を招き入れた事に、言わんとせんところが多々あるのだろうね。

 またもやドスン。

 でもさ、二階の自室でこうもドタバタ足を踏みならしているんだ。四股でも踏んでるのかと想像したら、ダメだ。笑えてきた。

 どうせ、あのゴリラのことだから、ワガママの一つでも言ったんだろうし、あれだな、せいぜいこの程度の抵抗しか出来ぬとは、なんという無様なことだろうか。いつもの威勢はドコへやら。

 日頃の憂さ晴らしというか、アイツが嫌がる事って無性に楽しくなってきちゃうな。

 ただ、いつもならこの幼馴染みは被害者なわけだし、僕としても圧倒的にアンチ女ゴリラ派閥なわけだから、あのバカがまた迷惑をおかけしましてスミマセンと、謝罪の一つでも繰り出すものだけど、


「朝からめちゃくちゃ荒れてたよ」


 少し、口からイヤミが滑り落ちた。

 別に、いつものことだけどねと、あっさりフォローを入れてはみたが、こっちは昨日からそれどころではないというのに、朝っぱらからヒドく絡まれたのだから、ちょっと表情に出てしまったようだ。

 彼も、昔からあの姉の相手をしてきたんだ、いろいろと諍いが起きないようにと頑張ってはいるのだろうけど、それでもヒトとヒト(片方はヒトか?)だ。拗れるときもあるのだろう。


「やっぱりか」


 心底困り顔で、あちゃー。と、ガー君は少し古めのリアクションで頭を抱えた。









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